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私と当事者研究 - LITALICO研究所OPEN LAB#1 スカラーシップ生レポート

社会的マイノリティに関する「知」の共有と深化を目的とした、未来構想プログラム「LITALICO研究所OPEN LAB」

7月10日に熊谷晋一郎さんによる第1回講義 「障害のない社会」に向けた現在地と課題、そして が実施されました。

私はこの講義に、スカラーシップ生として参加させていただきました。

以下、講義を受けた私のレポートを掲載いたします。

OPEN LABスカラーシップ生とは
・障害や病気、経済的な困難さがあり、参加費のお支払いが難しい方
・本講義に対する学びの意欲が高く、明確な目的を持って参加できる方
を対象にした、公募・選抜制での参加枠による受講生です。スカラーシップ生は、同講義に無料で参加(遠方の場合は交通費を一定額まで支援)、講義終了後に「受講レポート」を執筆します。

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私と当事者研究


LITALICO研究所OPEN LABの第1回スカラーシップ生の中島雅登と申します。この度は、支援者様と運営事務局の皆様のご援助のおかげで、無事に第1回目の講義に参加することができました。この場をお借りして、感謝の念を述べさせていただきたいと思います。誠にありがとうございました。

さて、私はトランスジェンダー(戸籍の性:男性、性自認:女性)であり、かつ精神障害(うつ病)を持つダブルマイノリティなのですが、今回の熊谷晋一郎さんの講義からどのような考えを得たのかを、以下でお話ししたいと思います。

1.私のマイノリティ経験と当事者研究

1-1.「見えづらい」マイノリティであることによる困難

まず、熊谷さんの講義で印象に残ったのは、「身体障害を持つ人々(特に車イス使用者)は見えやすい存在であるのに対して、精神障害や発達障害を持つ人々などは、見えづらい存在である」という話でした。

そのため、「後者の人々は、自分のニーズを伝えるために大幅な『表現コスト』がかかる」そうです。つまり、ニーズを伝えるための多大な努力が必要とされるということであり、これは、私のマイノリティ性のどちらにも当てはまることです。

トランスジェンダーの面については、私の場合、自分でカミングアウトをしない限り「(普通の)男性」と見なされてしまうという困難があります。私は、元々の男性に見える姿からあまり変わっていないため、少なくとも男性として扱われることを回避するには、カミングアウトが必要となってきます。数えてみれば、私は自分がトランスジェンダーだと自覚した2011年以降、恐らく100回以上は、その場その場でカミングアウトをしています。大学のゼミ、サークル、地域のコミュニティ、研究会、就労移行支援事業所、企業実習、企業説明会など、どこへ行くにもこの困難が付いて回ります。そして、しばしば私は「カミングアウト疲れ」に陥ってしまいます。

精神障害の面については、こちらも自ら開示をしないと「健常な」人と見なされてしまいます。私がうつ病と診断されたのは2014年秋ごろであり、また2018年3月までは大学院に所属していたので、あまりうつ病のニーズについて話す必要性はありませんでした。しかし、国の就労移行支援制度を使って就労訓練を始めてからは、働く際に①適宜、休憩が必要なこと、②最初は短い就業時間から始める必要があること、③定期的に悩みを吐き出す相談の場が必要なこと、④攻撃的な言い方は精神的に辛いことなど、私には様々なニーズがあることに気付きました。そして今後、このことを「合理的配慮」として企業の面接や就職先などで伝えていく必要性が出てくるでしょう。

以上のように、私のマイノリティ性はどちらも見えづらいため、存在やニーズを受け入れてもらえるか否かという問題以前に、それらを延々と表現し続けなければならないという困難が生じてしまうのです。


1-2.マイノリティグループの「周縁」にいることによる困難

次に、講義では、「どんなマイノリティのグループの中にも、その中心にいる人々と周縁にいる人々がいる」という話が心に残りました。「周縁」とは、中心から外れた部分のことを指します。私自身、トランスジェンダーにおいても精神障害においても、「自分は外れ者だ」という意識があり、周縁にいるように感じています。

トランスジェンダーは、「身体の性と心の性の不一致」として説明されることが多いですが、少なくとも私はそのような状態ではありません。私の性別違和は、身体違和が弱い一方で、社会的違和が強いという特徴を持っています(つまり、他者に男性扱いされた時や、男性的な服装を強制された時に強い違和が生じます)。

