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【創作】『風に還る』

⭐︎ゲーム『Sky星を紡ぐ子どもたち』の二次創作(ショートノベル)です。
このページはSkyアドカレ2023参加記事になります。下記リンクより他の参加者さまの作品も、一日ずつプレゼントの箱を開けるように、お楽しみいただくことができますよ。
https://adventar.org/calendars/8533

私が心から愛したエリア草原連峰を舞台に、Skyでの自分を見つめ直すささやかなワンシーン、敬愛する案内人さんとの心の触れ合いを書いた創作になります。一言でいうと、「ヒゲイケオジは正義」ってこと(おわー急に下世話になったよ?)。

Special Thanks to 書庫番(@tosyonoko)様
この場をかりて素晴らしい企画をしてくださったことに全力のありがとうを!!


 この世界に生まれて久しい。
 空を飛ぶそのこと自体にもはや感動することもなく、毎日投げかけられるお題(デイリークエスト)と、単調な火種集めが続いている。
 友達との交流はこの世界においてプライオリティの高い活動だが、元来一人でいることが心地よい自分にとって常に傍らに誰かがいる状況は少々窮屈に感じることもあり一人で過ごすことの方が圧倒的に多い。
 つまり、僕はじわじわと…この世界との関係に、齟齬を感じつつあった。

 そんな頃、この場所に出会ったんだ。

 湿った匂いがする薄暗い洞窟を抜けた先にあるその場所。ザァァという風の騒めきに揉まれながら、狭い岩の隙間から出た瞬間、僕は目が眩んで足を止めた。明順応と共に視界を埋めた広大なパノラマ、目を引く奇岩、遠くに輝く白い峰。圧倒されたまままばたきも、呼吸すらも忘れていたが、次第に周囲にも焦点が合い始める。風に揺れる草を踏みながら歩を進めると、遠くで微かに鳥の声がする。
 人影はない。どこまでも見渡せるこの景色の中に、ただ僕だけが迷い込んだようにそこにいた。明らかに異物であるはずの僕だけど、それでも不思議と気まずさはない。きっと今、誰の目にも触れず、何の意味も求められないという事を僕は楽しんでいる。

 どれくらいそうしていたか…。
 ケープの隙間から忍び込んだ風が、そっと体温を盗んでいる…ひなたの草の匂いに満ちていたはずの景色がいつのまにか暮れなずむ茜色であることに気付いた。サラサラと乾いた草ずれの音が通り過ぎる。

「さむ・・・」

 ケープを肌に寄せると、それ自体もひんやりとしていて急に心もとない気持ちになる。帰るか…とつぶやいた自分に、どこに?なんで?と失笑する。どこに行っても、人、人、人。仲良くじゃれあう姿や、親しい者同士の特別なコミュニケーション、手をつないで空に描く軌跡。僕が触れるには、美しすぎる。
 誤解のないように言っておくと、嫌いなわけじゃない。ただ、とても下手だから。うまくやろうと努力することで成立する事柄から、逃げたくなってしまう。

「キミ」

 不意に背後から声がして、心臓が跳ね上がった。(実際体も少し、跳ね上がったと思う…)
 振り向くとそこには、豊かな髭と、豊かな腹をたくわえたおじいちゃんが立っていた。精霊…さん…? テンガロンハットに眼鏡…変わったいで立ちだが、警戒する僕をよそに、話しかけて来た。

「そんなところにいたら冷えるだろう。こっちに焚火があるからあたりなさい。」

 断ることもできたけれど、少し冷えた身体を炙るのもいいか、と、先を歩くおじいちゃんについていく。
 草を踏む二人分の足音を聴くともなしに聴いているうちにほどなく、大きな岩をひさしに構えた焚火が見えてきた。

「ここはねえ、夜も美しいよ。あぁ、もちろん朝もね。いくらでもいたらいい。キミの重たい荷物を降ろしきるまでね。」

 僕は顔を上げた。振り返って僕を穏やかな眼差しで見るおじいちゃんと目が合ったけれど、しかし最後の言葉の意味がすぐ理解できなかった(もちろん僕はたいした荷物なんで持っちゃいない。背中の小楽器くらいなものだ。)。無言のまま並んで焚火の近くまで来てようやく、オウム返しにつぶやいた。

「荷物・・・。」

 僕の鼻腔を焚き火の薫香がかすかにくすぐる。ゆっくりと振り返ったおじいちゃんは僕の言葉が聞こえなかったのか、それを無視して訊ねた。

「あたたかいミルクと、あたたかい果皮茶、どっちにするかね?」


 おじいちゃんがいう通り、夜も美しかった。
 広い星空はいうまでもないが、闇に翻る白い鳥の翼や、近く、遠く、やわらかく擦れる草の音。それらを見るでもなく聞くでもなく焚火で背中を温めていると、僕はいつしかウトウトとしていた。

