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成長ステージの銀行取引

シード/アーリーステージから成長が飛躍するとき、銀行取引はどう変わるか、変えていくべきなのか。”一人前の借り手”になるために必要なこととは?という視点でまとめてみました。

1.シード/アーリーにおける銀行取引

 起業時の調達については、数多い創業支援機関などにノウハウがあり、おおむね
「自己資金+日本政策金融公庫または自治体等の制度融資による創業融資+補助金をできるだけ組み合わせて頑張りましょう」
というお話が多いと思います。原則、担保・保証が不要とされているので、ここからのスタート一択といっても過言ではありません。
(日本政策金融公庫の創業関連融資)

 公庫の創業融資の限度額は3,000万円、組み合わせて利用出来る新規開業融資などの上限は7,200万円(うち運転資金4,800万円)などとなっており、形式的にはかなりの額を借りられるように見えます。ただ、実際にはこの額をいきなり枠一杯使えることはほぼ無いと考えたほうがいいです。事業計画の妥当性や自己資金等の審査で借入額の査定が行われるからです。では、実際には起業時の自己資金と借入資金はどの程度なのか?については以下のとおりです(「開業実態調査2022年度」日本政策公庫)。
・起業費用の平均値:1,077万円(中央値で550万円)
・資金調達
  自己資金の平均値:271万円
  金融機関借入の平均値:882万円
要するに、起業時に無理ない借入額は800万円程度だということです。他の創業支援サイトなどをみても、「1,000万円くらい」と書いてあるケースが多いですね。
(開業実態調査) 

この時期は、公庫以外の金融機関から借りることはほぼ不可能です。与信力(事業実績、返済実績、担保力)が無いからです。とにかく、事業を最速で立ち上げることが、次ステップの近道となります。

2.成長期の借入のカギは「返済キャッシュフロー」 

(1)借入の可否判断

 さて、製品・サービスの開発・ローンチが本格化し、人員増加やマーケティングにも注力するフェーズになると、シード時期より格段に資金が必要になります。日々の運転資金と開発・マーケティング戦略費などで数千万円以上ということも珍しくないでしょう。
 この場合、借入になるのかエクイティになるのかの分岐点は、
 「返済キャッシュフローがあるかどうか」
に尽きます。成長資金の返済期限は5~7年程度が目安かと思いますが、10年、15年かかっても返せない資金繰りでは、「返済キャッシュフローは無い/大幅に不足」となり、銀行借入で賄うことは実質不可能です。この場合は、エクイティで集めるしかありません。
 ※既存の収益事業があり、返済実績をある程度の期間(2~3年など)積み上げているような場合は、返済期限3~5年程度の借入もありうるでしょう。

(2)返済キャッシュフローの考え方

 返済キャッシュフローについては、運転資金と設備資金(開発資金)とで全く異なります。
 運転資金は、業績に関わらずかかってくる固定費的な資金です。人件費・家賃・水光熱費などの会社運営の固定的費用ですね。これらは、日々払い出されていくので、なるべく日銭収入からで賄うのが基本です(小口定型商品の販売、システムの受託業務やコンサル事業など)。一方、設備資金・開発資金はその設備やシステム・サービスのリリースによって上がってくる収支から回収していくのが基本的考え方です。もちろん、お金に色はついていないので、運転資金原資と設備資金原資となるキャッシュフローを厳密に分けられない場合もあります。その場合でも、共通費の配賦などを極力厳密に行い、部門管理して資金収支・返済力を把握しておくべきです。

