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小ホラ 第34話

廃トンネルの夏


「――はいっ、「夏が来たっ」ということで、夏と言えば心霊スポット巡り。
 と言いつつ、我が心霊研究会は万年心霊スポット巡りをやっておりますが。
 さて梅雨も明け、本格的な夏がやってきたので、心霊研究会も気持ちを新たに最恐と言われる心霊トンネルの探検に行きたいと思います。
 今回はW町とI町の境、Q峠にある廃トンネル『Q隧道』――通称キュウトン。
 さてメンバーの皆さん、懐中電灯持ちましたか? 
 では! これから入りまーす!」
 茶髪で人好きのする顔の男がリーダーなのか、口上を述べると自撮りの画面がターンし、四人のメンバーが「イェーイ」と両手を上げたり、ピースサインを出したりして大笑いするのが映った。

「――で、このキュウトン、歩いて荷物を運んでいた時代のもので、今、木々をかき分け歩いて来た狭い旧道とともにもうずいぶん昔に使用されなくなりました。
 整備されてない上に狭いので怪我のないよう注意してください。
 聞いてますか? 自己責任ですよ。
 ――では、行きます」
 画面が進み始める。じゃりじゃりと地道を踏む音が流れ、真っ黒なトンネルの入り口がだんだんと近づいてきた。
 談笑するメンバーの顔を映しながら、カメラがトンネルの前に来る。あちこち飛び回っていた懐中電灯の光の筋が苔むした古いレンガ造りに寄り集まった。
 もちろんトンネル内に照明はない。口を開けた闇が光を全部吸収していく。
「――では入ります」
 いったん止まっていた小石を踏む足音が再開した。
 トンネルに入ると各々の光の輪の中に手掘りの岩肌が照らし出された。
「うわっ、掘りっぱなしの壁かよ?」
「怖ェーっ崩れてこないか?」
 口々に話し出すメンバーの声だけで、画面は狭いトンネル内を映している。空き缶やペットボトル、菓子の袋などゴミが散乱し、でこぼこした壁のいたるところに〇〇参上などスプレー塗料の落書きがあった。
「それにしても暑いな」
「夏だからねー」
「ま、そうっちゃそうだけど、普通トンネルの中って外よりも涼しいだろ」
「ホントだっ、この中外よりも暑い気がする。こ、これが心霊現象か?」
「気のせいだよ。コジマ、マジでビビってる?」
「ビビッてねーよ」
「確かに暑いですね。でも思ったより距離があるのが気になります。ネットの情報だと短いトンネルだと書いていたんですが」
「暗闇だからそんなに感じるんじゃないっすか。リーダー」
 面長の男が映り込む。

