月が綺麗ですね。

20時。

改札を出て、体の芯まで突き抜けるような北風に吹かれると同時に空を見上げる。今まで見たこともないほどに輝く満月の夜だった。

キラキラと輝く鋭い輪郭のそれは、わたしを虜にして離さなかった。時が止まったかのように月に見惚れていると、後ろから来た自転車の鈴が鳴ったのが聞こえてわたしはふと我に返って道の端っこに寄った。

帰路を歩き始めても、やっぱりどうしても月が気になって仕方がない。
建物と建物の隙間があるたび、私はチラリと覗き込むように月を見る。

眩しい。

写真に撮って誰かと共有したいが、ケータイのカメラでは月の本来の美しさは写らない。どんなに綺麗な月だったとしても、それはただ画面上ではぽつりと発光した点にしかならなかった。


それでもどうしても誰かにこの月の神々しさを共有したかった私は、彼に帰り道必ず月を見るよう連絡をした。しかし彼は「後で見てみるね」と言うだけで、その一瞬、その瞬間の眩しく輝く月をリアルタイムで共有することはできなかったので、私は少し哀しくなった。

そうして帰宅し荷物を置き、今度はとんぼ帰りでスーパーへ夕飯の買い物をしに出なければならなかった。

普段なら憂鬱とも取れるその場面も、もう一度、あの月を拝める。 そう思っていつもより少し早歩きで家を出た。

まだあの月は輝いていた。


嬉しくなって、時々振り返りながら 背後の月光を頼りに歩いていると、
前に立ち止まる女性の姿があった。
こちらを向いて ケータイを上の方に掲げている。
何をしているかは、すぐに分かった。あの月を撮ろうとしている。

私はとっても嬉しくなった。

ほらね やっぱり。
今日の満月はとても綺麗ですよね。撮りたくなりますよね。

女性は、先ほどの私と同様、不満気そうな顔でケータイを降ろした。

この月はケータイのカメラじゃとっておけない。

私は月を心に収めようと数十秒ほど月を眺め、スーパーへと入った。


出た時には、もう月は雲で隠れていた。

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