3.”踊り場”スタートアップが気を付けること

(1)資金のボトルネック

 創業段階の融資(数百万円から1~2千万円まで)は、公的機関は比較的スピード感をもって対応してくれます。また、与信力のある(業歴、返済実績など)中小・中堅企業であれば、公庫の中小企業事業向けの融資(1億円弱~数億円)も、事業計画と返済履歴などから、きちんと交渉すれば融資可となること多いと思います。
 一方、3千万円~1億円までの”踊り場”ゾーンの借入を「成長角度は大きい(=必要資金は多い)が、事業が確立していない」スタートアップが借りることは非常に困難です。借入の空白地帯ともいえます。公庫レベルで与信上限に達してしまった場合、審査ハードルがより厳しい民間金融機関から借りることはさらに困難です(※もちろん、非常にエッジの効いた技術のスタートアップで、公庫の「資本性ローン」を調達できる場合などは別です。ただし、資本性ローンの審査は通常より厳しく、時間もかかります。資本性ローンについてはベンチャーデットの節でも触れます)。
(資本性ローン)

(2)「資金のボトルネック」に嵌らないためのポイント

 (1)で述べた”踊り場”で資金のボトルネックに嵌らないためには、以下①~⑤を、この順番で押さえることが大事です。
 ①とにかく、固定費を抑える
 ②日銭事業を疎かにしない
 ③初期商品・サービスのトラクション作りを急ぐ
 ④補助金・助成金をうまく組み合わせて開発資金を節約する
 ⑤②の説得力をもとに成長資金をエクイティで調達する

 ここで間違いやすいのが、固定費ではなく成長投資と思っていたものが、実際には固定費として増えてしまっていた、というケースです。よくあるのが、ITスタートアップにおける開発スタッフの増加とそれに合わせたオフィスの増床です。開発とは要するに「人員✖工数」です。目的としては戦略的ではあるのですが、支払実態は運転資金(人件費)なのです。したがって、創業者(やCTO、VPoE相当のキースタッフ)はともかく、開発スタッフはトラクションが見えてくるまで、可能ならできるだけ以下の工夫をします。
 ・極力、信用できる外注を使う
 ・契約は準委任(月払い)ではなく請負(中間または検収後払い)でお願いする
 ・企画段階、要件定義、設計、実装の各段階で契約や支払を分けて手戻りをできるだけ減らす
 ・オフィスはコワーキングスペースやシェアオフィスから始めて、できるだけ引っ張る・シェアオフィス内で移転する・アクセラレータ等に応募してタダ同然で借りる
 スタートアップの場合、なかなかこのような工夫も交渉余地が限られるのですが、上記のキャッシュフローのコントロールを日々励行していれば、何も考えずにやみくもに人を増やし「気分は成長企業だがカネの蒸発スピードがそれ以上に半端ない」会社との違いは大きいはずです。この点は、単に資金繰りの問題だけでなく、エクイティ調達する際に無理な株価をつけたり、無用な希薄化を避けるためにも重要なのです。

(3)”日銭事業”をどこまでやるべきか

 ここで、(2)②の”日銭事業”(定型商品の継続販売、システムの受託開発、コンサルティング等)をどこまでやるべきか、が問題となります。この点には賛否両論があります。日銭事業はまさに日々工数を取られるものなので、「コレで世界を変えてやるんだ!」というスタートアップの事業開発にとってはリソースを削られるものだからです。日銭事業に力を分散させるべきではない、集中一点突破であるべき、というキャピタリストや起業家も多いと思います。僕も、筋論としては異論ありません。
 一方で、「カネが無くなったら終わり」なのが現実です。私見ですが、創業チームがプロトタイプを自力・爆速で作り(=固定費が極小)、初期から大きくエクイティを調達できるタイプの会社は、日銭事業を最小に留めていいかもしれません。一方で、悲しいかな多くのスタートアップは事業構造が「省資金爆速成長型」ではありません。何度もピボットし、営業し、試行錯誤して初期仮説を固めていくのが通常でしょう。すなわち固定費がかかるのです。さらに、ここが経営者嗅覚が問われるのですが、「3年に1度くらいは予想もしない市場激変や不況・規制変更などで試練がくる」ことを常に頭に置いておくことです。その場合、「生き抜く」ことが大前提なので旧い商売だろうが工数取られようが日銭確保のビジネスラインを持っておく、保険をかけておくことが大事です(最低限家賃だけはカバーするとか、現場の人件費の何割かは日銭で充てるとか。少なくとも、シリーズAくらいまでは)。
 世の中の「起業家資金本」の多くは「銀行からの借り方」や「VCから調達できる資本政策とは」などのノウハウで溢れていますが、もっとも効果的で、すぐにできて、安上がりなのは、自社でキャッシュフローを生み出すこと(自己金融)です。そして、それが次節で説明するプロパー借入への近道なのです。

