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今の自分に何がある?

自分にとって胸を張れるものがあった。それはちっぽけだけれども自分にとって大切なもので、きっと他人の役にも立っていたと思う。それを突き詰めていけば良かったのかも知れないけれど、それにしがみつくことが停滞に通じると思った僕は、手放してしまった。

気が付くと、この手には胸を張れるだけの物は残っていない。誰かの役に立っていると言う実感もない。トレイニーだから仕方ないんだろうけど、自尊心は少しずつ傷を負っていき、何よりも役に立ちたい人の役に立てなくなった事実が耐え難い苦痛だと言うことに気が付いた。

ーーーバカだなぁ、そんなの最初からわかっていたことじゃないか。

それが分からなかったから今がある。

ーーーそれなら、また戻ればいい。無かったことにして、何食わぬ顔で。

そんなみっともないことはできない。

ーーー結局、前に進むのも後ろに戻るのも、自分が綺麗でいたいだけだろ?

そう、僕は自分が望む形で居たいんだ。

両手が穿たれて何も掬えなくなっても、水一滴も口にできなくても、正しい姿がこれだと信じれば、このまま駆け抜けてしまうのだ。それなのに弱音を吐いたりもする。これは本当に醜悪だ。わかっていて止められないのだから、なおのことタチが悪い。みっともないにもほどがある。

こうして思考は袋小路。情動に論理で立ち向かって、アウトカムを伴う訳がないと気が付くまでに、あとどれくらいかかるんだろう。

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