家主と地主

家主と地主

 新入学、新入社、人事異動など、何かと慌ただしい季節も終わり、ホッと一息という感じの今日この頃。読者の皆様の中にも、この春、引っ越しされた方は多いのでは。
 引っ越しといえば、付き物なのが敷金・礼金。警察の官舎の場合は、そんなもの必要ないのかもしれないが、民間賃貸住宅に入居するには結構な金額を支払わねばならない。
 が、不況&デフレの影響もあって、最近では「礼金・敷金ゼロ」なんて物件も出てきている。一般消費者にとっては歓迎すべき傾向だが、立場が違えば受け止め方も変わってくるのが世の常で……。

「敷金ゼロ、仲介料半額に異議あり」との見出しが表紙に躍るのは、その名も『家主と地主』という雑誌。思わず「へへぇ」と土下座したくなるような嫌味ったらしいタイトルであるが、なにしろ「土地資産家向け本格的経営情報誌」だから仕方ない。不動産オーナーにとって「敷金・礼金ゼロ」は、朗報ではなくバッドニュースなのである。
「賃貸経営にはリスクが伴います。そのリスクを回避するためにも、入居者が敷金・礼金を払えるということ自体が安心材料になります。つまり、敷金・礼金を払えるかどうかで入居者の質をある程度保つことができるわけです。敷金・礼金がゼロだからといってすぐにとびつくような人には入居してほしくありません」
と言うのは神奈川県川崎市の女性オーナー。また、東京都板橋区の男性オーナーは「もし敷金・礼金をゼロにするならば、その分賃料に上乗せしたいですね」と語る。

 一方、小数ながら「敷・礼ゼロ」への賛成意見もある。宮城県仙台市の男性オーナーは「築年数が経過していて決まりにくい物件は2年ほど前から敷金・礼金ゼロにしています。(中略)入居率を上げるためには、敷金・礼金ゼロは仕方がないと思います」と言い、同じ仙台市の別の男性オーナーも「敷金・礼金ゼロにする代わりに家賃を高くできないかと考えています。また、清掃代だけ別途徴収したりするなど柔軟に対応する必要がありますね」と言う。
 借りる側には納得いかない敷金・礼金だが、家主側にしてみれば、家賃滞納などのリスクを考えると、敷金くらいはもらっておかなければ……ということになる。この雑誌においては、“借り手=信用できないもの”というのが基本姿勢。なんとなくムカつくが、「70歳のオーナーがひとりで立ち向かった賃料滞納物件明渡裁判顛末記」といった記事を見ていると、「家主も大変なんだなあ」という気になってくるから不思議である。「板橋区に6畳1間(合計4室)のアパートを持つSさん(70歳)は、全室満室なのですが、4世帯のうち2世帯に1年以上賃料を滞納されており、途方にくれていました。しかもご本人は病気がちでした」とは、お気の毒……。

 そういう“零細オーナー”がいるかと思えば、まさに「土地資産家」と呼ぶにふさわしい人たちもいる。巻頭を飾る「出世オーナー群像」に登場するのは、都内で1000坪以上の土地を所有する個人地主たち。新橋の酒店経営から始まり、現在約4000坪の土地と15棟のビルを所有する北村家、約20年で40棟ものオフィスビルを所有するようになった長岡家などもすごいが、「老舗地主対決『私の御先祖様』」のコーナーが圧巻。
「もともとは瀬戸内海で活躍した水軍の頭領。幕末に徳川家より八重洲の地を拝領」「住友・鴻池と肩を並べた大阪の商家。今でも住之江区に30万坪の土地を保有」「織田信長時代より続く名主の家柄。品川区史にも名を残す大井の大地主」って、もう勝手にして! ああ、私もこういう家に生まれたかった……。

 そんな夢のような話はさておき、現実にマンションやアパートに住む際に気になるのが、建物の名前。ただのアパートなのにやたらゴージャスな名前がついてたりするが、そのへんはやはり家主のこだわりがあるようだ。「物件名を考える」というコラムによれば、「オーナーは代々受け継いでいる土地を持っている人が多く、先祖の職業を物件名に用いる例もある」とか。だからって、先祖代々鍛冶屋だったオーナーがつけた名前が「ハウスカジヤ」というのはいかがなものか。
 一般によく使われる言葉としては「グランメール(太陽)」「アビタシオン(住宅)」「エステート(財産)」「ジュネス(若さ)」など。「物件名で多いのが土地名をつけること」というのもわかるが、「プティロッシュ」という物件の説明が「JR小岩駅の前にあるため小岩を英訳したものである」って、どう見ても英語じゃなくてフランス語だろ!
 ほかにも「空室を解消するブロードバンド」「外国人入居者管理のコツ」といった記事が満載。「家主に役立つホームズ弁護士の法律相談」なんてマンガもあって、値段はたったの600円。資産家向けの雑誌とは思えない良心価格は、もちろん大量に掲載された広告のおかげである。

(※2002年から2004年にかけて『トップジャーナル』という警察官向けの雑誌に連載した原稿です。情報は掲載当時のままで、取り上げた業界紙誌が現在もあるかどうかは未確認です)

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