4.プロパー融資への道

 事業が順調に推移し、公庫融資の返済実績も積み上がってきたら、民間金融機関からの借入も検討しましょう。この場合、まずは保証協会付き融資⇒プロパー融資(保証協会なし)というのがセオリーとなります。
 ※最近は、上乗せ金利を負担すれば「経営者保証なし」で実行してくれるケースもありますが、金融機関の現場担当者の感覚では、まだまだ保証協会付き融資から勧められるのが実態です。その方が稟議が通しやすいからです。
 ※保証協会付きから、「マル経融資」を使ってみる、という選択肢もあります。これは地元の商工会議所等の経営改善指導と併用する融資制度です(限度額2,000万円)。
借入で注意すべき主な点は以下のとおりとなります。

(1)どこの金融機関に行くか?

 プロパー融資といっても、どこの金融機関に行くか?が問題です。これについては信金・信組⇒地元地銀⇒メガバンク、の順番が定番です。
 信金・信組は地域企業への貢献が第一目的なので、最寄支店を訪ねて相談するのが手っ取り早いです。ただ、融資の紹介実績のある認定支援機関や地元商工会議所・取引のある他企業からの紹介などの方が、話が通りやすいと思います。なお、信金・信組は協同組合金融機関なので、借入の前提として以下の制限があります。
 ①その信金・信組の営業地域に所在すること
 ②会員になること
 ③小規模企業であること(従業員300人以下、資本金9億円以下)
 会社が成長して、本社が営業地域外に移転したり、③を上回ったりした場合は「卒業生金融」と呼ばれる制限期間以内(5~7年以内)に地銀やメガに借り換える必要があります。地銀・メガバンクにはこれらの制限はありません。

(2)基本的心がけ

 創業融資の頃から一貫して同じですが、「丁寧な対応」「素早い対応」「資料がきちんとしている」は基本のキですね。これなくして借入交渉がスムーズに進むことはありません。ほとんど処世訓というか説教レベルで恐縮ですが、これが出来ない会社が本当に多いのです。

(3)対面重視

 いくらリモートが増えたとはいえ、ナマでの対面かつ頻度の多い対面ほど信用を得るのに近道はありません。支店の担当者(支店長代理)だけでなく、できるだけ融資課長や次長、支店長などの上席者にも会っていただけるようにしましょう。大きな支店だと支店長まで会えない場合もあるでしょうが、社長ができるだけ直接、営業店のキーマンとホットラインで話せることが大事です。経理担当⇔支店長代理の事務連絡に任せきり、といったことは避けましょう。

(4)税務申告書、決算書、試算表

 申告書・決算書は3期分(勘定科目明細も含む)、試算表は直近月分をリクエストされたらいつでも出せるようにしておきます。申告書は税理士任せとか、月次決算が数か月経っても締まらないなどは、よくある話ですが、今後の借入増額を目指すなら本来論外です。
 金融機関は、比較財務諸表で、各科目の前期比の大小や構成比の大小をみて勘定科目のその変動要因の説明などを求めてきます。特に以下が注目されます。
(BS)
・原価率や在庫等の変動がおかしい(粉飾では?)
・経過勘定(仮払・前渡金・未収金・未払金)が多い(経営規律が低い)
・短期貸付金が多い(資金が流用されるのではないか?)
・役員貸付/借入が多い(公私混同ではないか?)
(PL)
・役員報酬が高すぎないか
・3Kが多い(売上対比。事業構造に疑問)
・支払報酬が多い(支払先が怪しくないか?)