 たきぎが崩れてはぜる音にふと覚醒すると、薄く開けた目に白い光が刺さった。意識がはっきりとして次第に像を結んだそれは、遥か遠くにそびえる尖峰の白い頂が朝日を受けて凛と輝く姿だった。うぁ…とか、なんとか、声にならない音が自分の喉から出て自分で驚いたが、それを胡麻化すように身を起こして服に付いた砂を払う。
 肌寒さはあるが、清廉な空気が心地良い。焚火を守る頭上のひさし岩に登ってみた。とりあえず、胸いっぱいに空気を吸い込む。ひんやりとした空気に鼻の奥がツンとした。見渡すと、向こうに川が見える…朝日を受けてそびえたつ一本の奇岩も気になるな。時折風が波のように草を揺らして通り過ぎた。そしてそんな景色においてなにより、あの白い頂が、僕の意識を釘付けにする。何かが、ある。そう思った。

「おぉい」

 足下からののんきな呼び声は、おじいちゃんだ。
 岩から飛び降りて声の主の姿を探す僕の方へと歩いて来たおじいちゃんは、ぼくに向かい合うと手に持っていた丸い木の板?を僕に差し出した。目の前にもたらされたそれは、サンドイッチとりんご、そしてミルクのカップが載った木皿だった(僕が小さいから見えなかったわけじゃない。おじいちゃんが大きいんだ…)。

「さぁ、これを食べたら、一仕事しようじゃないか。」

 おじいちゃんはさも当然のように僕に笑いかける。何をするつもりだろうという不安が少々。しかし自分でも意外だったのは自分自身に…このおじいちゃんに対する不信感が全くない事だった。

 そういえば…

 シャクっと小気味いい音をたててりんごをかじると、酸味の強い果汁が口いっぱいに広がった。それを楽しみながら、思った。僕は昨日から、一本のキャンドルも灯していないし一つの闇花も焼いちゃいない。それもそうだ、このあたりにはそれらしいものが無いんだ、できるわけもない。それどころか、僕のケープは空を飛ぶためのものではなく、ただの皺の付いた埃っぽいブランケットになっているんだから…笑ってしまう。

 果たしておじいちゃんのいう「一仕事」とは、この景色を、生き物を、カメラに収めるという事だった。
カメラをのぞき込むと、まるでその景色に特別な意味があるような気になる。ボタンを押せば、何とも小気味良いシャッター音と、手に伝わる微かな振動…そして切り取られたストーリー。おじいちゃんはたまにふらりとやってきては、満足げな顔をして去っていく。ひとしきりこの周囲を散策し終えて成果を持ち帰ると、おじいちゃんは写真を見て少々オーバーなほど喜んだ。そして僕の方を見て破顔すると、

「この腕を見込んで、ひとつ難題を頼みたいんだ。」

 と言った。聞けば、あの雪に覆われた白亜の峰の頂で僕の写真を撮っておいでという。

「わしもむかーし、登ったことがある。キミのように飛ぶことはできないから、もちろん歩いてだ。キミはどうだ?」

 すこしいたずらな仕草で僕の目をのぞき込む。面倒なことを言うな…というのが正直な感想だが、これはひとつ乗ってみようと思った。おじいちゃんの作るサンドイッチが美味しかったからね。

 山のとりつきまでは、川沿いの景色を案内してもらって進んだ。マナティの群れがいたり、小さな滝があったり。ほどなく、ごうごうという水音とともに随分と落差の大きい滝が視界に入った。これだけ離れていてもひんやりとした風が波のように流れてくる。瀑布というに相応しいスケールに、僕がぽかんと口をあけてみていると、おじいちゃんがぼくの肩に手を置いて言った。

「さあ、行っておいで。戻ってくるのを楽しみにしているからね。」

 登り始めはよかった。駆けるように高度を稼いで、あっという間にあたりが雪で白くなった。
 しかし程なくして強い後悔に襲われた…。足が滑る。風が強い。そもそも、傾斜がきつくて周囲が見えないし、山頂に辿り着くルートがわからない。自分の足だけを見てザクザクと雪を踏み、風に抗いながら進んでいたら…うっかり滑って落ちた。首から雪が入って背中に冷たい刺激がはしる。もうダメだ、バカバカしい。飛ぼう。そのためのケープだ。

「!!」

 なんと、飛び上がった瞬間に風に煽られて転げ落ちた。もう一度強引に羽ばたくも、急傾斜の斜面に体をこするようにいくらか登っただけだ。今どのあたりなのか、見回したくても余所見をする余裕もない。とにかく風がビョウビョウと音を立てて僕を拒む。こんなところを登るだなんて、あのおじいちゃんは一体どんな試練を僕に課したいのか…。恨み言が脳裏に浮かんでは消える。あっという間にケープも力を失った。
 何をやってんだ僕は…。何の得もないこの登山、滑稽ですらある。あぁ、とうんざりした顔で見上げたその瞬間、何かが雪の張り付いた岩の向こうで輝いた。ぐったりしていた足にもう一度力を入れて、その光へと向かっていく。一歩、そしてまた一歩。そして顔をあげるとこそには光の子が立っていた。

