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「文化」と「起業」

平成30年間が「敗北」と呼ばれるほど、国内産業界の躍動感が失われて久しい。かつては若く、アイディア出しと具現化に長けた会社が年を経て肥大化し、大企業の硬直性にからめとられてイノベーションを生み出せなくなった。大企業に期待できないのであれば、スタートアップをどんどん増やそう、エコシステムを整えて日本にもっと「起業文化」を興そうという論調をよく目にする。

「起業文化」を応援するエコシステムは、例えばイスラエルやシリコンバレーの成功例で研究されている。しかし、実は、整ったエコシステムゆえに「起業文化」が生まれたのではなく、そもそも「起業」マインドを、土地固有の「文化」が後押ししているのではないか?エコシステムが文化を作るよりも、そもそも土地柄が起点となって、エコシステムが出来る因果関係のほうが現実に近いと感じる体験をした。

先日、テルアビブ出身、在住のビジネススクール同輩カップルが東京を訪れた。イスラエルは”Start-Up Nation”で有名になった通り、1990年代の旧ソ連出身技術系移民と軍事への投資、徴兵制を背景に、起業文化を絵にかいたような国だ。私の友達も夫は不動産投資、妻はインテリアデザインの分野で「上司は自分」状態である。

8月の新宿。イスラエル人カップルと食事の席で、隣には、会社の集まりらしい10人ほどで歓談する日本人集団がいた。ここでイスラエル人が驚いたのは、この日本人がみな、同時に席を立ったことである。日本人として当たり前の集団行動、幹事の「そろそろお開きにしましょうか」を待って、「おつかれさまでした」唱和、起立だろう。しかし、友達に言わせれば、仕事の集まりであろうと、イスラエル人ならば勝手にばらばらと来て、ばらばらと帰るという。

なんと、日本人が空気のように当然視する同調圧力が、まったく存在しないのがイスラエルのようだ。日本で起業マインドが育たない要因として「出る杭は打たれる」文化が指摘される。しかし、「出る杭」理論には、そもそも「杭がそろっている」状態が想起されている。

一方、イスラエルでは、そもそも「杭の方向がばらばら」のため、「出る杭も何もない」のではないか?この徹底した「個人優先」文化が、大企業や弁護士、医者といった安全な職業に寄りかかるよりも「自分で自分の道を切り開こう」精神につながっているようだ。

当然、このようなマインドセットが主流ならば、失敗にも寛容になる。リスクを取ることは当たり前で、「馬鹿だね、安全な道がいろいろあるのに」とリスクテーク自体を問題視する態度は生まれない。

では、この土地柄はどこから生まれるのだろう?もし移民中心で比較的新しい国であれば、みなイスラエルのように個人優先、リスク歓迎志向になるかというと、そうでもない。例えば、オーストラリアもその条件を満たすものの、実は日本と近い「出る杭は打たれる」風土が強いようだ。やはり、隣国との政治的な緊張、自国市場だけでは食べていけない小国、などいろいろな固有の事情が重なってイスラエル独特の風土を生んでいると考えられる。

翻って、日本である。衰えたとは言え大きな経済、同調圧力の強い土地柄から、あえてリスクを取る起業は生まれにくいと諦めるべきか?実は足元で、日本人の働き方は急速に変わりつつある。副業を認める企業が増え、フリーランスが300万人、就業者の5%を超えている。今までの安全志向は、「出る杭は打たれる文化」と共存しながらも崩れつつある。この中から、新しいイノベーションを期待することができる。

この胎動を後押しするために、日本で空気のようになった同調圧力を意識的に弱めてはどうか?固有の風土は、一朝一夕に変わらないし、他人を尊重するその良さを否定するものではない。しかし、例えば小学校低学年から始まる横並び志向、型にはめたような優等生を量産しようとするような教育は見直されて良いだろう。職場でも同調圧力が高すぎる弊害がハラスメントや鬱を引き起こす。

日本固有の文化は、イスラエルが根っこに持つ文化とは根本的に異なる。その点を認めたうえで、「文化」をシフトすることで「起業」を促す。出来ることはあると考える。

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