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読書メモ:リーン・スタートアップ

The Lean Startup

Eric Ries/訳者:井口 耕二(日経BP2012年4月初版)

「リーン・スタートアップ」

リーン・スタートアップとは、起業や新規事業開発におけるマネジメント手法である。スティーブン・ブランクの提唱した「顧客開発モデル」、仮説構築のフレームワークであるビジネスモデルキャンバス、MVPの改良を繰り返しながら開発を進めるアジャイル開発、がリーン・スタートアップを構成する3要素と言われている。ただし、本書ではビジネスモデルキャンバスに関する言及はなく、代わりにトヨタ生産方式=リーン生産方式として定式化されている、がリーン・スタートアップの思想的な裏付けとして参照されている。本書の問題意識は「製品開発モデル」と同様、スタートアップの典型的な失敗事例=「素晴らしい技術・製品を開発して製品をリリースしたが、実際に購入する顧客がいない/ビジネスモデルとして成立しない」を避けることだ。

  • アントレプレナーはあらゆるところにいる

  • 起業とはマネジメントである

  • 検証による学び

  • 構築―計測―学習

  • 革新会計

ちなみに、「顧客開発モデル」では、従来のような製品開発のマイルストーンに合わせて営業やマーケティングの活動を展開するのではなく、顧客開発によるビジネスモデル確立のマイルストーンに製品の市場投入や機能追加リリースを合わせ、営業やマーケティングの活動を同期させることで、より的確にリスクをマネージすることが可能になると主張している。特に、顧客開発の過程で製品のポジショニングや市場タイプ(既存市場への参入、新規市場の創出、既存市場の再セグメント化か、など)が明確にされることによって、営業・マーケティング戦略の選択や組織構築までが適切に行われることの効用は大きいとする。このようにスティーブン・ブランクの著作では、「顧客発見、顧客実証、顧客開発、組織構築」の4つステップごとに仮説―検証―実装のフィードバック・ループがどのように実践されるのか、という過程が詳細に説明されている。(ステップごとに仮説―検証が行われ、その結果、重大な課題が発見されれば、仮説の再構築すなわち顧客ターゲットの変更、製品ポジショニングの修正、あるいは製品開発の方向修正=ピボットが行われる。この「検証」とは、顧客発見であれば顧客課題の確認、顧客実証であればビジョナリー顧客への販売、顧客開発では製品投入と収益モデル構築などのマイルストーン達成によって判定される。)

構築―計測―学習

リーン・スタートアップが「顧客開発モデル」から学んでいる点は、この「検証による学び(Validated learning)」の重要性ではないだろうか。「リーン・スタートアップにおいても「構築―計測―学習」のフィードバック・ループが実践される。「アイデアを製品にする、顧客の反応を計測する、ピボットするか/方向維持するかを判断する」これがスタートアップの基本ではあるが、ここでのポイントは、このループがより高頻度かつピンポイントで実行されること、である。さらに、構築―計測―学習の順とは逆に、学びたい目的に応じて、計測が可能な仮説が構築されるところからループが始まる。このフィードバックは製品開発プロセスに直ちに取り入れられる。

  • 学びの機会をできるだけ早く始める

  • MVP(実際に製品を作らなくともMVPはできる)

  • スプリット・テスト(A/Bテスト)

  • アジャイル開発手法

  • 革新会計=成長モデルに応じて適切な評価基準を設定する

「実際に製品を作らなくともMVPはできる」とは、製品を紹介する動画を作成する、購入の申し込みを受け付ける、コンシェルジュ・サービスのシステムの提供するサービスを実際の人間が実行する(「製品」としては限りなく非効率だが、検証と学習の目的のためには最小限のコスト)、などの実例で説明されている。

スプリット・テストを組み合わせてアジャイル開発手法を適用する。さらに、構築する製品=検証する仮説を小さな「バッチ」として定義することで検証プロセスの効率化を図る、この点はリーン生産方式からの学びを適用している。スタートアップにとって、バッチサイズの縮小は、効率的にものを生産することではなく、持続可能な事業構築のために学びを得る時間を短縮すること(より多くの検証による学びを得ること)を可能にする。また、多数の製品バッチの優先順位を管理する方法として「カンバン」=バックログ、構築中、構築完了、検証中の工程ごとにバケツを設ける(検証が終わるとダイヤグラムから抜ける)が応用できる。

「開発者の立場から見るとアジャイルは効率の良い開発方法である。機能や技術設計に集中できるからだ。このプロセスに学習を組み込むと生産性が下がる可能性がある。」生産性を開発者の稼働率やリリースした新機能の数などで測るのではなく、開発チームも学びの文化を受け入れることが重要、ということ。

方向転換=ピボットの決断

開発と試験、スプリットテストによる改良や最適化を繰り返しても、必ずしも理想的な製品/成功するビジネスモデルにたどり着くとは限らない。なんとか事業を継続できる程度の成功=ゾンビの世界にハマることを避けて、方向転換=ピボットすることが必要になる場合もある。そこで適切な判断には、適切な評価基準=革新会計が必要。累積的な成果などに惑わされない、コホート分析の視点で顧客動向を見る、成長エンジンごとのクリティカルな数字に注目する、などが重要となる。「スタートアップの滑走路は今後行えるピボットの回数ではかる」=決断を早く、損失を抑える。

  • ズームイン型ピボット

  • ズームアウト型ピボット

  • 顧客セグメント型ピボット

  • 顧客ニーズ型ピボット

  • プラットフォーム型ピボット

  • 事業構造型ピボット

  • 価値捕捉型ピボット

  • 成長エンジン型ピボット

  • チャネル型ピボット

  • 技術型ピボット

顧客ニーズ型:同じ顧客の別の課題を解決する。事業構造型:高利益率&少量モデルvs低利益率&大量モデル、あるいはB2Bモデルvs B2Cモデルの切り替え。技術型:同じ課題解決を異なる技術で実現する。持続的イノベーション。スタートアップのピボットにはあまり該当しない?