これらは本業を圧迫しがちな要因なので、決算前にできるだけ整理しておくましょう。申告書については、租税公課の滞納や更正処分が明らかになると印象が良くないと思います。注意しましょう。

(5)資金繰り表

 資金繰り表の提出もほぼマストですから、直近実績と見込みを用意します。借入の返済可能性は、直接的には資金繰り次第です。スタートアップで先行き資金繰りを正確に把握するのはなかなか大変ですが、「どんな項目がどのようなサイクルで発生し、毎月のグロスバーン(支出絶対額)とネットバーン(インフローを加味したネットの資金収支)がいくらあるか、を社長の頭の中に入っている、と示せることがポイントです。この辺の説明を全部経理担当者任せとか、説明が支離滅裂とかだと、「自分で自社のことがよくわかってないな」と判断されることになり、多額の借入は難しくなります。

(6)事業計画

 事業部門毎や商品・サービス毎に積み上げた事業計画計数が必要です。ただし、銀行向けに提出する計画は、エクイティ投資家向けのものとは根本的に異なります。エクイティ投資家が最重視するのは一言でいえば「成長」です。銀行は「返済可能性」です。したがって、銀行にはこれまでの実績値との整合性や現実性、保守的にみた場合のキャッシュフローの耐性を説明するのがポイントです。銀行に向けて「大きく赤字を掘って加速します!」は無駄であり、資金使途は当然のこととして「この前提とあの前提が崩れた場合でも、●●と✖✖の施策により返済は問題ない」と堅く説明できることが理想です。この切り替えをしっかり頭に入れましょう。

5.銀行団とのお付き合いの仕方

(1)基本動作をきちんとする

 ある程度の残高の借入をした場合(数千万円台後半レベル~)、銀行との日ごろのお付き合いはとても重要です。創業期だと、公庫しか借入先がなく、連絡も用事あるときだけだったという場合や、信金の場合も事務連絡や書類提出で担当者同士任せのことだった、も少なくないでしょう。
 しかし事業が拡張し、今後も借入増額を視野に入れている場合には日々の付き合い方が大事です。たとえば以下のようなことです。
・試算表など、毎月必要なものはきちんと提出する
・社長も3か月~半年毎などに自分で課長や次長クラスとは対面で情報交換する(次にどういう事業展開を考えている、当社はどう見られているか、次回の借り換えへの感触など、担当任せでは言ってくれない本音を引き出す)。
・年1回の決算説明や先方の支店長異動の時期などは挨拶や説明を欠かさない。
よくみると、営業活動としてみれば当たり前の話ばかりですね。くどくて申し訳ありませんが、銀行取引の拡張は、日々の当たり前の積み重ねの先にしかありません。

(2)返済実績を積み上げる

 まずは毎月の返済をきちんとしましょう。これに尽きます。1年など返済して残高が減ってきたら、いきなり借り増しではなく、まず残高維持・ロールオーバーの可能性から打診します。業績に問題がなく、返済実績が積み上がっていれば、借入残高維持のための借り換えは比較的容易なはずです。

(3)借入増額のタイミング

 売上が急に伸び、製造業における仕入資金などの前払の支出が増加してきたときや、SaaS事業でMRRが安定して成長を確認できたタイミングなどが借りやすいです(黒字化、または黒字化が視野に入ってきた)。またエクイティファイナンスをして手元が潤沢な時も、借りやすいと言えます。決算見込みや前期決算書と併せてきちんとした説明ができれば比較的スムーズな借り増しにつながりやすいでしょう。
より具体的には、以下のような状況などが望ましいです。
・月次で営業黒字化し、そのトレンドが持続している
・年度決算で営業黒字化した/営業黒字化の見込みが立った
・EIBTDAの成長トレンドで、元利返済の”伸びしろ”が見えている
・売掛金や仕入資金のサイトが短く、運転資金回収が容易に見込める(と銀行側にも理解してもらえた)

