朝が来るまで終わる事のないダンスを -Part 3 : そして、EDMに辿り着いた-

 本連載のテーマは、「日本におけるEDMムーブメント=パリピ文化の一つ」的な動きに対してひたすらに考え込む事です。Part 1では「ムーブメントってなんだろう」Part 2では「パリピってなんだろう」を書きまして、徐々に外側から内側へ近づいております。Part 3以降はついに音楽の話がメインです。ここからが本番ですが、楽しいのは自分だけなんじゃないかと若干不安です。

 2014年にULTRA JAPANが上陸して、その時に、芸能人やモデルにファッション雑誌にマスメディアとあらゆる手段で「海外で今トレンドのファッション性の高い、ド派手な音楽フェスティバルが日本に!」という、さながら海外の人気スウィーツ店が日本初出店した時のような取り上げ方をしたことで、ULTRAは若者の興味を集めたと思うんですよ。2015年にはその動きが更に加速して、よりバブル感が増したんですけど。

参考資料:初年度終了直後のめざましテレビでの特集 (2014)

 ただ、冷静に考えてみると、そもそも巨大なULTRAを日本に持ち込むのって物凄くリスクの高い挑戦なわけで、「これは行ける!」という状況になっていないとそもそも不可能じゃないですか。渋谷の街中で1個200円のドーナツを売るのとは訳が違う。つまり、EDMが日本で流行する下地のようなものがあったんですよ。そして、その道筋を辿ると、かなり様々な景色が見えてきます。

 様々な資料を読み漁ると、2014年にEDMを取り扱うメディアが急激に増えた事が分かり、2012年にEDMを日本に持ってこようとする動きが台頭した事が分かるのですが、僕が最初にEDMという言葉を認知したのは2009年です。タワーレコードが無料配布している音楽雑誌"bounce"の2009年10月配布号で"NEW BLOODS"と題して当時のハウス、エレクトロ=EDMとヒップホップ、R&B=アーバンミュージックが接近している状況を取り上げていました。記事はこちら。David Guettaも大きく取り上げられています。以降もbounceでは定期的にEDMを特集してきました。だから、別に突然EDMが現れたわけじゃないんですよ。突然EDMを聴く人が増えたのが2014年なだけです。では、2014年よりも前の状況はどんな世界だったのでしょうか?音楽好きにはどんな景色が見えていたのでしょうか。EDMへと繋がりそうな歴史を遡ってみましょう。

0. 90年代のバブル期のJ-POP

 これ今の中学生とか分かんないんだよな多分。とにかく小室哲哉ですよ。今の20代は、幼少期にテレビを通して小室哲哉のサウンドに洗脳されているんですよ。CDTVやMステで死ぬほど流されてるおかげで世代じゃなくても無意識の内に体にレイヴサウンドが刷り込まれているんですよ。とりあえずクリックしてみてください。ドラッグなんか使わなくてもトリップできます

survival dAnce ~no no cry more~ / TRF (1994)

愛しさと切なさと心強さと / 篠原涼子 with t.komuro (1995)

1. ヨーロッパで発生したニューレイヴとフレンチ・エレクトロ

 2007年頃をピークに、ヨーロッパでは「Neu Rave」というシーンが盛り上がりを見せていました。これはこれで定義が雑なんですけど、要はそれまでのテクノやハウス、トランスのロングセットに飽きた若者が、ぶつ切りでもいいからロックで踊ろうというムーブメントです。その一例が日本でも人気が爆発したKlaxons。そしてこの動きはその前の2manydjsなどを筆頭に発生したエレクトロの流れも汲んで「ダンスミュージックの享楽性とロックの暴力性やアンセム感の融合+楽曲単位で盛り上がるシンプルさ」を求める動きに繋がりました。その筆頭が当時のフランスのエレクトロ最新系、JusticeDigitalism。この時期のミュージシャンは日本でも結構高い人気を集めていました。特にJustice。

D.A.N.C.E. / Justice (2007)

Pogo / Digitalism (2007)

2. ヨーロッパとリアルタイムで発生した日本のエレクトロ・ムーブメント

 この2007年頃というのはインターネットで音楽や動画を共有する事が誰でも気軽に出来るようになり、myspaceのようなミュージシャンのSNSも登場した時代。海外の動きや日本のムーブメントもネットを中心に広がりやすくなっていました。その結果、1で示したエレクトロの動きが東京を中心に日本でも発生したのです。そこでダンスミュージック好きを筆頭にエレクトロの人気が高まるようになっていきます。印象的だったのは80KidzDEXPISTOLS。DEXに関しては元々2008年のミックスCDでブレイクしたんですけど、便宜上オリジナル曲を載せておきます。

Alt A / 80Kidz (2008)

Saturdays / DEXPISTOLS (2009)

3. 若い女性を中心とした日本でのハウス流行(通称"乙女ハウス")

 更に同時期、エレクトロと並行して、主にヴィレッジヴァンガードやTOWER RECORDS、HMVを中心としてオシャレなハウスミュージックが流行します。その特徴は、ジャズの要素や綺麗な女性ボーカル、何よりキラキラしたサウンドで、"乙女ハウス"という、ちょっとどうかと思う名前が付けられムーブメントとなりました。印象的だったのは、このような音楽が美容院等を中心にそれまでクラブに行く事の無い層にまで浸透していった事で、今で言うサブカル女子の先駆けだったような気もします。筆頭はSTUDIO APARTMENTFree TEMPOSotte BosseDAISHI DANCEあたりでしょうか。