事業の成長

持続的な成長とは、「過去の顧客の行動が新しい顧客を呼び込む。」口コミ、製品の利用による宣伝効果、再購入やリピート、有料広告(利益からの費用支出)などが具体的に成長をもたらす。

  • 粘着型成長エンジン:特定の顧客=マニアをターゲットにしたサービス、「ベンダーロックイン」型ビジネスなど。新規獲得率―離反率/解約率>0ならば成長。定着率の向上=既存顧客が魅力を感じる改善が必要。成長が停滞している、といって、販促や新規マーケティングに投資するのは間違い。

  • ウイルス型成長エンジン:ネットワーク効果によるプラットフォーム型ビジネスなど。人から人へと認知が拡がる、ウイルス効果は顧客がオン・オフできない。ウイルス係数>1ならば、指数関数的に成長。直接料金を徴収せず、広告収入を得るビジネスモデルが多い。流入した顧客が、他の顧客を誘い入れる際の「摩擦」を生じさせない。消費者と広告主の2種類の顧客と、異なる種類の取引をしている。

  • 支出型成長エンジン:限界利益=顧客生涯価値―顧客獲得単価>0であれば、新規顧客の獲得に再投資することで成長できる。

既存組織におけるイノベーション

社内イノベーションでは、「どうすれば親組織を社内スタートアップから守れるか」が重要だと主張する。なぜなら、既存組織の中での「イノベーションに対する恐れ」は当然の反応で、各部門のマネジャーたちの合理的な反応として妨害に出るからだ。一方で、社内イノベーションをブラックボックスで行えば、成功を収めたとしても、単発的で持続的なイノベーションを生み出すことはない。この解決策がサンドボックス=「イノベーションを自由に行える領域」を設定すること。サンドボックスは、製品やサービス、顧客のセグメント、新規製品などの特定の領域で定義することができる。社内スタートアップには、サンドボックス内での活動の自由を与えるとともに、明確で一貫した評価基準を設定し、モニタリングにより問題が発生した場合の中断のルールなど定める。

感想

バッチサイズの縮小というリーン生産方式からの着想をもとに、持続可能な事業構築のために学びを得る時間を短縮する(より多くの検証による学びを得ること)を可能にしたモデル。「起業とはマネジメントである」との信念の下で、MVPの改良を繰り返しながら開発を進めるアジャイルの手法に、スプリットテストや革新会計による計測のテクニックを活用し、科学的に実装されるマネジメント手法であると主張されている。

  • 開発と試験、スプリットテストによる改良や最適化を繰り返しても、必ずしも理想的な製品/成功するビジネスモデルにたどり着くとは限らない。スプリットテストは個別の選択に関しては的確な方向性を示す強力な手法ではあるが、このようなモデル構築に利用する場合には部分最適化に陥る可能性は避けられない。

  • 当初のビジョンによっては、そもそも理想的な製品/成功するビジネスモデルを実現できない場合もある。そのような場合は、その検証を早く、かつエグゾースティブに行える、という点をメリットと考えるべきだろう。

  • そこで、方向転換=ピボットすることが必要になる場合もある。そのピボットをするかの判断には、合理的な基準は提案されている。しかし、ピボットの方向性に関しては、いくつかの型はあるが、その選択に関しては、再び起業家のビジョンに掛かっている。

  • 「アントレプレナーはあらゆるところにいる」の原則の通り、公的部門のサービス・デザイン、企業内でのイノベーションなど、適用できる分野は広いとの印象。

顧客の原型(カスタマー・アーキタイプ)の作成に関連して、デザイン思考などのアプローチが役に立つとしつつ、「皮肉なことに、本来はプロトタイピングや顧客の直接観察などを活用した実験的・反復型のアプローチであるにも関わらず、最終的にクライアントに示されるのは一つにまとめられた結論であり、ここで学びも実験も終わってしまう。そこで、リーンUXでは、カスタマー・アーキタイプを事実ではなく仮説だと考える。」と評している。

バッチサイズの縮小による生産の効率化の比喩が面白かった。「封書100通に、切手を貼り、レターを織り込み、封をする」これを、①封筒100個に切手をはる、②レター100通を折る、③レターを封筒に入れるx100セット、④封筒100個を封じる、という4つの大きなバッチ作業で行うのが効率的、というのが直感的だ。これに対して、最小のバッチサイズによる作業では、「封筒に切手を貼り、レターを折り込み、封筒に入れ、封をする」となる。実は、前者の同じ作業に集中することの効率性の向上は限られている。一方で、何かしらの不具合が発生した時(レターが3つ折りでは封筒に入らなかった、など)に発生する損失は大きく、また、そのような不具合を最終段階まで発見できない可能性も高い、など総体的に評価すれば決して効率性の高い作業方法ではない。

2023年7月18日

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