地には平和を、または新宿ハトぽっぽウォーキン

ハトといえば平和の象徴。

という刷り込みが抜きがたくあるものの、あらためて考えてみると、なぜそうなのか、理由はよくわかりません。こういうとき、自らの知識不足を実感しますが、それを補ってくれるのが我らがインターネットでして、さっそく検索してみると、国立国会図書館が運営する「レファレンス協同データベース」に行き当たりました。

「ハトが平和の象徴という理由を知りたい」という質問を投げかけたのは小学生。好奇心旺盛で頼もしいかぎり。回答は岡山市立中央図書館。

聖書の中の「ノアの箱船」の語にもとづいている。ノアの洪水のあとに、陸地がでているかどうかを知るためにハトをはなしたところ、オリーブの若葉をくわえてもどり、水がひいたことを教えたという。キリストは、〈ハトのごとく柔和なれ〉と遺訓した。

さて、新宿をふらふら歩いていると、ところどころでハトの意匠を見かけます。ここにもあるし、あそこにもあった、そういえば、たしかむこうのあたりにも……といった調子で、うろおぼえながら記憶をたどっていくと、とりあえず7つほどあることが判明。七福神巡りにならって、新宿ハトぽっぽウォーキン開始です。

まずは西口から。なんといっても外せないのが、京王百貨店の「ハトの包装紙」。1964年ソール・バスがデザインを手がけました。パブロ・ピカソに依頼する案もあったようですが、ソール・バスもまた、第一線で活躍していたグラフィックデザイナーで、いまなお多くのデザイナーから尊敬されています。映画ファンにはめくるめくタイトルデザインの仕事が有名ですね。

つづいて新宿西口ハルク。1階の台湾ティーカフェ「ゴンチャ」の前にはいつも長い行列ができていますが、人気のタピオカミルクティには目もくれず、そのさきにある「珈琲ピース」のガラスウィンドウを眺めます。なんとここは、同名の煙草に描かれた「オリーブの葉をくわえたハト」を大胆にレイアウトしているのです。ピース発売は1946年。1952年にインダストリアルデザイナーのレイモンド・ローウィによってリニューアルされ、日本のデザイン史に燦然とかがやくパッケージがうまれました。

こんどは小田急百貨店本館地下2階にくだります。鎌倉に本店をかまえる豊島屋の支店があり、売り場正面には「鳩サブレー」の愛らしいマークが掲げられていてなごみます。鳩サブレーは1894年の創業時からつづく商品。このバターたっぷりのビスケット菓子も、もちろんハトのかたちをしています。

さて、地下のメトロプロムナードをとおって、東口方面にむかいましょう。地上に出るあたり、ルミネエスト新宿につながる通路に、いろどりあざやかなタイル画があしらわれており、片側の壁にはモザイクでかたどられたハトたちが月と太陽のまわりをのびやかに飛びまわっています。これがじつにていねいな仕事で、ついつい見とれてしまうのですが、気をつけないと通行人の邪魔になるので要注意。銘板に「佐治正 作」とあり、どうやらこの方は高名な工芸家らしいのですが、詳しいことはわかりません(いずれ図書館で資料を探さなくては)。なお、もう一方の壁には熱帯魚を思わせる魚の群れが泳いでいて、通路のゆるやかなカーブと相まって、全体としては端正なデュオ演奏を思わせる空間となっています。

ルミネエスト1階にあがります。ここに「はとバス」の新宿営業所があるのですが、しかしハトの姿はどこにも見当たりません。いや、いました。はとバスの頭文字である「H」と「B」を組み合わせたロゴマークのなかに、こっそり姿を隠しているではありませんか。なんというわかりにくさ。ハトハンターであるわたくしですら、うっかり見逃すところでした。あっぱれ。待ち合わせで時間を持てあましている方は、パズルよろしくハト探しをするのも一興かと。

新宿通りを抜け、世界堂脇の十字路を左に曲がり、しばらくすすむと靖国通りと交差します。その一角にたたずんでいるのが「交通安全の誓い」の銅像。これは1996年、四谷交通安全協会の創立50周年を記念して建てられたもの。中学生らしき少年少女がリボンをくわえたハトたちをしたがえ、無表情のまま両手を広げていますが、最初に目にしたとき、これがどういう状況なのか判然とせず、「この子たち、もしかして、手品の練習でもしているのかしらん……」と思ってしまいました。

最後は靖国通りを歌舞伎町方面に歩いていきましょう。めざすは新宿区役所。建物の正面に掲げられた「平和の灯(ひ)」は、核兵器の廃絶と世界の恒久平和を祈念して、1988年に設置されました。このちいさな炎は、広島市平和記念公園の「平和の灯」と、長崎市平和公園の「誓いの火」を合わせたもの。物言わぬ2匹のハトが、ゆらめく灯りにそっと寄り添っています。

Peace on earth、地には平和を。

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