Beautiful Sunrise / STUDIO APARTMENT (2007)

P.I.A.N.O. / DAISHI DANCE (2006)

4. Perfume&中田ヤスタカによる、一般層&秋葉原界隈へのエレクトロ浸透

 これは言うまでも無いですかね。2007年の「ポリリズム」をきっかけにブレイクしたPerfumeと、その楽曲を手掛ける、元々日本のダンスミュージックを支える存在だったCapsuleの中田ヤスタカ。これをきっかけに、ポップミュージックとエレクトロを混ぜた音楽が凄まじい勢いで日本中に拡散していきます。また、Perfumeがアイドルという事もあって、秋葉原界隈でもそういったサウンドが採用されるようになっていきます。当時「テクノポップアイドル」と呼ばれていましたが、1mmもテクノじゃない辺りが時代を感じます。ダメ押しは翌年の「GAME」に収録された、Justice直系のハードエレクトロ"GAME"。アニソンでは、堀江由衣が2008年に「とらドラ!」の主題歌としてPerfume直系の"バニラソルト"を提供しています。

GAME / Perfume (2008)

バニラソルト / 堀江由衣 (2008)

5. アメリカでのポップソングのエレクトロ化

 エレクトロが広がったのは日本だけではなくて、北米でも同様。それまでヒップホップやR&Bが全盛だったシーンが徐々にエレクトロ化を遂げていき、2008年にはLady Gagaが特大ブレイクを果たしました。更に、2009年にはそれまでファンク・ヒップホップ色の強いポップミュージックを世に送り出していたThe Black Eyed Peasが当時ヨーロッパでフレンチ・ハウスを軸に人気を高めていたベテランDJ、David Guetta製の"I Gotta Feeling"を大ヒットさせています。この辺りから北米でそれまで根付く事のなかったエレクトロニック・ミュージックの流れが大きく動き始めます。一方でLady Gagaは2009年に日本でも大ブレイクし、日本の音楽シーンには更に電子音が増えていきます。

Just Dance / Lady Gaga (2008)

I Gotta Feeling / The Black Eyed Peas (2009)

6. ヨーロッパでのダブステップの大流行

 2から5までで、ヨーロッパのダンスミュージックの流れが日本や北米でも浸透する流れを示しましたが、ヨーロッパではエレクトロとは別の動きとして、2000年代序盤から中盤にかけて、ダブステップという説明が非常に困難なダンスミュージックも広がりを見せていました。この頃はアンダーグラウンドの動きだったのですが、広がると共に大衆化し、2010年には当時活躍していたSkreamとBengaによるMagnetic Manというスーパーグループも登場して、大規模な会場をダブステップのクリエイターが埋めるようになります。当時のbounceではウンザリするほどダブステップの事ばっかり書いてありました。実は今年フジロックで来日するJames Blakeも元々はダブステップで名を馳せていたりします。とにかく聴いて下さい。痺れます。

CMYK / James Blake (2010)

I Need Air / Magnetic Man (2010)

 長くなってきたので、後半は次の記事で書いていきましょう。こうやって紐解いていくと、日本の音楽リスナーにも2000年代の時点でEDMの源流の一つ、エレクトロやハウス、ダブステップが浸透していた事が分かってきます。この時点で仮説を立てておくと、

エレクトロの動き→主にZedd、Avicii、Skrillex

北米ポップミュージックの動き→主にDavid Guetta、Calvin Harris、Avicii

オシャレ系ハウスの動き→主にCalvin Harris、Avicii

ダブステップの動き→主にSkrillex

秋葉原界隈の動き→主にSkrillex

 となり、繋がっていきます。勿論、そんな単純では無いんですけど、僕はこんな感じで見ていました。ちなみに今回各項目を超ダイジェストで書いてますが、詳しく書くとそれぞれ本になるので気になったら調べてみてください。

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ノイ村

音楽の話をしよう。軽めに。

最近では1分で読めなくなってきている音楽コラム。
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コメント3件

N村さん。引き続き楽しく拝読してます。パート2あたり、音楽をツールにした文化論のようで、とっても興味深いです。楽しんでるのはN村さんだけではありません!読む側も楽しんでますよ!(^^)
ひとつひとつの言葉の定義(枠組みづくり)がとても丁寧でいらっしゃることと、その言葉をご自身の実感に忠実に、繊細に捉えていらっしゃることで絵が浮かんできます。
ここに書かれているカルチャーの姿、私はすでにそのど真ん中よりは距離をとりつつ眺める年齢になりましたが、それでも、とても共感します。23区以外に住んでいる日本人としての体感にとても近く感じます。

引き続き楽しみにしておりますね!
あ、あとN村さんがお好きだと書かれていた「We Are Your Friends」が、私が愛聴している有吉弘行さんのFM『Sunday Night Dreamer』のオープニングテーマだったので勝手に喜んでます。なんて曲かな?と思ってたので(^^) (余談ですいませんm(__)m
@tokoさん
読んで頂き、ありがとうございます!元々ダンスミュージックをずっと好んで聴いていたので今回の記事はある意味集大成です笑。
オープニングの話は初めて知りましたけど、驚きました笑。有吉さんもJustice好きなのかもしれませんね!
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