今年最強の音楽作品が最初に挑んだ、音楽以外の場所 -Beyoncè "Lemonade"

 恐らく、今年最も話題になったアルバムはBeyoncéの"Lemonade"でしょう。既にRolling Stone誌をはじめとして、いくつかのメディアがこのアルバムを2016年の年間ベストアルバムに選出しています。

 「え、ビヨンセ?」と今ひとつピンと来ない人がいるのではないでしょうか。日本におけるビヨンセのイメージといえば、「なんか滅茶苦茶売れてるアメリカのポップスター」、あるいは渡辺直美のモノマネというイメージを抱く人も多いはず。そんな彼女が、あらゆる批評家をねじ伏せて大絶賛を巻き起こしている状態が2016年です。

 この記事で注目したいのは、この作品が発表された経緯です。この「Lemonade」はまず、映像作品として発表されました。しかも、ただ単にYouTube上やホームページで公開するのではなく、アメリカのケーブルテレビ局であるHBOで、夜9時というゴールデンタイムの放送枠を使ってリアルタイムで放送されたのです。

 HBOというのは、アメリカで圧倒的な支持を誇るケーブルテレビ局です。何を隠そう、現在放送中のドラマにおいて世界最強の驚異的な人気を誇る「ゲーム・オブ・スローンズ」の放送局です。他にも「True Detective」や、最近では「シリコンバレー」など、圧倒的なクオリティと面白さを誇るドラマが目白押しです。その圧倒的な支持を誇るHBOの、夜9時の枠を使い、ビヨンセが映像作品を放送しました。つまり、並の作品では到底許されない暴挙です。

 結果として、「Lemonade」は大きな衝撃を持って受け入れられ、凄まじいバスを巻き起こし、そのままアルバムのサプライズリリースへと雪崩込んでいきました。最終的にどうなったかは、冒頭に書いたとおりです。何が凄いのかは今回は書きません。

 さて、ここ数年で、ミュージックビデオというものの存在価値が変わってきたのではないかという気がしています。

 少し前までは、アルバムをリリースしたアーティストがシングルのプロモーションとして、ミュージックビデオを発表するのが普通でした。だからこそ、数年前まで「プロモーション・ビデオ」という言葉を使っていました。しかし、今や「プロモーション・ビデオ」は死語になりつつあります。あくまでそれは「ミュージック・ビデオ」であり、ミュージシャンの持つ大きな表現手段の一つです。

 もちろんMTVの時代からその側面はありました。クリス・カニンガムやミシェル・ゴンドリーといった映像作家が活躍していた時代もありました。とはいえ、その時代はいわゆる芸術作品としての意味が強く、メインストリームのポップ・ミュージックとは距離があったように思います。それはあくまでもカウンター・カルチャーだったのではないでしょうか。突然テレビで流れてくる映像に衝撃を受けたり、あるいは作品集に触れる感覚でVHSを探し求めるといった感じです。

 情報技術が発展し、回線の高速化とデバイスの高画質化によって、誰もが自ら「映像を選べる」時代へと突入した現代では、かつてのようにプロモーション・ビデオをテレビ上で垂れ流しておけばよいという訳にもいかなくなってきました。僕たちはNetflixやYouTubeで能動的に作品を選ぶようになりました。その結果、高いクオリティのものか、自分に都合の良いもの以外は見なくなってしまいました。

 Netflixが既存のテレビ番組をほとんど見ることが出来ないのにも関わらず凄まじい支持を集めているのは、「自ら金を払ってでも見たい」と思わせる圧倒的なクオリティのコンテンツを持っているからです。今年最も大ヒットしたドラマは、テレビの電波からは見ることのできない、自分から番組を選ばなければ見ることの出来ない「ストレンジャー・シングス」でした。

 さて、そんなコンテンツの時代に映像作品の世界で注目を集めているのが、VimeoというWebメディアです。いわゆる動画アップロードサイトです。

 以前からVimeoは動画のアップロードサイトとして有名でしたが、YouTubeが「誰もが気軽にアップロード出来る公園のようなメディア」になっていくことで、逆にVimeoは「映像作家が集まる発表会としてのメディア」へと変貌を遂げていきました。トップページでは、スタッフが選んだ作品や人気の高い作品が並んでいます。どれも凄まじいクオリティです。以前、SNSを中心にバズを起こした「UNSATISFYING」という映像作品も、元々はVimeoに投稿されたものです。(結局YouTubeを埋め込んでいるのは、noteの仕様上の問題です)

 ここ数年、YouTubeだけではなく、Vimeoにもミュージックビデオをアップロードするミュージシャンが増えてきています。つい最近でも、Jamie xxや、Danny Brownがかなりエッジの効いた作品を発表し、Vimeoのトップページ上で紹介されていました。それはつまり、映像に関心のある人や、更に言えばポップカルチャーに関心のある人へと届くことを意味しています。

 興味深いのは、YouTube上ではこの映像作品はJamie xxが投稿主となっていて、Vimeo上では映像作家のRomain Gavrasが投稿主だということです。ちなみにRomain Gavrasのチャンネルからは、同じく彼が手掛けたM.I.Aの"Born Free"やJusticeの"Stress"を見ることが出来ます。つまり、あくまで主役は映像なのです。

 パソコンやスマートフォンのメニュー画面には、YouTubeや、Vimeoや、Netflixや、Huluが、SpotifyやiTunesと一緒に並んでいます。もちろん、twitterやFacebookやInstagram、SafariやGoogle Chromeも一緒です。これら全てがコンテンツを見るための装置です。その選択権はユーザーにあります。

 そんな状況下で、どうすればいかにインパクトを残すことが出来るのか?

 その一つの方法が、例えば「Lemonade」がやったように、圧倒的なクオリティの作品を、あえて既存の高品質なコンテンツと同じ土俵の上で戦わせることではないでしょうか。そして、そこにジャンルは関係ありません。あくまで、コンテンツとしての戦いです。ビヨンセのネームバリューもここでは入場料でしかありません。作品が酷ければそれで終わりです。

 さすがにHBOを使うのは難しいかもしれませんが、例えばVimeoを使えば、たとえアマチュアだろうと、同じ土俵で戦うことが出来ます。なぜなら、この空間では「有名なミュージシャンのそこそこの映像作品」よりも、「ミュージシャンは無名だけれど、良い映像作品」の方が強い力を持っているからです。そして、結構な確率で、良い映像作品には良い音楽が使われています。

 最初にBeyoncèが「Lemonade」と共に立ったのは、Kanye WestやRihannaのいる土俵ではなく、「ゲーム・オブ・スローンズ」や「ストレンジャー・シングス」のいる土俵でした。音楽の価値は変わりつつあります。

 最後に、最近僕が見て衝撃を受けたVimeo作品を貼っておきます。

Everything In Your Hands - Gioacchino Petronicce

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ノイ村

音楽の話をしよう。軽めに。

最近では1分で読めなくなってきている音楽コラム。
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