超豪華だけど、日本でやるのは厳しそうなフェス "The Meadows Music And Arts Festival"と、そのざっくりした考察

 9月17日。ちょうど今日からULTRA JAPANが開催されております。個人的には去年のラインナップ(特にDJ SnakeからSkrillexという、西海岸!トラップ!なんか頭悪そうで最高!な2日目)の方が好みのDJは多かったなぁとは思うけれど、今年は今年でやっぱり魅力的。特に3日目のMartin GarrixからTiestoへの師弟コンボはEDM(特にトランス)好きなら絶対に見ておきたい流れです。一方で、Kygo(トロピカル・ハウス?)やMarshmello(フューチャー・ベース系?)といった2016年ブレイク枠も見逃せないし、banvoxKSUKEといった日本代表にも期待したい。更に、EDMとは異なるダンスミュージックの源流で活躍するRESISTANCE勢もTechnasiaDubfire石野卓球Licaxxxと新旧入り乱れた強烈なラインナップが揃っております。シンプルに言うと、「パリピ怖い」とか「もうピークは過ぎたから..」とかほざいてないで、ダンスミュージック好きなら行ってこいや!!という話です。僕はパソコンのスクリーン上で見てます。切ない。

 ULTRAについて考えながらふと思ったんですけど、一つのフェスティバルのフォーマットが世界中で使われているのって世界的に見ても結構珍しい事なんですよね。グラストンベリーもコーチェラもフジロックも他の場所でやってないじゃないですか。それは勿論、それぞれの地域にあったカラーを打ち出したり、ラインナップにオリジナリティを持たせたいという思いがあったり、色々な理由があると思います。ただ、そこから少し踏み込むと、「フェスティバルのコンセプトを世界中で使いまわすのが難しい」って事ではないかと。

 例えば今年のFUJI ROCK FESTIVALのラインナップを、そのままSUMMER SONICのラインナップと入れ替えて開催したとしても、それはお互い全く違うフェスティバルに変わってしまうはず。フジロックにはフジロックのムードがあるし、サマソニにはサマソニのムードがある。それは立地であったり、ビジュアルだったり、あるいは広告の出し方で変わってくる。それによって生まれる観客のスタンスもかなり強い影響を持っている。

 だからこそ、ある程度、日本固有のムード(盛り上がり方、踊り方、周辺地域のイベント等)があるとはいえ、ULTRAがそのまま日本で開催されているのって結構凄いことだと思っています。それこそ、もしULTRA JAPANが無かったら、今や世界中のフェスティバルに出演するようになった、売れっ子DJ陣を全く見ることが出来なかったはず。Martin GarrixやHardwellは相当厳しいだろう。

 というわけでULTRAが少しでも長く続くことと、参加する方が楽しい時間を過ごす事、ライブ中継でなるべくイラッとする光景が映らないことを願いながら本題に移っていきますが、現在僕が住んでいるニューヨークで、来月このようなフェスティバルが初開催されます。

 "The Meadows Music And Arts Festival"

 このフェスティバルを主催しているのは、ニューヨークを代表する春の音楽フェスティバル"Governors Ball"と同じ団体。今年のGovernors BallにはThe StrokesやThe Killers、Beckなどが出演していました。

 そんな"Governors Ball"の秋版ともいえる、"The Meadows~"のラインナップはこのようになっております。

 なんという豪華さ。特に2日目のラインナップはあまりにも壮絶。僕は速攻で一日券(115ドル。サマソニより安い!!)を購入しました。そして、その一方で、「このフェスティバルは日本では無理だろうな...」と考えこんでしまったのです。

 僕が「すげぇ!」と思った理由は、シンプルにKanye WestとChance the Rapperという、2016年の音楽シーンにおける超重要人物が揃ってしまっている事に尽きるのですが、更にKygoやThe 1975にMac MillerにPusha TにTwin Shadow等も登場してしまうのです。超お買い得です。初日に関しても、脂が乗りすぎてPitchforkが無視し始めたThe Weekndを筆頭にGrimesやSavagesやKamasi Washingtonなど是非見ておきたいアクトの連打です。でもお金は有限ではありませんでした。2日目を優先致しました。来年からは社会人なので頑張ります。

 というか、Kanye WestとChance the Rapperの二組が見れるだけで、115ドルは余裕で元が取れます。何せ、2016年屈指の傑作である"The Life of Pablo"と"Coloring Book"のツアーが一度に見れてしまうのです。これはとんでもないことですよ。何ならお互い客演しているので、コラボレーションなんかも期待したりなんかして、それは歴史的瞬間ですよ。

 そして、先ほど「日本では無理だろう」と書いた理由もここにあります。つまり、ここまで書いた内容の意味が、現在の日本ではほとんど伝わっていないからです。

 確かに日本でも、この2組のライブを見たいと切望する人が多いのは事実だと思います。ただ、それは決して数万人規模の会場をソールドアウトさせるだけの人数ではない。つまり、単独公演はおろか、フェスティバルのヘッドライナーも難しい。何故なら、現在日本の音楽ファンの多くは彼らに大きな関心を抱いていないから。

