Kanye West "2016.10.2 Saint Pablo Tour at The Meadows Music & Arts Festival" ライブレポート

 Kanye Westは宗教!

 遅くなりましたが、10月1日、2日にニューヨーク・クイーンズ地区で初開催されたフェスティバル、"The Meadows Music & Arts Festival"の2日目に行ってきたので、その中でもKanye Westのパートを書いてみたいと思います。この日はカニエ以外にも、Chance the RapperやPusha T、Kygo、The 1975と豪華ラインナップが集結したのですが、とにかくカニエ!カニエ!カニエ!Yeezy!Yeezy!Yeezy!といった感じでした。Chance the Rapperのライブは本当に素晴らしかったけれどね!!!では文体を変えます。今年最高に長いです。

 Pusha Tが"Runaway"を披露し、Chance the Rapperがある人物の名前を出す度に歓声が上がり、会場までの地下鉄の中で既に合唱が発生していた時点で、この日の主役は誰なのかは明らかだった。

 フェスティバルの会場では、2種類の物販ブースが用意されていた。一つはフェスティバル及び出演者。そしてもう一つはKanye Westのみのブースである。それぞれ同じくらいのスペースが用意され、フェスティバル&出演者のグッズの列は3、4列ほどでスムーズに進んでいた。一方、Kanye Westのグッズの列はどこまでも伸びていき、実際に買った人の話では数時間もかかったという。更に、彼が出演しない前日の物販にもKanye Westのグッズが用意されており、やはりとんでもない長さの行列を作り上げていた。

 恐らく、普段は様々なセレブリティに影響を受けつつも、自らがニューヨーカーである事に誇りを抱き、自分なりのファッションを追求している若者達。しかし、この日に限って、彼らの多くは似たような格好をしていた。誰もがKanye Westのグッズを身に纏っていたのだ。例えばその中の一つにはこんな言葉が書いてある。

"I made that bitch famous. -俺があのビッチを有名にしたんだ"

 Kanye Westの最新作である"The Life of Pablo"において最も悪名高い"Famous"のリリックだ。この場にいる全員が、その"Bitch"がTaylor Swiftであることを知っている。

 そして、最も人気だったTシャツにはこのように書かれている。

"I Fell Like Pablo. -パブロのような気分だよ"

 Kanye Westが今年発表した最新作、"The Life of Pablo"はPabloという男(使徒パウロ、パブロ・ピカソ、パブロ・エスコバル...)についてのアルバムであり、このアルバムの中でKanye Westは"I Fell Like Pablo"と歌う。世界最強の麻薬王と、偉大なる芸術家と、宣教師をミックスした存在こそがPabloだ。つまり、PabloとはKanye Westであり、このTシャツを着た人物もまたKanye Westである。

 みんな、Kanye Westになりたいのだ。勿論それは不可能だ。でも、少しでもKanye Westへと近づきたい・・・。

 つまるところ、Kanye WestのTシャツやパーカーはKanye Westが教祖を務める宗教における宗教着である。それを着て、教祖の言葉を聴く事で、信者は喜びを感じる事が出来るのだ。ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンのどちらかを選ばなければならない、差別という名のポリティカル・コレクトネスが蔓延する2016年のアメリカで、若者たちはどういうわけかKanye Westを信じている。会場の至るところで、"2020 President Kanye West"という言葉を見る事が出来た。最初はジョークかと思っていたけれど、どうやら彼らは本気で彼が大統領になるべきだと考えているらしい。

 彼が出演する"The Meadows Stage"は、フェスティバルが中盤を迎える頃には既に満杯の客で埋め尽くされていた。僕はPA前の右側のゾーン、フェンス近くを確保することが出来たのだけど、それでも続々と人が押し寄せてきて、自分の場所を保つのが難しくなっていく。

 やがて、愛くるしくもシリアスなChance the Rapperのパフォーマンスが大団円を迎え、1時間以上に及ぶ転換時間がやってくる。会場は異様な熱気で包まれていた。勿論、彼のライブが素晴らしかった事も要因の一つである。しかし、僕たちは次に誰が出てくるのかを知っている。スタッフがステージに現れ、「頼むから一歩下がってくれ」と何度も訴えていたけれど、観客は誰一人耳を貸さない。むしろもう一歩でも近づきたいようだった。

 前の方に目を向けると、10代半ばくらいに見える若者が、少しでも良い位置でライブを観たいと願い、フェンスにもたれる人々にひたすら場所を変わってもらえないかと、泣きそうな顔で懇願している。それでも、人々は決して場所を譲ることはなかった。

 「普段のライブじゃすぐにチケットが高くなってしまって僕の小遣いじゃ買えないんだよ...。やっと彼の姿を見る事が出来るんだ...。お願いだよ...。そんなに高い服を着ているのなら別に今じゃなくても見れるじゃないか...」。結局、誰一人場所を譲ることはなかった。そのすぐ近くでは、先日行われたMadison Square Gardenでのパフォーマンスを観た男性が、連れの女性にいかに彼が正しくて偉大なのかを語っていた。