また、①そもそも自分の遺伝子や生殖機能について確認したことがない点や、②医学的な性別区分で自分を定義することに疑問がある点から、自分の身体の性は「X」であると定義しています。そして、自分にとっての性別の問題とは、「性の自己認識(女性)と性の他者認識(男性)の不一致」であると考えています。しかし、このような考え方をしている人は、あまり多くないように思います。

精神障害については、私は自分を構成するものの一つ、もしくはアイデンティティや生き方の一つと考えています。そのため、薬の副作用の発生や病状の悪化は防ぎたいとは思いますが、完全に無くしてしまうことには強い苦痛を感じます。また、私のうつ病の症状の一つである、悩みすぎてしまう傾向は思考力や創造力が必要な研究に、マイナス思考は慎重で丁寧な計画作りに活きている面もあります。

このように、私は病気を治すのではなく、「病気と共生すること」(私の一部として取り込むこと)、「病気を活かすこと」を志向しています。浦河べてるの家を中心とした当事者研究グループでは、こういった考え方は広く共有されているように思いますが、精神障害カテゴリー全体ではどこまで受け入れられているかは分かりません。


1-3.生き抜くための当事者研究

そして、熊谷さんは、「見えづらいマイノリティが自身のニーズを自覚し、表現する場合や、周縁化された人々が様々な問題を社会に訴える際に、当事者研究は有効である」という話もされていました。当事者研究とは、簡潔に言えば、自分の生きづらさや体験を自分で研究し、向き合っていこうとする活動(べてるしあわせ研究所他 2018: p.13)のことです。

私は2018年に、上記の「1-2」の内容を含んだ自分のトランスジェンダー経験、精神障害経験について、発表する機会がありました(中島 2018a, 2018b)。発表当時は、そこまで深く考えていませんでしたが、今ふりかえると「自身の存在の見えづらさや周縁化に対処するための、生き抜くための当事者研究の発表の場だった」と位置付けることができます。この2回の発表で終わりではなく、むしろ始まりではありますが、重要な一歩だったと思います。


2.ダブルマイノリティと当事者研究

2-1.「ピア」が形成しづらいという困難

以上のように当事者研究を始めた私ですが、ダブルマイノリティであるがゆえに「ピア」(研究仲間)が形成しづらいという困難にも直面しています。ここで言うピアとは、「同じような経験をしている人々」という意味ですが、当事者研究にとっては重要な存在です。

私はピアには、①同じような経験をしている者同士であるために安心感が形成されやすく、自分の経験や苦労を話しやすいこと、②同じような経験をしているがゆえに研究への的確なアドバイスがしやすいこと、といった意義があると考えています。もちろん、時には「学際的」交流(病気・障害区分やマイノリティ区分を越えた交流)も必要ですが、まず自分の当事者研究の足場を固めるためには、ピアの存在は欠かせません。

ところが、私の場合、ダブルマイノリティであるために、どちらのコミュニティでも「自分の半身が死んでいる」ような状態になり、あまり安心感を得られません。つまり、LGBT系のコミュニティの場合、障害を持つ人々が少ないために、私は安心して自分のすべてをさらけ出すことができません。精神障害系のコミュニティの場合も、今度はLGBTの人々が少ないために、同様の状態になります。ここに、ダブルマイノリティである私が当事者研究をする際の、独特の困難さが生じています。


2-2.「非ピア」の「理解者」との研究

そのため、私は大学時代の友人や、現在通っている就労移行支援事業所の支援員の方々の力を借りて当事者研究を行うという方法を取ってきました。こういった人々は、トランスジェンダーや精神障害の当事者ではありませんが、「理解者」もしくは「理解しようとしてくれる人」ではありました。そのため、少なくとも私は安心して自分の経験や苦労について言語化し、整理していくことができました。また、相手からの「ちょっとした反応やコメント」から気付きを得て、研究に反映させたりもしています。

このように、すべての人がピアに恵まれるとは限らないため、当事者の生活や環境に合わせて、多様な当事者研究のやり方が模索されていくことが望ましいと思います。一方で、複数のマイノリティ性を持つ人々がより充実して当事者研究をできるコミュニティづくりについても、考えていく必要があるでしょう。


3.当事者研究「資源」格差という問題

3-1.当事者研究が「研究」であることの重要性

熊谷さんは、講義の終盤で「近年、当事者研究を『単なる治療法』と見なす傾向が生じており、懸念を抱いている」というお話をされていました。私は、当事者研究をどのようなものと見なすかについては、最終的には個人の自由だと思いますが、一方でそれが「研究」であることの意義も実感しています。

