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『鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾』

※過去に書いた書評を順次アップしていきます。

2003年10月

夏目漱石から向田邦子まで――
作家とスポーツの意外な関係を発掘する

「夏目漱石は器械体操の名人だった」「坂口安吾は全国中学校陸上競技大会の走り高跳びで優勝したことがある」「向田邦子はボウリングでアベレージ200以上の腕前だった」……そんな思わず「へぇ~」とうなってしまうトリビアネタが満載の本書。帯のキャッチにあるとおり「文士25人とスポーツの幸福な関係」を綴ったエッセイ集である。物書きというと何となくインドア派のイメージが強いが、どうしてどうして。昔の作家は、現代の作家よりはるかにアクティブで趣味人だった。上記のほか、「柴田錬三郎とダンス」「梶井基次郎とビリヤード」「太宰治とサッカー」といった興味深いお題が並ぶ。なかには肩すかしなネタもあるが、彼らのスポーツに対する情熱と、それに興じる無邪気な姿には、新鮮な驚きを感じずにいられない。同時に、彼らの作品(多くは文学史に残る名作)を改めて読んでみたくなるという効果もアリ。

 にしても、作家という人種がいかに我が強く負けず嫌いであるか、本書を読むとよくわかる。井伏鱒二は「小説が下手だということは書かれてもいいが、釣り師として魚を買ってきたなんていうことを言われることは許せない」と語り、菊池寛は自分が泳げないとの噂について「僕は海近く生れ、小学一年から七、八年ぐらい水府流の先生について毎夏稽古をしているので、心臓さえ強ければ三マイルや五マイルは平気で泳いでみせる」と反論。横光利一は「教師は僕のことを運動の天才だと云つた」と自慢する。どの分野でも、頭角を現わす人というのはそういうものか。

『鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾』
矢島裕紀彦
NHK出版 生活人新書

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