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【不況への備えーー現場から】

テンキューブ㈱の伊藤です。スタートアップの資金調達支援、Part-time CFOをしています。

先月、Y Combinatorが投資先に”不況期に備えて生き延びること第一”の手紙を出して、スタートアップ界隈ではちょっとした話題になりましたね。そのサマリーは下のリンクをご参照ください。

「来るべき不況に備えよ」-Y Combinatorからの10のアドバイス

それに触発されたわけでもないですが、僕の関与先や知人のスタートアップ経営者などからも、日本でも調達環境の冷え込みをチラホラ聞いてますので、「備え」的なことをまとめておこうかなと。以下では、あくまで現場のベタな対応策について、直面してる状況の段階に応じてメモしたものです。

※なお、実際には業界や個社によって状況は全然違うし、VCでも新規ファンドの組成も次々報道されてたりして、一律には「不況なのか?」とか「別に今も良い先はちゃんと調達できてるよ?」など、前提自体に違和感・ツッコミある向きもあるでしょう。ここではある程度一般化した形で書いてる、という前提です。資金繰りは、危機が表面化してからでは遅いですからね。

1.兆候を敏感に察知する


 まず、”不況”といっても、ある日いきなり到来するわけではなく、いろんな兆候があってジワジワ来るのが普通です。なので、いきなり資金繰り表の細かい数字に飛びつくのではなく、平時でも「異変の兆候」へのアンテナの感度を高くするというのが大事です。たとえば以下のような現象です。

 ・うまく行っていたはずの案件で、連続して失注した
 ・継続の受託案件が打ち切りになった 
 ・SaaS事業のチャーン(解約)が増えてきた
 ・仕入の仕切り値が4月入りを機に大幅に上がった
 ・在庫がはけなくなってきた
 ・銀行借入の増額幅が小さくなった/検討時間がが長引く
  ようになった

一つ一つは小さい額だったとしても、こういう事象が営業面、管理面でぽつぽつ重なってくると、風向きが変わってきた前触れの可能性があります。

 普段は営業一辺倒、管理面といえば経費精算の承認か資金繰り表チラ見して「ウチのバーンはこれくらいだな、、」くらいしか見てない経営者でも、「ん?」と思いだしたら一回腰据えて足元を点検です。何が起こっているのか?ということです。その際、むやみに慌てたり担当者を激詰めすると、その空気感が社内に一気に感染するので、まずは落ち着いて現状把握するのが大切です。管理部門をちゃんと置いてる規模の会社であれば、上記のような兆候について、「悪い知らせほど早め早めに報告するように」注意喚起しましょう。

2.目の前の資金繰りの改善


 大口の売上がキャンセルになってきた、解約率が上がってきた、一方で大口の開発費の支払がいくつも到来する、などしたら、資金繰りを精査です。

(1)「入り」と「出」の把握と、とりあえずの止血

 
 過去の半年~1年の月次を並べてじっくり見つつ、先行き半年程度の見込みを再度チェックします。その際、管理部門から出てくる「巡航速度」のキャッシュフローの数字だけ眺めててもダメです。先行きに関してのLive情報でないからです。

 そこで、まず「入り」の方は、営業の部門長と売上見込み・回収見込みについて、A・B・Cなどの確度別に再検討し、ベースシナリオ・楽観シナリオ・リスクシナリオの松竹梅見込みを手元に持つようにします。そして、当面週次で追っていく体制とします(この時点で既に手元資金が2~3か月でキツくなりそうだな、、と分かったら次以降のプロセスと同時にor先行して、時間かけずに借入の検討に移るなどもアリです)。

 「出」の方は、大口支払のスケジュールを管理から出させ、たとえ契約で出金が決まっているようなものでも、期日前に再度トップのOKをもらってから決済処理するよう指示します。
 入りと出の大きな数字の把握の次は、資金効率の改善です。売掛はなるべく早期に回収し、支払はなるべく後にします。立替や仮払、短期貸付など使途が必ずしも明確でないものも非効率の源泉なので見直して整理します。請求漏れや督促漏れなどが無いように、営業にも管理にも念押ししましょう。発注・見積・請求ツールを使って抜け漏れが無いように潰すのも一法です。 
 回収については、与信度合が低い取引先の場合、いろいろな先から回収を求められてるはずですが、そういう要注意先は「順番に払う」ではなく「うるさい先に優先して払ってくる」のが常です。期限どおりきっちり請求・しつこく督促です。
 なお、在庫を抱えてB向けにモノ売りをするような業種ではモノの管理は資金繰り上特に大事です。単に倉庫にある物品の数だけでなく、代理店への預け在庫、営業部門がサンプルやデモ用に貸出している在庫など、財務諸表で見落としがちな分も結構な数になっていることがあります。また、チェックを疎かにしてると売上の粉飾などにつながる恐れもあります。コロナ以降、テレワークが普及してリアルな管理が手薄になりがちですが、与信管理の基本は昔も今も「相手のオフィスに足しげく行く」・「売り場を見る」・「倉庫で現物の荷動きをみる」です。非常に多くの情報が得られるはずです。