(4)銀行団の折衝方針

 銀行団全体としての対応としては、①メイン行をつくる、②銀行の数は抑える、が基本です。借入残高が増えてくると、公庫+最初に借りた地元信金だけでは賄えず、他の信金や地銀からも借りて残高が分散しがちです。それでも取引金融機関数はメイン1行+準メイン1行+2~3行までくらいに抑えるのが理想です。たまにメイン銀行がはっきりせず、10行くらいの銀行とお取引している例をみかけますが、肝心な時(資金繰り的に危ない時)にパワーを発揮しないので危険です。
 メイン銀行とは、借入残高が最も多い銀行であり、当社も相手銀行もお互いに「メインである」ことを意識しておつきあい頂くことが重要です。メイン行には何事もまず最初に報告・相談し、場合によっては銀行団を取りまとめていただくこともあります。その代わり、会社としてもメイン銀行には以下のような便宜を図るのも大事です(特にメガバンクとの取引を重点的に増やしていきたいなら、単にカネ貸してくれればいい、ではなく「銀行側にも少しでもメリットを感じてもらう、今後の伸びしろを感じてもらう」ことが大事です)。
・従業員の給与口座に指定する
・総合振込の口座に指定する
・資本金口座を置く(一番多くの預金を置く)
・売上入金口座を置く
・各種のネットバンキングサービスに加入する
・為替予約や私募債引受など、借入以外の金融取引でも付き合う(私募債発行などは、アップフロントフィーが銀行に入るので喜ばれる)
・銀行グループの各種サービスにお付き合いで加入する
・グループの証券や信託などを紹介してもらう
・取引先交流会や営業店主催のイベントなどに積極的に顔を出す
・NISAやiDeCo等の指定口座獲得などで社内向け斡旋に協力する
・取引先を紹介する
・EXITした先輩起業家をプライベートバンキング部門に紹介する
このような取引や各部門との交流をコマメに深めることで、銀行側にも借り手の状況をよくわかってもらえるようになり、業績の拡大とともに営業店内でも重要な取引先として認識されていきます。逆に、借入以外何も報告連絡もほとんどせず、ある日突然「借入増額したいのですが」と言っても、普段からやりとりのある先に比べて引きが弱くなるのは当然ですね。
 なお、成長期に「どこの銀行・営業店をメイン行にするか」はかなり重要です(銀行取引は、所管の店舗・担当者のクオリティ・役席者のパワーなどによっても大きく違います)。たとえば、メガバンクの場合、スタートアップとの取引ノウハウを蓄積している渋谷・恵比寿・青山・六本木辺りの銀行営業店は、担当者も役席もスタートアップのカルチャー・事業・資金使途・事務レベルなどに理解があるほか、本部のスタートアップ関連部署との連携などもあり、メリットも大きいといえます。一方、そうした取引自体が少なく、行内のプレゼンスも小さい郊外店舗などでは、法人取引自体が遠隔地の法人店に集約され、対面交渉も難しく、優先順位も低くなってしまう懸念があります。また、そもそも借入が急増してるのに、メイン行をしっかり固めずに信金や他県の地銀などのまま取引金融機関の数だけ増やしている場合、(失礼ながら)成長スピードに応じた深みのある提案を受けられない、良い担当者を充ててもらえない、緊急時に誰も対応してくれない(どの銀行も、自分のメイン取引先への対応で手いっぱいになる)、といった事態がありえます(※もちろん、メガなら全部良いというわけでも、地銀や信金が全部ダメだとか決めつけるつもりもありません)。取引銀行選びにはこうしたポイントがありうることを念頭に、成長ステージに応じてメイン行をきちんと作っていくのが大切です。

