それ以外すべて

 その日、ひとりの作家が死んだ。三十四歳だった。「唯ぼんやりとした不安」のなか服毒自殺した作家だって三十五歳だったのに。当時の私は毎朝起きると、バナナ一本だけ食べて、歯も磨かずにFM局の景品の万歩計をジャージーに差し込んでは出かけた。町内をぐるっと途中工場内のカフェで休憩を取りながら、ウォーキングをこなしていた。彼と同じ三十四歳だった。その日は、よく晴れた風が強い金曜日で、日本と韓国が昼から対戦していた。内川がホームランを打った試合だ。
 私は、彼が肺癌で死んだのではなく暗殺されたのだと考えている。テレビを切ったあと、ブランチをとり、コーヒーを淹れてゆっくりと味わった。それから駅前の図書館に行く準備をしていた矢先、友人の編集者・田平から電話で彼の病死が告げられた。私はずいぶんまえに田平からeメールで、彼の発病を知らされていた。田平からその電話があった日の午後、図書館で夕刊の彼の訃報欄をコピーした。彼は殺された。疑いようもなくやつらに。その三十四歳の若さで死んだ作家の名は井伊という。
 井伊は、三十二歳で作家デビューした。つまり作家としての活動は二年にも満たなかったわけだ。だが彼は熱狂的な支持を集め、その人気は不動のものとなりつつあった。死の直前、彼は東京の仕事場を引き揚げ、突如として奈良の実家に籠もり、新作小説を精力的に執筆中であると、頻繁に更新されていた彼自身によるブログによって、関係者並びにファンの間では刺激的なトピックとしてもてはやされていた。
 公には彼は持病の悪化によって病死した、と伝えられた。それを真っ向から否定するものは、もしかしたらこの私だけなのかもしれない。彼が命を賭して完成までこぎ着けたというSF長篇は彼の死後一月を待たずして出版され大反響を得た。当然のごとく私も発売日に並んで購入し、寸暇を惜しんで読んだ。私が彼の暗殺について本気で推察しはじめたのはこの読書中だった。世紀の遺作と謳われたその著作は疑いようもなくひどい出来映えで、どう考えたって彼が書いたものとは思えない代物だった。
 私はいま奈良に来ている。電車内で彼が殺された最たる理由となったであろう彼の代表作を読み直していた。それは平城宮跡最寄りのシティホテルに予約のとおり、午後三時にチェックインしたあとも、シングルベッドの上で行われた。私は赤ペンで幾筋も棒線を引き引き読書に没頭した。昼食も夕食も忘れ、読み終わったのは日付が変わった深夜だった。
 私はカップラーメンでも食べようとロビーの自販機へ、財布とカードキーだけ持って向かった。ぶらぶらとホテルのくすんだ赤絨毯を歩きながら私はとりとめのない思考を遊ばせる。彼が息を引き取ったI病院はこのホテルから直線距離で1キロの場所にある。明朝、私はその病院に赴く予定だ。そこで彼が暗殺された手がかりを得たい。
《われわれがポンペイを灰で沈めたのだ。われわれがリスボン地震を起こしたのだ。われわれがガス室でユダヤ人を大量死させたのだ。われわれが南京で中国人を大虐殺したのだ。われわれが広島と長崎に原子爆弾を投下したのだ。われわれがこの手で犯したのだ。これらすべての共犯者はわれわれなのだ。》
 これが私見では井伊の最後のオリジナル小説の結びの言葉である。この小説の題名は『アポカリプス計画』という。人工的に〈ヨハネの黙示録〉を引き起こす計画に取り憑かれた国際的テロ集団と一外交官との国を跨いでの攻防・情報戦がメインストーリーとなる。前掲の言葉はその外交官メンディスの世界に対する呪詛の言葉であった。メンディスの辞世の句でもある。そうメンディスは最後に自殺するのだ。私は当初、井伊は肺病の悪化を忌み自ら死を選んだものだと疑った。しかし井伊は間違いなく暗殺された。やつら、〈アンメサイア〉に。
〈アポカリプス計画〉を実行しようと企む〈アンメサイア〉は架空の団体ではなかった。井伊はこの小説を書くうえで数ヶ月間海外を飛び回った。そこでの取材をもとに『アポカリプス計画』は書かれた。私がいいたいこと、それは井伊の告発文書ともいえるこの小説に怒った〈アンメサイア〉が報復処置のために井伊を暗殺せしめたわけだ。まったく嘘のような本当の話なのだ、これは。つまりこの事実に行き当たったこの私にも危害が及ぶ可能性は多大、いや確定である。急がねばならない。だがしかし、いまはこのカップラーメンを手っ取り早くがっつくしかないのだ。
 次の日の朝早く、私はホテルをチェックアウトした。身の危険を覚え、できるだけ同じ宿泊施設に連泊るすことは避けようと思ったわけだ。私はI病院へ向かうまえに匿名の情報提供者に会うために待ち合わせ場所に指定された奈良公園に赴いた。病院とは反対方向だった。タクシーを使うべきなんだろうが私の資金は枯渇していた。歩いていくしかなかった。ぶっちゃけ今日は野宿でもいいとさえ思っていた。
 待ち合わせ場所の鏡池の畔には、ほっそりとしたシルエットで、フードを目深に被った中年男性が杖を衝いて立っていた。彼は腰を屈め、私だけに顔を見せるようにフードを上げた。誰だろうそのひとは井伊だった。
「俺は死んでない」開口一番、彼はそういった。「やつらは返り討ちにしてやった」彼は私から後ずさった。
「見ていろ。これからやつらを筆一本で成敗してやる」
「手伝わせてくれ」私は迷わずいった。「おお」彼は一瞬ひるんだが、私のほうへ杖を衝いて歩み寄った。
 私と彼は久々の再会を祝し、積もる話を胸に抱え、手持ちぶさたから大仏殿へとおもむろに向かった。
「腹減ったな」
「はい」 
 

(2019)

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