#11 希望に向かえない病気
「ここを出ていくよ」
「そうか」
新しい依存先が見つかった僕の行動は早かった。
彼は至極アッサリしていた。
きっと、もう僕のような壊れた〈おもちゃ〉は必要なくなったのだろう。
ミカさんから請け負った仕事をこなしながら、新居を探し、家を片付ける。
調べることが多すぎて、毎日ほとんど眠れていなかった。
その上、彼からは「話し合い」という名目で何だかんだ時間を使わねばならなかった。
急ぎの仕事が入っても、そちらを優先させなければ「どうでもいいんだろ」と良心を攻撃される。
徐々に、ミカさんからの仕事に遅れが出始めた。
そもそも個人で回しているミカさんの仕事は、作業能率を上げなければプラスになることはなく、能力の低い僕は、その納期に全然付いていけてなかった。
ミカさんから、怒りのメールが届くようになった。
僕のフォローアップに回って大変だと。
いかに大変かを説かれた、僕を加害者にする内容だった。
ああ、やっぱり、僕は誰にでも迷惑をかけるダメ人間なんだ。
色んな感情が交錯しながら、僕は生きている罪悪感から、また起き上がれなくなっていた。
その頃はもう、人間らしい感覚はなくなっていて、目もほとんど見えないし、耳も聞こえなくなっていた。
一日中横たわって、食べることもできず、眠ることもできず、三日が過ぎた。
その間彼は、普通に仕事に行って、普通に帰ってきていたが、彼が家の中に入ると、巨大な蟲か何かが蠢き入ってきたように感じられて、嫌悪感でいてもたってもいられなかった。
このまま死んでしまいたい。
何度もそう思ったけど、餓死するには時間がかかりすぎる。
だけど起き上がって自殺する気力さえ、もう残されてはいなかった。
最後の最後に僕を引き止めたのは、精神病院で書かされた署名だった。
「自殺しません」
こんなになっても、社会と交した〈約束〉を優先させようとするのがおかしかった。
きっとそういう性質だから、死ぬまで自分を追い込んでしまうんだろう。
その性質を分かって、病院も署名させるんだろう。
僕は最後の力を振り絞って、病院に電話をかけた。
すぐに来院するように言われ、その場で緊急入院となった。
「迷惑かけてしまい、すみません。重度の自律神経失調症で入院することになりました」
ミカさんに仕事の断りメールを送った。
うつ病とは言えなかった。
もしミカさんにまで、「甘え」だとか言われたら、立ち直れなかったから。
「私のせいだ。ごめん」
短いメールが返ってきて、以降僕達が連絡を取り合うことは、二度となかった。
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