(2)短期的なコストカット


 次に、コストカットを考えます。コストカットは、すぐに着手できるもの、契約期間などに応じて順次減らせるもの、人件費等簡単には減らせないもの/減らすとデメリットも大きいもの、などがあり、状況に応じて順次打ち手を変えていかなければなりません。資金繰りの過去と先行きをみながら、優先順位といつから実際の効果が出るのか、試算していきます。

 その際、大事なことは管理部長に「リストラ案作ってよ」と発注して待つ、は全然ダメということです。理由としては、①部門をまたぐような抜本的なコスト削減に躊躇される、②ムダ遣いのトップは社長のことが多く言い出せない、③職掌上、経費と投資の区別できない場合が少なくない、からです。したがって、半年分ほどの元帳を打ち出させ、管理部長を前にして1件1件支出を自分の目で見て潰しこむ作業をトップがやるべきです。「そんな時間ねえよ!」というアナタ!こんなのはしょっちゅうやる必要はなくて、半年に一度くらいでも十分効果があるんですね。しかも小さい会社なら1-2時間あれば済む話であり、やれば隅々までどんな費用が発生してるのか、誰がどういう行動をとっているのか、補助科目などから浮彫りになってくるのです。そして、往々にして「この支出もあの契約もその交際費もそういえば自分(=社長)絡みだったな(💦)、、」という結論が多いのですね。その他、ハンコ事務に伴う出勤交通費や残業代のムダ、直行直帰なのに回ってる営業先が少ない、小口現金をまだ使っている、、などの実態が分かることもあります。

(3)調達の前倒し 


 銀行借入のロールオーバー(借入残高の維持)、取引金融機関を増やす、使える補助金などをリサーチして調達を厚めにする、なども当然並行して進めます。増資も念頭にあるなら、プランを前倒しして投資家と折衝を始める、もアリでしょう。ただ、借入は打診から着金まで2か月、増資は最低3か月以上はかかるのが普通ですから、やるならすぐ動きましょう。

3.中長期の視点ーー会社を筋肉質にする


 短期の資金繰りの精査と、とりあえずの止血や早期回収などの施策を立て、実行に移したら、今度はやや中長期の話です。ここでは、「会社を筋肉質にする」のが主眼です。
 これには、既存の収支構造の改善と、新しい分野へのチャレンジという2つの面があります。

(1)収支構造の改善


 まず1つめの既存のビジネスの収支構造の改善です。資金繰りが恒常的に苦しい、薄利である、という企業では、商品やサービス内容が劣後しているのでは?という本質的な問題もさることながら、プライシング戦略の誤り原価構造や固定費の高さ資金サイクルが非効率といった問題が複雑に絡み合っていることが多いです。これは、戦略・財務構造の見直し、推進組織の在り方などを根っこから腰を据えて見直す必要があります。ただ、既存の各部門の反発なども多いため、トップ自らが各部門長を掌握しながら粘り強く現場改善を仕掛けていくしかありません。時間かかりますね。
 スタートアップの場合は、さらに事業初期に獲得した大口顧客の依存度が高く、それらの取引が不採算であったり、無理なキャンペーンで獲得した不稼働顧客の割合が多い、急激な組織成長で現場が混乱し成長が停滞する、といった特有の事象も多いと思います。トップが鬼になって現場に手を入れ、一回作り替える、くらいの荒療治も必要になるかもしれません。

(2)新規事業


 2つめのチャレンジについてです。会社は前を向いて進んでいく組織ですから、コストカットやリストラばかりやってると士気は落ちるし挑戦者精神はなくなるし、会社のカルチャーを蝕みます。また、ちまちましたコストカットは実は心理面のマイナスほどには実際の支出削減効果は大して大きくないことも多々あります。

 そこで、業績下降時のリカバリーには全社的に一丸となって取り組むという体制への切り替えが必要です。ポイントは、
「現場に希望の灯をともす」
ことです。営業施策・価格/料金体系・商品/サービス・営業体制などを全面的に見直し。これらは出来るところから着手です。営業成績に応じた評価軸の刷新なども検討対象でしょう。