 突然前方から悲鳴が聞こえてくる。何事かと思っていると、PA前の通路をChris Rock(アメリカでトップクラスの人気を誇る黒人コメディアン)が通り過ぎていく。更にJaden Smith(「ベスト・キッド」の主役)、Zac Efron(「We Are Your Friends」の主役)といったハリウッド級のスター達が現れる。しかし、最も悲鳴が上がったのは、Chance the Rapperが通り過ぎていく瞬間だった。彼もまた、間違いなくこの時代のヒーローとなっていた。

 開演予定時刻が訪れ、会場はKanye Westのコールに包まれる。しかしながら、誰もが彼が時間通りに来ない事を知っている。遅れて登場する事で、更に渇望感が煽られていく。

 予定時刻を30分ほど過ぎて、ついに照明が暗転する。会場は悲鳴で埋め尽くされ、「President of 2020!!」と叫ぶ声も聴こえてくる。先ほどまで水を飲むのも難しいくらいに密集していたはずなのに、開演前にスタッフが何度も「後ろに下がってくれ。みんな潰れてしまう。」と言っていたのに、全員が前方へと向かって駆け出していく。

 真っ暗闇の空間に"Father Stretch My Hands Part 1"のイントロが鳴り響く。照明が静かに灯り、その下に、Kanye Westがいる。ついに我々の前にKanye Westが現れた。

 観客は声を上げ、バックトラックが唸りを上げる。

"Beautiful morning, you're the sun in my morning babe. Nothing unwanted."

「美しい朝だ。君もこの朝のように美しいよ。いらないものなんて無いね。」

 登場と同時に、次々と花火が打ち上がっていく。クライマックスのようにけたたましく打ち上がるその様子は、さながら彼の登場を祝福するようで、彼の力を誇示するようでもあった。

 当然のように、観客は大興奮で全てのヴァースを歌い上げ、スマートフォンを空中にかざす。さっきまで静かに見ようとしていた夫婦が叫び声を上げている。少年は微動だにしない。もはや興奮しすぎて、何が起きているのかもわからないけれど、とりあえず観客は皆、目の前にKanye Westが現れた事でパニックに陥っている。Part 1から2へと雪崩れ込み、そのまま例の"Famous"のイントロが流れる。観客の興奮は続き、当然のように全員が"I made that bitch famous."と声を上げる。Taylor Swiftの熱狂的なファンが見たら怒り狂うような光景だろう。でも、少なくともこの瞬間は誰もが本気でそう思っているように見えた。

 "Famous"を終えた後は、Drakeの"One Dance"、ScHoolboy Qの"THat Part"といった客演曲を連打し、より一層観客を興奮状態へと叩きこむ。一つの曲を終えるごとにKanye Westの放つ存在感、オーラ、そして殺気が増大し、異様なまでに膨れ上がっていく。更に、彼の生み出した素晴らしい楽曲の数々が、ノイズ寸前まで膨れ上がった音圧で、矢継ぎ早に襲い掛かってくる。気づけば観客は、ステージから目線を離す事が出来なくなってしまっていた。いや、むしろ目線を離すと殺されるんじゃないかという程の狂気に飲みこまれていたといっても過言ではない。

 今回のライブは、"The Life of Pablo"に伴うツアー、"Saint Pablo Tour"の一環として行われた。"Saint Pablo Tour"の最大の特徴、それは、Kanye Westが観客の頭上でパフォーマンスをすることにある。

 空中でパフォーマンスをするKanye Westの姿は、見上げる事でしか確認することは出来ない。Kanye Westは決して観客に手を差し伸べない。教祖と信者の関係性が完全に成立しているのだ。共感や親近感などゴミに等しい。神様に親近感を抱いてどうする。

 野外フェスティバルということで、流石にツアーのフルセットを持ち込む事は出来なかったらしく、Kanye Westは地上でパフォーマンスを行った。しかし、それでも、"教祖と信者"の構図は完璧に成立していた。その要因の一つとして、例えば照明がある。

 今回のツアーで使用されている照明には、ストロボライトもレーザービームもないどころか、ライトの色にしても黄色か赤色か白色の3種類ほどしかない。左右に用意されたスクリーンには、Kanye Westの姿が映し出されるが、その姿は真っ黒な影である。更に、加工によってその影がおどろおどろしく強調される。

 つまり、このライブにおいて、Kanye Westはもはや「なんだかよく分からないおどろおどろしい存在」であり、その姿を淡々と、シンプルかつソリッドな照明が映し出していく。そして観客は必死で彼の発する言葉を歌い上げる。この異様な空間で鳴り響く楽曲の多くは、彼自身が「ゴスペル・アルバム」と評した"The Life of Pablo"の収録曲である。ミニマルなビートと宗教音楽的な輝きが同居し、そこに家族を手にした無上の喜びと、自らが抱える果てしない孤独、そしてその裏返しともいえる狂気的なまでの自意識が交錯していく...と言葉にしても結局よく分からない楽曲の数々だ。そこに彼の代表曲の数々が織り交ぜられていく。

