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僕の夢物語4 幸運なる日々4

 温泉に浸かり、眼下に広がる夢野湾を見下ろしながら、後輩の友野と谷口吾一を待っていた。
 7時の約束だったが、久しぶりに夢野国際ホテルの温泉に浸かることにして、1時間ほど早く来て、このホテルの名物である夕景の海を見ていた。
 約束の時間が近づいてきたので、温泉から上がり、2階の和室に向かう。
 すでに、2人は到着しており、上座を開けて僕を待っていた。
 「お待たせしました。」と僕が声をかけると
「忙しいところ時間を取ってもらいありがとうございます。」と谷口吾一が言葉を切り出した。
 「いやいや、退職して、忙しいこともなく、時間を持て余しているんですよ。」と僕は苦笑しながら、座布団に腰を下ろした。
 すでに並べられている料理を前に、後輩から簡単に谷口吾一の紹介を受け、運ばれてきたビールで乾杯した。
 4か月ほど前に夢野市にやって来た谷口吾一については、僕も関心を持っていたし、これまで夢野市にはなかった規模の会社を設立するというので、退職間際であったが、市の幹部として有難く感じていた。
谷口吾一は、後輩の友野の大学の友人ということで、忌憚ない紹介をしてくれた。
 友野は、この夢野市を理想の町にしようと市役所職員としてだけではなく、民間の仲間とともに町づくりの組織を立ち上げ熱心に活動していた。僕も大学の後輩で有る彼を優秀な職員の一人として期待していた。
 「ところで今日はどういう用向きだい?」と友野に聞いた。
 「実は、先輩に谷口吾一のブレーンとして、夢野市の町づくりに加わってもらいたいんです。」
 唐突な申し出に少し戸惑いながら僕は後輩の言葉を待った。
「谷口は、会社経営だけではなく、この夢野市を今の衰退した状況から活性化させていきたいと考えています。そのため街づくりの分野の責任者として、プロジェクトチームを指揮してほしいんです。」
 友野は、力を込め、谷口吾一がいかに真剣に夢野市の町づくりを考えているか熱弁した。
 僕も夢野市の疲弊していく現状には危機感を持っていたし、現役の時はそれなりに力を尽くした思いは有りながら、どうにもならない閉塞感に苛まれていた。夢野市の活性化には同感であるが、いまさら会社勤めなどするつもりは毛頭なかった。
 「話はよく分かるが、僕は、ゆったりと自分のしたいことをして過ごしていきたいんだ。」とやんわりと申し出を断った。
 友野はその後も夢野市の活性化について熱心に話をつづけた。僕と谷口は、並べられた料理を食べながら、ビールを口に運んでいた。
 段々に酔いも回ってきて、
 「実は、退職し自由な時間ができ、毎日楽しいんだが、どこか寂しさとやりがいの無さも感じているんだ。」
ポロリと本音を漏らした。
すかさず吾一は、
 「先輩、ぜひ私に力を貸してください。先輩の活躍は友野からも聞いています。老後の楽しみはもう少し先延ばしにして、私と一緒に夢野市の活性化のために働いてください。」と切り出してきた。
 それまで口数の少なかった谷口が、絶妙のタイミングで言葉に力を込め、切り込んできた。その熱意と迫力に、無下に断ることもできず、どう答えるか逡巡していた。
 ビールを飲みながら思いめぐらしている當にその時、脳裡の内に女神が現れ、大きく頷いた。
数刻の後、僕は腹を決めた。
「僕でよければ、大したことはできないが、協力させてもらうよ。」と答えた。
 谷口はさっと手を差し出し、僕の手を力強く握り、大きく手を上下させながらにこりと微笑んだ。
 まんまと2人の話に載せられたのではあるが、僕も悪い気はしていない。むしろ退屈な時間を埋めるチャンスをもらったことに感謝していた。
 老いに直走っていた気持ちは消え去り、もう一度現役として、ひと頑張りしていこうと漲る気力の満ちてくるのを感じ、気持ちは高揚していた。
 その後も3人で夢野市の将来について語り合いながら酒を酌み交わし、大いに盛り上がった。
 意気投合した3人は、タクシーに乗り込み夢野市街のクラブに向かった。

僕の夢物語4 幸運なる日々5 に続く


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