6.ベンチャーデット、シンジケートローン

 事業がさらに成長し、黒字化が定着する段階では、資本構成を重視した借入政策に転換です。資本構成とは借入とエクイティを最適配分して調達するということです。繰り返しになりますが、運転資金と収益弁済可能な設備投資・開発投資などはできるだけ借入で賄います。一方不確実性の高い成長戦略の展開・回収可能性を判定しにくい新サービスや新技術の導入などはエクイティの方が向いています。ただし、借入は返済リスクがあり、エクイティは希薄化リスクがありますから、バランスが重要になるわけです。
 借入については、ベンチャーデットとシンジケートローンが今後選択肢として一層重視されるでしょう。これについて簡単にみてみます。

(1)ベンチャーデット

 ベンチャーデットに厳密な定義はありませんが、だいたい以下のイメージです。
 ①金額:数千万円~
 ②期間:2~3か月(ブリッジローンの場合)から2~3年程度
 ③金利:5~10%程度
 ④担保:無し
 ⑤新株予約権:有り(無しの場合もある)
 形態は、借入もあれば社債形式の場合もあります。上記をみて分かるとおり、⑤の新株予約権を付与する場合があるケースを除けば、要するに借入であり返済があるので、”エクイティを避けたい(調達できない)会社のための魔法の杖”ではありません。シードやアーリーステージでは使えないと考えましょう。原則どおり「返済キャッシュフローがあること」が前提です。
シリーズA、B以降で、
・大型のエクイティ調達を控えている場合のブリッジ
・通常の銀行借入では枠が一杯だがデットで調達したい場合
・これ以上エクイティによる希薄化を抑えたい場合
にはおおいに検討すべきでしょう。
あおぞら銀行、Siibo証券、大和ブルーフィナンシャルさんなどが手掛けています。ただ、個人的には公庫の「資本性ローン」を先にトライすべきかなと思います。これは、①現時点で黒字化していなくても(アーリー段階でも)対象になる、②借入期間が長い、③低金利、④会計上資本に計上できる、といったメリットが大きいからです。ただし、事業の新規性・再現性・収益性見込み(3年程度での黒字化)の3点の審査が厳しいことは付け加えておきます。
 ベンチャーデットについては下記も参考になります。
(創業手帳)

(2)シンジケートローン

 ユニコーンレベルの業績・調達規模が視野に入ってきた場合、シンジケートローンの組成も真剣に検討してよいでしょう(数十億円規模~)。シンジケートローンは、1行または複数の主幹事銀行(アレンジャー)が、同一条件・同一融資契約書で多数の金融機関を取りまとめて(=シンジケート団を組成して)融資するものです。巨額かつ一行当たりの借入額を分散させ、かつ交渉や管理の手間を集約するのに活用します。もともとは上場企業などで用いられてきましたが、最近はスタートアップ向けにもメガバンク主導で導入されてきていますね。
 シンジケートローンは、実際にはコミットメントライン(融資枠)として提供されることが多いと思います。これは融資契約で定められた条件での使途であれば借り手が融資行から枠の範囲内で資金を引き出せる(借りられる)契約です。手数料はかかりますが、常時満額を借りている状態ではないため、返済負担や金利負担を抑えつつ機動的に銀行借入を利用できることになります。ただし財務制限条項(コベナンツ)が厳しい・事業や財務の報告負担も大きいことから、管理体制が整っていることが前提となります。事業と財務に精通したCFOやスタッフを揃えることと並行して検討してください。

    * * * * * *

 以上、成長ステージごとの銀行取引についてまとめました。
 整理していてあらためて思ったことは、「借りるノウハウ」とは「借りられるような会社になるためのノウハウ」だということです。自社の事業や体質改善を後回しにして、あの手この手だけで融資を引き出す、的な手法は、一度二度Tipsとして使えるかもしれませんが、本格的な成長ステージでは全く通用しないのですね。
 弊社では、Part-time CFO業務を中心に、ファイナンス全般+事業戦略構築やピボットのご相談・増資・投資ストラクチャー設計・ストックオプション評価等から管理部門構築などにいたるまでご支援させて頂いております。お気軽にお声がけください。
(テンキューブ株式会社)


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