 優れた楽曲はある種、それだけで宗教性を持っているとも言える。この文章を読んでいる人の多くは、大きな会場で、大音量で名曲を浴びたことがあるだろう。その時の会場の空気や、漏れ出てゆく感情は格別だ。そしてそれは宗教と表裏一体である。宗教は日常を、自分自身を肯定する存在でもある。

 そして、Kanye Westには少なくとも才能がある。彼は控えめにいって、音楽界の革命児である。その音楽が、大音量で、巨大な会場で放たれる。そして、その中心にいるのはあくまで「なんだかよく分からないおどろおどろしい存在」であり、スクリーンに映る真っ黒い影と、シンプルかつ美しい照明は、更にその表現を研ぎ澄ましていく。その様子を見て聴衆は震え上がり、彼の発する言葉をひたすら繰り返す。なおも続く音楽。この洪水に溺れながら、聴衆はKanye Westが本当に特別な存在なのではないかと考え始める。

 この考えを確信へと変えたのが、9曲目の"All Day"を皮切りに、"Black Skinhead"、"Nxxxx in Paris"、"Can't Tell Me Nothing"、更に"Power"という、彼の音楽を知る人であれば是が非でも聴きたいアンセムの連打だ。そう、今までのは前置きであり、予兆だったのだ。聴衆は狂気と狂喜の織りなす祝祭へと叩き落とされていく。正直、これは空中に浮かぶステージで見ておきたかった。恐らく、彼の姿を見上げていたら、その宗教性は更に強固なものになっていただろう。

"I got the power to make your life so exciting." 

「俺は、お前の人生を楽しませる力を手に入れたんだ」

 この狂気的な流れは、悪夢のような"Blood on the Leaves"を迎え、一度終了する。ここで小休憩のように"Freestyle 4"が挟まれるものの、既に聴衆はKanye Westが特別な存在であると確信している。

 そう、ここからは神の世界だ。

 YeezusとしてのKanye Westを象徴する"New Slaves"。勿論そのままでも凄まじい楽曲ではあるが、ここまでの流れを経験してからでは最早説得力が段違いとなって襲い掛かる。聴衆は興奮と怒りと共に声を上げる。「俺達は新しい奴隷である」と。

"Y'all 'bout to turn shit up. I'm 'bout to tear shit down. I'm 'bout to air shit out. Now what the fuck they gon' say now?"

「ボリュームを上げろ。俺はこのクソみたいなものを破壊して、一掃しようとしているんだ。あいつらはなんて言うだろうな?」

 続けて、唯一のファースト・アルバム"College Dropout"からの楽曲、"Jesus Walks"が、"Yeezus"ばりにノイジーな音響で迫り来る。元々は若き日の彼が、シリアスな問題提起を歌った楽曲であり、その内容は今でも有効だ。しかし、そのメッセージを発する彼は、今や本当に神の横を歩いているかのように見える。

"Jesus Walks with me, with me, with me, with me, with me..."

 神と共に歩くYeezusは、"Flashing Light"で女性=キム・カーダシアンを迎え入れ、再び"The Life of Pablo"の世界へと戻ってくる。"HighLights"、"Feedback"、そして"Wolves"だ。キム・カーダシアンをイエス・キリストの母であるマリアに、そして自身をヨセフに例えた楽曲だ。普通に聴いたら呆れ返るような主題だが、ステージに立つYeezusと、それを見守る観客の構図は、まさにマリアとヨセフの姿を崇める信者の構図と等しい。なんだ、正しいのは彼じゃないか。

 本来の"Saint Pablo Tour"であれば、ここからKanye Westがパーソナルな独白を行うゾーンへと突入するはずだった。しかし、"Heartless"を披露する最中に事件は起こる。彼は、「家族に緊急事態が起きた」と言い残してライブを突然終了させてしまったのだ。ここまで1時間。そう、ここまでほんの1時間の出来事である。

 この"緊急事態"は、ニュースなどで知った方も多いと思うが、キム・カーダシアンが巻き込まれた強盗事件の事である。こればっかりは本当に緊急事態だ。妻がショックを受けている事を知りながらショーを続けるのはいくらプロとはいえ辛すぎる。今となっては納得出来るが、さすがに観客も怒りの声をあげていた。急に目が覚めたような気分だった。放心状態のまま、観客はそれぞれ会場を離れていった。そして、彼が戻ってくるのではないかと思い、待ち続けるファンの姿も見る事が出来た。僕はぼんやりしながら会場を後にした。

 ライブは途中で終わった。確かに僕が大好きな"Black Skinhead"も、"Blood on the Leaves"も、"Power"も聴く事が出来た。

 しかし、僕は一度彼のライブを観てしまっている。

 2016年12月13日、"Saint Pablo Tour"のフィラデルフィア公演が行われる。僕の住むニューヨークからは4時間以上かかるのだが、それでも今住んでいる場所からは最も近い会場だ。

 サマソニのチケット代でさえ出し渋っていた僕は、何のためらいもなく180ドルのチケットを購入した。もしかしたら僕も信者の一人になっているのかもしれない。


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ノイ村

音楽の話をしよう。軽めに。

最近では1分で読めなくなってきている音楽コラム。
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