#8 暴力の連鎖
アルコール依存症であることを認めた彼は、大人しくカウンセリングを受けた。
勝手に飛び出した僕に怒り狂って、暴れ出すんじゃないかと予想していただけに、意外でしょうがなかった。
「父は……長距離トラックの運転手をしていました」
ポツリ、ポツリと、彼が父親との思い出をこぼす。
バブル期は羽振りが良かったこと。
長距離から帰ってきては酒浸りになっていたこと。
景気が悪くなってから、暴れることが増えたこと。
テーブルの下で母親とうずくまり、「大丈夫」と抱きしめられていたこと。
その頭上を、灰皿がかすめ飛んで行くのが日常茶飯事だったこと……。
彼はきっと、あの大嫌いで仕方なかった父親と同じ姿に、自分がなってしまっていたことに気が付いたのかもしれない。
「ごめん」
会計を済ませて外に出ると、夕日を背負いながら、彼がポツリと言った。
「俺、ちゃんと勉強するから……」
その顔に、嘘偽りは感じなかった。
「うん、僕も……ゴメン」
僕にもっと知識があれば
僕がもっとちゃんと稼げていれば
僕がもっと彼をわかってあげられていれば
きっとこんなことにはならなかったのに。
不甲斐なさが、悔しくて、悔しくて、涙が止まらなかった。
「ただいま」
「今日はどうだったんだ」
実家に帰るなり、居間で腕組みをしていた父が、尋問のように聞いてきた。
「いつまでこんなことをしているつもりだ?」
そんなことは、僕が聞きたかった。
いつまでこんなことをしていれば、僕はまた起き上がって普通に働くことができるのか、誰よりも苦しんでいるのは僕だった。
「このままでいられねぇだろ?」
彼はきっと、自分達の老後を心配しているのだ。
叔父の事業借金を肩代わりしていたこの人達に、このまま引きニートを養う余裕なんかないはずだった。
どうせうつ病のことも、仮病みたいなものだと思っているのだろう。
だからこの人達は、「とっとと仮病をやめないと大変なことになるぞ」と脅しているのだ。
僕や妹に理解者のフリをして、自分たちが〈世間〉から悪く言われることだけを恐れているんだ。
昔からそうだ。
僕達自身のことを心配してくれたことなんか……一度だってなかった。
『ちゃんと勉強するから……』
しょぼくれた彼の顔が脳裏にちらついた。
「明日荷物をまとめて出ていきます」
体力的な不安もあったし、まだ彼の治療は何も進行していなかったけど、僕がこれ以上この家にいられない。
彼は約束してくれた。
きっと大丈夫。
『引き止めても、また暴力される家に戻っちゃうんですよねぇ……』
シェルターに入ることを勧めてくれた相談員さんの声が、遠くから聞こえたような気がした。
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