延藤 直也

珈琲をつくっている。詩を書いている。

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最近の記事

砂時計

砂が落ちる のを止めることはできず ただぼんやり と眺めるまま 砂が落ちた分だけ 夜の暗さは深く濃くなり 月明かりがより鮮明に 空に佇む 静かな夜に読んだ 表紙が色褪せ 幾つかのページの端は折れ 鉛筆でメモが書き残された 古い小説は とても苦かった

    • 深夜コンビニ前

      深夜コンビニ前の車道を 空車マークのタクシーが 数台続けて通り抜けて行く 後を追うように 夜風が吹き抜けて 駐車場脇の葉桜が揺れる 見えない月を探しに 曇った春の夜空を 駆け巡る

      • 谷間

        微睡みの谷間を 朧月みたいな淡い光が 灯す 山に棲む 鹿の親子や 杜鵑の夫婦や 孤独な狼が 光に誘われて 谷間に降りる そこに集う動物たちの呼吸が 交錯し分離しまた交錯する 永遠のような一瞬が過ぎて 動物たちは元の住処へ帰る 淡い光に照らされた 大きな杉の木の影が 佇む

        • バルコニー

          陽がゆっくり歩くのと同じ早さで 風が隣を歩く 蜂の羽音が微かに聞こえるバルコニー 物干し竿に掛けられたシャツの皺が影に映る 朧げな陽光が 朝と小鳥とわたしを眠りへと誘う

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          食卓

          花瓶に挿されたチューリップ 読みかけの文庫本 二つ仲良く並んだ湯呑み 食卓を雑多に彩るそれらの影が 窓から通り抜ける風にゆらゆら揺れる

          春色に塗れる

          草木の匂いがそよ風に抱かれて 開いた窓からふんわり薫る 春の陽光がカーテンに包まれて 窓の桟に落ち着く 小鳥が薔薇の木に降りて 狭い空を見渡す 桜の花びらが地面に落ちて アスファルトが春色に塗れる 日常の節々が温度を持って 生命が芽吹く

          春色に塗れる

          「眠っている人の数だけ星は輝くの」 と亡き祖母に春の夢の中で教わってから 星になるために 誰かの道を助ける星になるために 夜になると同時に眠りに就く 目一杯に輝くために部屋を真っ暗にして

          何もなかった日

          何もなかった日なんて一日たりともないのに ほとんど日々が何もなかった日として過ぎていく 散り終わりの桜の木を眺めた日や 曇り空の下で汚れた靴を洗った日や 昼間の空いた電車内で詩を読んだ日が 記憶と記憶の狭間にゆっくり融ける なんでもない一日が終わり なんでもない一日が始まる

          何もなかった日

          思考より先に感情が 喜怒哀楽に類さない 感情が五臓六腑から 湧き出て血管を巡り 毛穴を通り滲み出る 過去の記憶と今この瞬間の思想が 交錯し形を作る 正方形や菱形や楕円形などに変形しながら やがて融ける 今ここに立つ 今がここにある

          雨後

          駅に続く道の土水で濁った水溜まりを ひょいひょいと大股で飛び越える 擦り減って薄い靴底が地面に着地するごとに 足裏に水を感じる 湿った靴下の気持ち悪さを拭えず いっそのこと水溜まりに靴ごと浸かりたくなる 冷めたお風呂みたいな温度の湿った風が 歩く道を一瞬で横切る 改札前に忘れられたビニール傘の先端から 雨水が漏れ出す

          川岸

          桜散りゆく川岸 夜を映す水面に花びらが着水して 流れのままに流れる 濃淡の桃色が 月明かりに照らされて 仄かに輝く 夜が境界線を消して あらゆる物事がひとつになる 時間が少しの間止まり また緩やかに動き出す

          春、夜、星々

          夜の向こう側で輝く無数の星々は そのほとんどがスクリーンに映し出されることなく ほんの幾つかの星だけが夜に映し出される 夜に映し出されない ほとんどの星の 形や色や温度を知らないまま 知ろうとすることもなく 開いた目を閉じる 私と夜の間を 湿ったぬるい春風が吹く 青い月の光が延びて 桜の花びらが散る

          春、夜、星々

          温かい季節

          駅前の高架下 温い春風が散りゆく花びらを追いかけて 吹き抜ける 道端の草花や細い用水路 虫を追う鳥や坂道を下る自転車 箪笥の奥のTシャツや昼と夜の間の夕方 あらゆる物事が動き出す あるものは走り あるものは飛ぶ あるものは回り あるものは昇る あるものは得て あるものは立つ 動き始めた世界 熱を帯びる季節

          温かい季節

          夜を泳ぐ

          深い夜 歩く道を照らすのに必要以上の光が 街を切り裂く 暖かな月明かりは 夜風に吹かれて 底へと沈む 沢山の灯が見える 見えている 明るい方 灯の見える方へ 視点を合わせ視線を伸ばす 灯までの距離は縮まらない 夜が満ちて 冷たい夜の底へ沈んでゆく なんとか溺れないように 今までで一番暗い夜を必死に泳ぐ

          春の絵

          書斎の小窓から垣間見える 凛と佇む一本の枝垂れ桜 穏やかな朝の微風に 花びらが一枚ずつ其々揺れる 二匹の鶯が しなやかな枝に止まり共鳴する 薄い雲が枝垂れ桜の背景を やさしく撫でる 桜と風と鶯と雲で描いた春を眺めながら 詩を書く鉛筆の芯を削る

          流れ星

          昨日とほとんど同じような夜空 月の形だけがほんの少し違う 明日を思うこともなく 上映後の映画館のように静かな夜を眺める 名前の知らない星々の間を 瞬く流れ星 祈りも願いも持たない瞳が 流れ着く先を知っている