中州の庭にて #涼しいひととき #シーズン文芸

 

 note文芸部がお送りする #シーズン文芸 創作企画。

 7・8月のテーマは「涼しいひととき」。

 本日はこの方、織人文さんです(*'ω'*)


 読み進めるうちに不思議な世界へ・・・

 この季節にぴったりの作品を、どうぞご堪能ください!





中州の庭にて


 遠くくどこかで、ひぐらしの鳴く声が響いていた。
 広々とした庭は背の高い垣根に囲まれていて、茜色に染まった空が遠く臨まれる。
 庭に面した縁側には、小さな陶器の豚の入れ物が置かれ、そこからは蚊を追うための煙がゆったりと立ち昇っていた。
 その縁側に、少女が一人、座している。
 年のころは、十七、八。紺に蛍が乱れ飛ぶ柄の入った浴衣をまとい、黄色い帯を締めている。
 長い髪はポニーテールにして、帯と同じ色のリボンを飾っていた。
「こんばんわ~」
 そこに、軽い靴音と共に、女が一人、顔を出した。
 二十代前半と見える、ショートカットの彼女は袖のないブラウスとタイトスカートという格好だ。
「あれ? もしかして、私が一番乗り?」
 女はあたりを見回し、そこに少女以外誰もいないことに気づいて尋ねる。
「はい。……ようこそ」
 うなずいて、少女は笑った。
「待っていればきっと、他の人たちも来ると思いますよ」
「そうね」
 言って、女は縁側の方に歩み寄ると、少女の隣に座す。
 庭の向こうに広がる空をつと見上げた。
「きれいな空ね。……あの向こうにも、世界は広がってる……のよね?」
「はい、もちろんです」
 わずかに揺れる女の問いに、少女ははっきりとうなずいた。
 そうやって二人が話していると、やがて次々と庭に人がやって来る。
 古びてはいるが清潔なシャツと作業ズボンに身を包み、麦わら帽子をかぶった老人や、きっちりと髪を結い上げ上品な着物を着た老婦人。半ズボンとTシャツの男の子に、オーダーメイドのスーツを粋に着こなしている壮年の紳士。そして、ぽっちゃりした体に幾分地味なワンピースをまとった中年の女性。
「こんばんわ」
「やあ。夕涼みにはよさげな庭だね」
「このブタちゃん、なつかしいわ」
 それぞれに挨拶を交わし、庭を見回し、会話を交わす。
「これでスイカとかソーダ水とかあれば、最高なんだけど」
 中年の女性が軽く首をかしげて言った。
「ぼく、スイカ食べたい!」
 男の子が叫んで、「スイカ、スイカ!」と連呼しながら一人ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ごめんなさい。そういうものは、用意してないの」
 少女が苦笑しながら言うと、「な~んだ」と男の子がさほどがっかりしたふうもなく、飛び跳ねるのをやめた。
「すまながることはないわ。ここは、そういう場所ですものね」
 老婦人が言って、穏やかに微笑む。
「そうそう。それに、実は私、スイカってあんまり好きじゃないのよね」
 相槌を打って言ったのは、一番乗りの女だった。
「種を避けながら食べないといけないじゃない? 手も汁でベトベトになるし」
「なるほどなあ。なら、トマトはどうじゃ? わしの作るトマトは甘くてうまいぞ」
 麦わら帽子の老人の言葉に、女は目を輝かせる。
「トマトなら、大好きよ。……子供のころ、おやつによく食べたわ」
「ああ、そういえばうちの子もトマトが好きだったわね。でも、おやつに出したことはないわ。おやつは、いつもホットケーキを焼いていたの」
 女の言葉に、中年の女性が思い出したように言った。
「ホットケーキ! ぼく、ホットケーキも大好き!」
 男の子が声を上げ、またもや「ホットケーキ、ホットケーキ」と連呼しながら飛び跳ね始める。
 それを見て、他の者たちは笑い出した。