「うーん。タカハシくんの言う通りかもしれませんが――」
 そう言っている間に出口が見えてきた。外で生い茂る木々の葉がライトの光を反射して揺れている。
「おっ、出口っすよ」
 トンネルに出る一歩手前でリーダーの自撮りが始まった。
「――はい。出口に到着です。外よりも暑いということ、思ったより距離を長く感じたこと以外何も起こりませんでした。それが怪奇現象の一部なのかどうかはわかりません。それではトンネルを出ます」
 鬱蒼とした森の中に出ると画面はぐるりと暗い風景を一周した。
「うわっ、怖ぇー」
 コジマの声が震えている。
「木以外なんもないね」
「いや道あるぞ。そこ」
 きつい目をした男の指さす先をたどると下草の踏みしめられた細い道が見えた。
「幽霊出なかったっすね」
 カメラ目線のタカハシが映る。
「残念ですがそんなもんでしょう」
「ところで、ここ何が出るって言ってた?」
 きつい目の男もカメラ目線で問う。
「ヨシダさん興味津々ですね」
 と笑うリーダーの声に、
「ったりまえだろ。だからお前らについて来てんだ」
「ふふ、そうでした。
 ――えー。このトンネルは廃止されてから誰も来ない場所ということで地元不良たちのリンチの場所に使われていました。もちろん昔の話ですが――」再びリーダーのリポートが始まる。「――それが焼殺人事件に発展し、被害者の霊が出るという噂が出ました。しかも最恐と言われています」
「事件の後、両町の職員が交代で見回りに来るらしいっすね」
「そうです。なのでもう不良は来ませんが、代わりに僕たちのような者が来るというわけで――」
「その職員らは視ねえのか?」
「さあどうでしょう。見回りに来ることで最恐という噂の信憑性が薄くなる気もするんですが、職員たちが視たという可能性もありますし」
「ああいう奴らはあんまり言い触らさねえけどな」
 突然小柄な男子が画面に乱入し、
「――リンチの末に焼き殺された人の霊っ! 
 だからトンネル内はこんなに熱いんじゃないでしょうか?」
 と、カメラに向かってリポート口調になり「夏の『暑い』じゃなくて、火の『熱い』ね」とコジマに向かってにやりとした。
「ナカノ、てめえ、怖ェこと言うなっ」
 神経質そうな細い指をした手がナカノと呼ばれた男子を突き飛ばし画面から弾き出す。
「もう、やめてよ。痛いなぁ」
「コジマ君もナカノ君も危険行為は禁止ですよ」
 二人の顔にリーダーの厳しい声が重なった。
「はあい、すみません。
 っほらぁ、コジマのせいだよ」
 こそこそいつまでも小競り合いの声がする中、画面はトンネルと森を交互に映し、二人の頭をはたいているヨシダに向いた。
「もう戻りますか?」
「んー、リーダーが決めてくれていいよ。でも、ここまで来て戻るってーのもちょっと物足りないねーけどな」
 隣でコジマがあからさまに眉をしかめた。
「もっと先に行こうよ、リーダー」
 ナカノがコジマの怖がる表情を楽しみつつカメラに視線を送る。
「わかりました。じゃ進みましょう。でもこの先の情報はありませんから、各自、十分注意してくださいね。
 ――ではこのまま進むことにします」
 邪魔な枝を両腕でかき分けて進む四人の後姿が映る。
「しかし、木ばっかだな。当たり前だけどよ」
「しかも暑いっす」
「あー暑い。風もねぇし、どういうことだこれ?」
「だからぼく言ったよね。夏の『暑い』じゃなくて火の『熱い』だって――」
「あ~うるさい。ナカノ、マジうるさい」
「お前らやめろっつってんだろ。いらいらするだろうがっ」
「あのー、さっきから思ってたんすけど、虫一匹鳴いてないの変だと思わないっすか?」
 タカハシの言葉でみんな立ち止まった。カメラがタカハシの顔をアップにする。
「僕もそう思ってました。それに鼻の穴にまで感じる熱さ、あながちナカノ君の言ってること間違ってないのかもしれません」
「やめてよぉリーダーまでぇ」
 べそをかくコジマの声が割り込む。
「お前さ、そんな怖がりで、なんでこのチームに入ったんだ?」
 画面がヨシダの呆れ顔から涙を浮かべたコジマに映る。
「ヨシダさんについて来たに決まってんでしょー」
 ぷっと吹き出すリーダーの声が入り「わかりました。もう戻りましょう」と全員の顔を順番に映した後、「――それではここで戻ることにします」と自撮りする。
 再びみなの顔を順に撮影し、コジマの安心した表情を映した後、くるっと来た方向へカメラがターンした。
「あれ?」
「どうしたリーダー?」
「道がありません」
 ライトに浮かんでいるのは地面を覆う丈高い雑草の壁だった。光を移動させ慎重に探しても今歩いて来た道が見つからない。
「さっきは確かにあったよな」
 ヨシダが唾を飲み込んだ。
「顔に掛かる枝ばっか気にしてたから、途中道がなくなったの気付かんかったんすかね」
 まだ楽観的なタカハシに反してコジマはがたがた震えている。
 ナカノは道を探し出そうと雑草をかき分け始め、タカハシも同じように動き出した。
「みんな、ばらばらにならないでっ」
 リーダーが強く注意したが、二人の姿は雑草に飲み込まれるように隠れてしまった。
「ナカノぉ」
 コジマの哀れな声が聞こえる。
「おいっ、タカハシ、ナカノ、いるのかっ」
 ヨシダが呼びかけると離れた雑草の陰から二人の返事が聞こえた。だが直後に「ぎゃあっ熱いっ」と悲鳴が上がり、割れた草むらから赤剥けに爛れた顔のタカハシが飛び出してきた。ゾンビのように前に手を伸ばし近づいてくる。
「うわっ」
 コジマが飛び退った。
「熱い――助け――て――」
 そう言った後、タカハシは倒れ込んだ。
 ヨシダが駆け寄ろうとした時、同じように火傷を負ったナカノも雑草の間から出て来て倒れ込み、パニックになったコジマは悲鳴を上げながら雑草の中に逃げ込んだ。
 呆然と突っ立ったままのヨシダが突然「熱いっ」と叫び、のたうち始めた。見る見る皮膚が粟立ち、水ぶくれになって破裂していく。
 カメラは上下左右にゆっくり動きながら、一部始終を映していた。
「これはすごいもの撮れましたよ。
 ――ご覧いただけたでしょうか。これはCGやトリックではありません。本物の怪奇現象です」
 画面が急に走り出した。木の枝が弾かれ草むらが左右に割れぐんぐん進んでいく。
「――僕は今逃げています。逃げ切ってこの動画を投稿したい。
 コジマ君はどうなったかわかりませんが、みんなやられました。もう一度言います。これは本物の怪異です――」
 枝や雑草がかき分けられ流れていくシーンに、トンネルを必死で探しているのであろうリーダーの荒い息が重なる。
 木々の間からレンガ造りの一部が見えた。
「あっ、トンネルが見つかりまし――うそだろ――」
 出入り口へ近付く画面には大型のブロックで塞がれたトンネルが映っていた。
「ここさっき来たトンネル? 違うよね――」
 苔むして緑色に変色したコンクリートブロックに近寄る。人力だけでは到底動かすことのできないブロックがアーチのてっぺんまで積まれていた。乱雑に置かれているため隙間はあるが、人が通れるほどには開いていない。そこに光を入れて中を確認する。見覚えのある落書きが見えた。
「やっぱりここだ――」というリーダーの呟きが、突然「熱いっ」という悲鳴に変わる。
 画面が大きくぶれ、カメラが地面に落ちる音がした後、下草のアップが映った。
 映像はそこで終わった。
 

