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奴隷道徳

「その目はなんだ?」

僕の心の中にいる、もう一人の自分が言った。こいつはほんとに優秀な奴でいつも僕の心を見抜いてくる。
僕はそいつに言った。
「もうやめたんだ。抵抗するのは。立ち向かったところで、僕は規則に邪魔をされる。「僕らしさ」をここでは出すことができない。出そうとすればまた邪魔される。」

僕は続けた。
「認めるよ。僕は奴隷だ。もう諦めた。一々抗うのにはもう疲れた。奴隷として生きる。うん。そうして生きることにしたんだ」
「正当化か?自己防衛か?」
「なんとでもいえ。そうでもしないと……もう頭がおかしくなるんだよ……!」

そいつは言った。
「じゃあなぜお前はいつも自分に言い聞かせる?『戦え、戦え』と。毎日毎日熱心な坊さんがお経を読むみたいによ。死んだ目で自分に言い聞かせてるじゃねえか」

「それは未来に託すためだ。今ここで死んでしまえば奴隷のまま終わることになる」
「ハッ!希望は不確定な未来にお預けか。いつまでお前が生きられるかもわからないってのに。
教えてやろうか?お前のしている戦いは消極的な戦いだ。お前のしたい戦いじゃない。お前はどうしたいんだよ――」
「だから!うるさいんだよお前!もう黙ってくれよ!お願いだから!どうにもできないんだよ……他人が悪いんじゃない……その背後に敵はいる……そいつは俺を縛ってくる。俺はそいつに攻撃できない。そいつは他人を介して攻撃してくる。いつもそうだ……卑怯な奴なんだ……

俺は……生きてるうちに何度もこう思ったよ……
『気づかなきゃよかった……』って。
背後にある怪物に気付かなきゃ……俺はみんなと同じように笑って過ごしていけた……はずだったのに、気づいちまった……気づいちまったらもう終わりだ。そこから絶望が始まる。なにもできない無力感に心を支配される。だから何度も何度も何度も何度も何度も言わなきゃいけない。『大丈夫』とか『戦え』とか……もうずっと光が見えないんだよ」
そいつが言った。
「いつかいつか。それももう俺は聞き飽きたぞ。
今のお前はほんとにつまらん。
――だが。
もしお前がここを凌いで生き延びることができたのなら、その時は今と真逆のお前を見られることを願うよ。分からないか?お前が乗っ取ればいい。その背後にいる怪物を。そしたらみんな救えるだろ」

気付けばそいつの声はもう聞こえなかった。
僕の目にわずかな光が灯った。




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