 そうこうするうちに、茜色だった空は暗くなり、いつしかひぐらしの声も止んだ。
 代わりのように、ドーン、パーンという音と共に、空に鮮やかな花が咲き始める。
「わー、花火だ!」
 男の子が叫んで、まるで空中に描かれた花を捕えようとするかのように、空へと手を伸ばした。
「たまやー、かぎやー」
 壮年の紳士が空に向かって呼ばわり、他の者たちをふり返ってにっこり笑う。
「実は私、一度、この掛け声をやってみたくてねぇ」
「あら」
 老婦人がそれへ小さく目を見張った。
「もしかして、お行儀が悪いと叱られたとか?」
「そうそう。子供の時分はそう言われ、大人になったらなったで庶民のようなマネはよせと言われてねぇ」
 うなずく紳士に、老婦人は笑う。
「わたくしも、似たようなことを言われましたよ。……では、二人でやりましょうか」
「おお、いいですな」
 紳士と老婦人はうなずき合うと、声をそろえて「たまやー、かぎやー」と空に向かって呼ばわった。
「たまや、かぎやって何?」
 男の子が、首をかしげて周りの大人たちを見やる。
「あー、なんか昔から花火にはそう呼びかけるみたいよね」
 女が困ったように言って、助けを求めるように老人に視線を向けた。
「そうさの。江戸時代だかの、花火師の屋号じゃなかったかの」
「運動会の時の、『フレーフレー赤組』とか『がんばれ、がんばれ白組』とかみたいなものよ」
 老人の言葉に、少女が付け加える。
「ふうん、そうなんだ」
 男の子は納得したようにうなずくと、自分も「たまやー、かぎやー」と空に向かって叫び始めた。
 それにつられたように、他の者たちも空に向かって「たまやー、かぎやー」と声を上げる。
 まるでそれに応えるかのように、空にはいっせいに色とりどりの光の花が開き始めた。
 赤や緑、黄色に白、青や紫と、さまざまな色の光がはじけ、花となり、やがては散って消えて行く。
 庭に立って空を見上げる面々は、その光景にしばし見惚れた。

 やがて花火は、これまでよりも大きく七色の花びらを持つものが空にはじけ散ると、終わりとなった。
 終了を告げるかのように、最後にかなり遅れて大きな「ドン!」という音が地鳴りを伴ってあたりに響く。
 そのあとも、しばらく彼らは名残を惜しむかのように空を見上げていた。
 けれども。
「あ~あ、終わっちゃったわね」
 女が言って、空から視線をはずすと、庭にいる者たちを見回した。
「終わりましたね」
 紳士がうなずき、続ける。
「花火は美しいが、案外儚い」
「そこがいいんじゃありませんか」
 老婦人が小さく微笑して返すと、さて、と身をひるがえした。
「お嬢さん、いいものを見せてくれて、ありがとう。わたくしは、そろそろ参りますね」
「はい。寄って下さって、ありがとうございました」
 声をかけられた少女がうなずき、一礼する。
「わしもそろそろ行くかの」
 それを見て言ったのは、麦わら帽子の老人だった。
「ぼくも行くー!」
 男の子が元気よく叫んで、老人の隣に並んだ。
「なら、いっしょに行くかね?」
 老人は笑って男の子の手を取った。
「それじゃ、私もそろそろ……」
「私も行くわ」
「私も」
 紳士と女、中年の女性もそれぞれ言って、踵を返す。
「寄って下さって、ありがとうございました。良い旅を」
 それを見送り、少女は言って頭を下げた。

 最後の一人である中年の女性の後ろ姿が見えなくなると、少女は顔を上げた。
 と――。
 あたりに夕暮れのほの明るさが戻り、どこからかひぐらしの鳴く声が響き始める。
「今回は、ちょうどいい人数だったわね……」
 呟いて少女は、つと縁側へと歩み寄った。
 陶器の入れ物の中でくゆり続けている蚊取り線香の火を消して、空へと目をやる。
「次が来るまで、少し休めるかな……」
 呟いて、少女は自分がずいぶんとこの仕事に慣れて来たなと考える。
 『仕事』というと、少し変かもしれないが。
 この世とあの世の間には、そのどちらでもない場所がある。
 国や地域によって呼ばれ方はさまざまで、たとえば日本では『三途の川』などと呼ばれていた。
 ここはいわば、その三途の川の中州のような場所だ。
 現世から来て、あの世へ行く人々が一旦足を止めて心の準備をするための場所。
 とはいえ、ここに来るのは先程の人々のようにある程度覚悟ができていて、騒いだり暴れたり嘆き続けたりしない比較的穏やかな者たちばかりではあったけれど。
 ちなみに、こういう場所は他にもあって、現世に未練たらたらだったりする者たちばかりを受け入れているところもあるとは聞く。
 ただ、少女はまだ新米なので、そういう難しい者の来る場所には配属されなかったわけだ。
 ともあれ。
 次の者たちを受け入れるまで少し時間がある。
 少女は休息を取ろうと、縁側から建物の中へと姿を消した。
 あたりにはただ、ひぐらしの鳴き声だけが響いていた――。





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