 こんなところで…という気持ちと、これが地獄に仏か…という気持ちとが交錯したが、ひとまず近づいて手を差し伸べる。光を失っていたケープに、力がみなぎる。そして、視界を巡らせると

「山頂…!」

 狭い狭い、雪の足場…、そこは紛れもなく山頂だった。
 足を取られながらも崖に近づくと、不意に視界が開けて、そして僕は全身が目になったように、眺望した。

 すべて。

 昨日からの僕の、全てがそこに、あった。
 またたきすらも忘れて、ミニチュアのように小さく見える眼下の景色を、ただ、ただ開いた目に映していた。昨日まで見上げていた雲がずっと下にあり…その遥か下に…。そこに、昨日までの僕が見える気がした。

 刹那、足下からそれはまるで巨大な塊のように、音を立てて吹き上がってきた、風。
 すっかり油断していた僕は目を瞑ることも忘れて、その風に叩かれた、その一瞬のことだ。

 思考も追いつかない、その瞬間。髪が暴れ身体が揺れるほどの強い風に叩かれて、僕は僕の輪郭を残してまるで容れ物から中身が抜け落ちるように、空っぽになった。澱んだ不透明な何かが詰まっていた僕の頭の中は今や思考することを忘れたみたいに真っ白だ。抗いようのない大気のうねりが、それまでの僕を空高くへ吹き散らしてしまったのかもしれない。僕は思わず自分の手足が変わらずあることを確認してしまった。
 それくらい、驚いたんだ。

 麓から見上げていたこの山は、この為に僕を呼んだのだろうか。頭でっかちになって(それは自覚があった)『重い荷物』とやらを背負いこんで、うまく飛ぶこともできなくなった僕を。

 不意に、体が前に、動く。
 足先が、崖の縁を蹴る。
 ふわり、と体がどこにも拠らなくなり、軽く、軽く、浮き上がる。
 そして一呼吸を自由落下に任せていたけれど、大きな滝とその滝つぼを視界の端に認めて一気に滑空姿勢で降下した。指先が空気と擦れて明るい軌跡を描く。一直線に降り、飛沫をあびる水面ギリギリで身を翻して浮上する。そのまま力を込めて羽ばたきながら川面の煌めきを体に受け、マナティたちの鳴きかわしを追い越して、飛んで、飛んで、飛んだ。

「…もっと…!」

もっと、何だろう。もっと速く?もっと遠くまで?もっと……もっと僕はどうしたいんだ?

 …そうか。人と関わる事や、毎日のルーチンに惓んだわけじゃない。自分が〈どうしたいか〉を見失ってたんだ。

 そんな、簡単なことなのに。

 飛びながら、思った。この軽い今の自分の中に、まるでアルバムの中の写真のように、昨日までの僕や、僕の思いや、僕の見ていた景色がある。それは、少し気恥ずかしいことだけど…僕は、僕をほんの少し知ることができたのかもしれない。

 焚き火まで戻ると、おじいちゃんが手を振って迎えてくれた。そしてその時に気が付いたんだ。

「写真とるの、忘れちゃった」

 おじいちゃんはふふ、と笑ってお茶を淹れてくれた。温かい湯気が揺れるお茶を、手渡しながら

「一期一会だよ。」

 おじいちゃんは言った。

「それはね、もちろん見ず知らずの誰かとの出会いに向けての言葉でもある。でももっと大切な、キミ自身との出会いに向けた言葉だよ。」

 僕が、僕に会う。
 クサいセリフにしか聞こえないそのフレーズも、今の僕には痛いほどわかる。

「キミが笑う時、頑張る時、悲しい時…それに寄り添うキミが居てあげてもいいんじゃないかなと、わしは思うよ。『よぉ、気分はどうだい?』ってな。簡単だろう? なに、そんなに変な顔をしなさんな。」

 僕は僕に、そんなふうに優しくできるだろうか。さっきの魔法のような瞬間を、自分をまっすぐ見つめられる瞬間を、自分が本当に思う事を、恐れずに。

「大丈夫だよ。その勇気がでない時には、またここへおいで。そのカメラがあれば、ここを思い出せるだろう?」

 僕は浮かんでは消える言葉の断片を何一つ口に出せないまま、湯気の落ち着いたカップを両の掌で包んでいた。
 じきに夜が来る。黙りこくった僕から視線を空にうつしたおじいちゃんにつられて僕も見上げた。夕暮れの高い空を、星の子が飛んでいるのが見えた。僕はなぜか目を細めて、その飛行機雲が長く引く様子を見ていた。


ここまで読んでいただいたあなたへ、心からの感謝を!
⭐︎⭐︎I wish you a Merry Christmas!!⭐︎⭐︎


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