 具体的には、半年以内に新規の●×プロジェクトをローンチさせる、プロダクトラインを一新しチームも再編する、1年以内に黒字化する、など具体的な大きなビューを提示し、しっかり投資することと、そのために無駄は一段と絞っていく、というストーリーを見せて、トップがコミットする姿勢を見せることが大事ですね。これをやらずにやみくもに営業強化する、叱咤して新規開拓させる、などは出口の見えないトンネルみたいなもので、現場が疲弊し、優秀な人から退職していく原因になります。前向きな投資は惜しまない、という戦略は資金繰りがギリギリになってからではもう実施できません(=「貧すれば鈍する」という状態になります)。まだ余裕ありかな?くらいの段階での話と思ってください。
※ただし、リソースの少ないスタートアップで、「多角化」に打って出ることは致命傷になることもあります。どこまで先行投資するか、どんな基準で撤退するかの腹積もりも、トップとしては持っていることが必要ですね。

4.それでも余裕がなくなってきたら


 とはいえ、思い描いたとおりにいかないのが世の中。二の矢三の矢の打ち手が外れ、選択肢がなくなってくることもあります。その場合は、

 ・支出先行の新規事業や開発を最低限に絞るか、いったんストップして
  止血
 ・受託開発や大手の下請け営業など「食うための仕事」にシフトして
  キャッシュフローをとにかく繋ぐ
 ・管理業務を思い切って圧縮し、営業/新規にシフト
 ・人件費抑制
 ・オフィス移転

などが選択肢となってきます。ただし、思い切ったリストラはかなりのデメリットや、むしろ一時的なリストラ費用が膨らむ危険すらあるので、よくよく慎重に検討しましょう。新規事業を止めると再開するのは2倍も3倍も大変ですし、モチベーションの下がったメンバーは割とすぐ退職してしまいます。管理業務を減らせば、いったんはコスト減できますがIPO準備などは1周遅れになることは否めません。人件費は役員報酬カットの先行は当然ながら、現場スタッフの賞与や手当の見直しへも踏み込まざるを得ない場合もあります。ただ、基本給の大幅削減や人員減はよほどの差し迫った危機以外では無理ですし、現場のモチベーションを破壊しますのでそもそも本来やるべきではありません(整理解雇などは、いわゆる4要件とかを満たすような、「リストラか倒産か」の二択のような状況での話です。)。オフィス移転は原状回復費用・中途解約に伴う違約金、引越費用、移転先の初期費用等を合わせれば逆に千万円オーダーでロスになることも珍しくありません。
 トップとしては、このままでは行き詰る、という前に大手や同業との資本/業務提携など、「経営トップにしかできない」大技を仕込んでおくのも、重要な仕事になります。ここでは、経営陣を受け入れるとか、株式のかなりのシェアを渡すといった決断が必要になるフェーズもあるでしょう。

5.いよいよ進退窮まる段階


 不幸にも、いろいろな施策がそれほど奏功せず、資金ショートなり業績回復が到底見込めない状態が見えてきてしまった場合は

 ①事業(会社)売却
 ②倒産処理

といったことも覚悟が必要になってきます。

この段階でまず大事なことは、おそらく3か月以内程度の射程の中で、

 ・ちゃんとした弁護士に前もって相談すること
 ・最低限の運転資金(法的処理費用)は残しておくこと

です。間違っても独りで抱え込んだり、整理屋・怪しげなコンサルタントなどに入り込まれないようにすることです。反社・反市勢力に巻き込まれると、それを排除するのは本当に大変だからです。また、追い詰められて粉飾決算に踏み込んだりすると後からどんどん辻褄が合わなくなり、自分の首を絞めることになります。
 上記のような危険を避けていれば、この時点でもまだ、信頼できる経営仲間や同業者・大手企業などと弁護士とで協議して、増資や事業譲渡でぎりぎり危機を回避したり、私的整理(ADR)に着地させたり、民事再生とM&Aの組み合わせでしのぐ、といったことができるかもしれません。

 しかし、この段階に至ると、残念ながら経営者=オーナーがその地位にそのまま留まるのはかなり難しいことになるでしょう。(厳しいことをいうようですが)、ある意味で、そういう結果となる経営をしてきたということです。新しいスポンサーに思い切ってゆだねる、という決断もどこかで要る可能性が高いわけです。これができずに、経営権は譲らず資金だけ欲しいといったことに固執していたずらに時間を使っていると、助かるものも助からないことになります。


 以上、状況の深刻度に応じた”生き延びる施策”のあらましについて書いてみました。もちろん、個々のステップは書いたらキリがないほど奥が深いし、最初に注記したように業界・業績・ビジネスモデルその他個社事情によってソリューションは違ってくるでしょう。それでも、今の時期に、一定程度参考になったらいいなという感じでまとめてみました。

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