「なんだこれ」
 作業着を着た初老の男はトンネル内に落ちていたビデオカメラに残された映像を一通り見てから、一緒に画面を覗いていた若い男の顔を見た。
 二人は心霊スポットと噂されるQトンネルの見回りに来たW町の職員だった。ここで事件があった当初は隣町と交代で見回りが強化されていたが、年々緩和され、今では一年に一度、周囲が雪で閉ざされる前に清掃を兼ねて来ることになっていた。
 今年もたくさんのゴミが散乱していた。仕分けしながらゴミを袋に詰めて奥に進み、ブロックの積まれた出口付近でこのカメラを見つけた。いつ落としたものかわからないがまだ電源がつく。落とし主が判明するかと映像を確認していたというわけだ。
「自主映画? ですかね――ほら、何とか方式ってP、P――POV? あんな感じで撮ってんじゃないですか? 心霊スポット探検の態で――でも上手く作ってますね」
「オレにはよくわからんが、今の若者は何でもできるんでうらやましいよ。でも映ってるトンネルってここだよな。どうやったらこんなことできるんだ?
 ほら、ここ」
 男はREWボタンを押し、探検隊がトンネルの出口から森に出るシーンを再生した。
「この向こうに出るまで映ってんのは確かにこのトンネルだろ? 森に出てからも映ってるのはこのトンネル。どうやったらこんなことできんだろうな?」
 男が画面から顔を上げ、封鎖された出口を見上げる。隙間から見える外はブロックのぎりぎりまで密集した木々で昼でも暗く、風に揺れる葉擦れの音が激しく聞こえる。
 若い男はふっと笑って、
「今の技術ならどうとでもできますよ。どこかの森で撮影して、いかにもこのトンネルから出たみたいに合成してるんでしょ。火傷のメイクや演技もすごいですね。プロの人たちなのかな――
 でも、せっかくこれだけのもの作ってるのに、なんでこんなとこに落としていったんでしょ。もったいない」
「ほんとだな。
 ま、保管してればいずれ問い合わせに来るだろうよ。
 それにしてもこの中は寒いなあ、凍えちまうよ。もう、行くか」
 二人はゴミ袋を持ち、陽光の差す入口のほうへと戻り始めた。
「た、す、け、て――」

 ブロックの隙間から焼け縮れた茶髪と煮えて白くなった眼が覗いていた。
 だが二人の背中は遠く離れ、光の中に溶け込んで消えていく。
「た、す、け、てええええええ――」 
 叫んでも暗いトンネルの中には葉擦れの音だけが響いているだけだった。

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