当事者研究をまさしく研究と見なした場合、私たちは自分自身を、自己の心身を「生の感覚で」探究できる唯一のフィールドワーカーと位置付けることができます。その場合、観察・実験・統計調査などの手法で対象に接近しようとしてきた従来の学問とは別の形で、私たちはデータを提供することができます。

その結実の一つが、LITALICO研究所のイベントでも紹介された「ASD(自閉スペクトラム症)視覚体験シミュレータ」(長井他 2015)だったと言えるでしょう。また、様々な当事者研究の成果を読むことによって、人々は自分自身や他者の多様性について、理解を深めることもできます。このように、私は当事者研究には、学術的意義や社会的意義が十分にあると考えています。

また、自分の病気の症状や障害特性に知的好奇心やユーモアを持つことによって、上手く行かない現実の中に一定の意義や楽しさを生み出すことも可能だと、私は考えています。

私の場合、自分の中にある「ぐるぐると考えすぎてしまう症状」を「ぐるぐるさん」としてキャラクター化しています。また、症状が生じる要因別に、ぐるぐるさんを分類し、イラストを描くことにも挑戦しています。加えて、ぐるぐるさんの出現頻度を記録し、円グラフや月別の折れ線グラフで表現することも考えています(詳細は、今後の当事者研究大会で発表するつもりです)。

熊谷さんは講義で、「現実と理想が一致しない状況に、どう対処するか?」という問いに対して、「現実と理想の不一致を認め、その間を仲間や言葉で埋める」という一つの答えを紹介していました。恐らく、この「仲間や言葉」の部分に、当事者研究も当てはまるでしょう。


3-2.当事者研究を「研究」にできない可能性

ところが、こういった当事者研究を行うためには、私は十分な「資源」が必要だと考えています。そもそも、人が当事者研究そのものを行うためには、当事者研究文化が身近にあること、研究仲間がいること、研究をする時間的ゆとりがあることなどの条件が必要です。

また、回復や問題解決を焦らないためには、病気の症状や障害特性があっても自分の生活がある程度、成り立っている必要があります。とりわけ、早く病気の症状や障害特性を抑え、働く必要性に迫られている人にとっては、研究という態度を取る余裕はないかもしれません。

このように、当事者研究における個々の考え方の違い以上に、個々を取り巻く生活環境の違い――すなわち当事者研究「資源」格差の問題を、今後検討していく必要があると思います。


参考文献

べてるしあわせ研究所・向谷地生良(2018)『レッツ! 当事者研究3』認定NPO法人 地域精神保健福祉機構(コンボ).
長井志江・秦世博・熊谷晋一郎・綾屋紗月・浅田稔(2015)「自閉スペクトラム症の特異な視覚とその発生過程の計算論的解明:知覚体験シミュレータへの応用」『日本認知科学会第32回大会発表論文集』日本認知科学会,pp.32-40.
中島雅登(2018a)「『性別認識自他不一致症候群』について」第15回 当事者研究全国交流集会 名古屋大会,愛知淑徳大学,2018年10月7日.
――――(2018b)「精神障害になった私:嬉しさ7割、不安3割」日本科学者会議 第22回総合学術研究集会(分科会F2「保健・医療・福祉の飛躍的発展の道を探る――にんげんの世にある限り向上・発展させるべき課題とは?」),琉球大学,2018年12月7~9日.

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LITALICO研究所OPEN LAB#1 スカラーシップ生
中島 雅登 (なかじま まさと 20代トランスジェンダー女性)

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著者プロフィール
・千葉県生まれ、神奈川県育ち
・和光大学 現代人間学部 2012年度卒業 (学部)
・第80回ピースボート地球一周の船旅 乗船 (2013年7月28日~10月10日)
・千葉大学大学院 2017年度卒業 (修士)
・現在、就労移行支援事業所にて、就労訓練・就職活動中。
・ひとまずは、働きながら以下の研究を継続することを目指しています!!

★研究テーマ①:トランスジェンダーをめぐる人々のエスノメソドロジー
 トランスジェンダーの周りにいる人々(例:友人、支援者など)は、トランスジェンダー当人の性別をどのように理解しているのか、当人と接する際にどのような葛藤に直面し得るのか、などを探究しています。修士時代の研究テーマであり、学術誌への投稿を目指しています。

★研究テーマ②:当事者研究

 自分の不登校経験、トランスジェンダー経験、精神障害経験などについて言語化し、それらの自分史的な意味や活かし方、付き合い方について研究しています。最近は、自分の中の場面緘黙(特定の場面で話せなくなること)や慢性疼痛(自分の場合、腰痛)についても、関心を持ち始めています。

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