 理由としてはいくらでもあるとは思うけれど、そもそも「洋楽ヒップホップ」が海外と同じような温度で日本で流行した事があっただろうか?という話から始めないといけないのではないでしょうか。確かに、僕の記憶が正しければEminemは日本でも大ヒットしました。あのお笑い怪獣、明石家さんまも彼の音楽にハマっていたくらいです。ただ、そもそもEminemが社会現象化した要因の一つに、当時、彼の存在自体がとてもセンセーショナルなもの(白人ヒップホップアーティストとしての前代未聞のセールス、攻撃性の高いリリック、闇を抱えたパーソナリティなど)で、「Eminemを聴いている事がカッコ良い」時期であった事は否めません。そのパワーは絶大です。

 以降、その衝撃は薄くなり、"Springroove"などに代表されるように、洋楽ヒップホップは所謂パーティ・ミュージックの一つとして、EDMが登場する以前まで「DQNが聴く音楽」といったレッテルを貼られ続けていました。確かに、主にゼロ年代半ば辺りは、ヒップホップがすっかり形骸化してパーティミュージック化したので、その影響は否めません。ただ、真面目な日本語ラップに対しては、「ガラパゴスで、単なる黒人の真似事」とか言うんだからそれは訳分かんねぇよな(「ガストロンジャー」的に)!それはともかく、それから徐々にヒップホップの地位が上がっていった時にも、そのような状況はそれほど変わらなかったように思います。

 結局のところ、「言葉の壁」と「メロディの壁」を超えられないんだと思います。言葉に関しては言わずもがなで、英語を、それもラッパーが使うスラングや凝った言い回しに満ちたフレーズの数々をダイレクトに理解出来る日本人はそれほど多いとは思えない。更に押韻や言葉の選び方、楽曲背景によって伝わるニュアンスも重要なので、単に日本語訳を読むだけでは楽曲を完全に理解することは出来ない。散々noteを書いておきながら、僕自身も100%理解しているとはとても思えないのです。メロディに関しては、ヒップホップは、勿論楽曲全体を楽しむものである前提を踏まえた上で、「ラップ」や「グルーヴ」、あるいは「サンプリング」を楽しむもので、「メロディ」のみを楽しむ音楽ではありません。だからこそ、「歌メロ」を最大限にドラマティックに引き立てるためのアレンジが多い日本の音楽シーンで育った我々からすると、どうやって聴けば良いのかが分からない。だからこそ、世界中でKendrick LamarやKanye WestやChance the RapperやDrakeが絶賛されていても、今ひとつピンとこない。

 よく、「聴いて良さが分からなくても、聴き手に罪はない」という話を聴きますが、それはあくまで「聴き手がその音楽の良さを理解しようとしている場合」の話です。個人の好みというのは確かに存在するし、非常に重要。そして、他の人が「素晴らしい!」と絶賛しているものを、「ならば、きっと良さがあるのだろう」と思って聴く場合と、そうでない場合は、明らかに反応が変わってしまう。

 はっきり言ってしまえば、音楽が、聴き手がそれまで築いてきた文脈を超えてきた時には、よほどとんでもない音楽でない限りは、「分かろうとする努力」が必要になってくる。それは、言い換えれば「好奇心を原動力とした探検」でもある。

 よくある「一発で分かるキャッチーな曲」というのは、概ね、聴き手の持っている既存の文脈に沿った流れから出てくるものです。僕からすると、KANA-BOONの「シルエット」はそんな曲の一つで、僕自身一発で気に入ってカラオケでよく歌います。ただ、例えば海外の人からすると「早すぎるし、メロディの展開が多すぎて良く分からない」という反応を得る事もある。逆に、Drakeの「Hotline Bling」は、アメリカの知人にとっては滅茶苦茶キャッチーなのだけど、僕が最初に聴いた時は「なんか遅いし、ノリ方が分からない」と思ったりするわけです。

 それでも、恐らく今までは「洋楽を聞いている行為自体のカッコ良さ」によって、ある程度は「分かろうとする努力」が自然発生してきたのです。ただ、恐らく今はそうではない。だからこそ、もし本気でKanye WestやChance the Rapperのライブを見たいと願うのであれば、海外に足を運ぶか、もしくは自ら宣伝して人をその気にさせるしかない。

 無関心な人は沢山いて当たり前。だからこそファンは、"自分たちのために"動かなければいけない。

 「それはレコード会社の仕事では?」彼らの場合、もはやレコード会社の宣伝は頼りにならないかもしれない。何故なら、今の彼らは「ストリーミング配信」というプラットフォーム上で、クラウドを通して実質無料で世界中に音楽を送り込む。その世界では"日本盤"という概念は存在しない。つまり、レコード会社はそれらを売ることができず、宣伝することも出来ないのだ。そして、日本の市場が無くても、彼らは十分生計を立てていけるのだ。

 他人事のように感じるかもしれないけれど、同じような事があなたの好きな音楽にも降りかかる日が来るかもしれない。

Wolves / Kanye West

No Problem ft. 2 Chainz & Lil Wayne / Chance the Rapper

 なんか、後半脅しみたいになってしまって申し訳ないです...。単に「Kanye WestとChance the Rapper見れるんだぜ?日本じゃ無理だろ~、羨ましいだろ~」みたいな記事を書こうとしたはずなんですけどね...。とりあえず今は彼らのライブを見るのが死ぬほど楽しみっす!!やっと見れるぞー!!!

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ノイ村

音楽の話をしよう。軽めに。

最近では1分で読めなくなってきている音楽コラム。
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