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同人文化という金脈で『スコップを売って』一山当てたいならこれくらい知っとけという話

「同人誌も電子化しちゃえばいいのに」というツイートが(何度目かの)反響を呼んでいるようで、自分のTLでもさまざな意見を目にします。そこにデジタルコンテンツにうるさい私がやってきましたよ。

2020年8月29日追記。

・こちらは2018年に公開された記事です。特に2020年のコロナ渦における同人誌即売会の苦境、ネット配信の需要増加には対応できていない内容です。

・この記事の主題は「これから同人文化と電子書籍やネット配信の関係を発展させるたいと思うなら、(2018年時の)現状を伝えるからたたき台にしてくれ」です。
様々な側面を並べて俯瞰することが主旨であり、一つの結論に達するための記事ではありません。

以上をあらかじめご了承のうえ、読み進めていただけますと幸いです。

だいたいそういうこと言い出す人は「お前は本当にこの文化のことわかってるのか?」と感じること多々で、今回もまさにその点が引っかかって拡散されているのでしょう。

せっかくなんで前々から一同人者として感じていた「同人文化という金脈で『スコップを売って』一山あてたいならこれは知っとけ」という話を書いていこうと思います。

タイトルの元ネタは「ゴールドラッシュの時代に一番儲けたのは、金脈を見つけたやつじゃなくて、入り口でスコップを売っていたやつ」という逸話からです。同人誌を執筆する身としては、便利なスコップが増えることは本質的には歓迎します。本質的にはね。

なお、以下の記事はR18コンテンツへのリンク・紹介も多数含んでいることを予めご了承ください。

同人誌のデジタル販売サービスは既に普及している

まず「同人誌も電子化しちゃえばいいのに」という話を始める前の大前提として、同人誌のデジタル販売サービスおよびその市場はすでに存在しており、なんなら活況を極めている市場である、という説明から。

同人誌の電子化普及を願うなら、現状では何があって何が足りてないのかを見極めるための参考にしてください。

デジタル同人・DL同人とも呼称されるこの分野のパイオニアかつ、現在も市場トップとして上記2サービスが有名です。DLsiteは1996年から、旧DMM同人も少なくとも2000年初頭からサービスインしています。いずれも約20年近い歴史があり、Yahoo!Japan(1996年)に匹敵するインターネットサービス超古参です。

またこれに続いて、近年では委託書店でも有名なとらのあなメロンブックスなども電子媒体の販売に力を入れています。

特に黎明期からあるサービスの特徴としては、モニタ閲覧用に解像度を落としたJPGをZIPでまとめて購入後にダウンロードしたり、PDFで販売するなど、デジタル形式としては非常に原始的な方法で販売されることがいまだ多いです。現在の電子書籍形式の主流であるEPUBが普及する前から、こういったストアサービスが存在していた名残ともいえるでしょう。

「ZIPでくれ」というおおらかな形式ゆえに、中身は出版物を前提とした画像形式以外にも、紙芝居の原理で展開するCG集、MP3による音響・音楽配信、ゲームの実行ファイルなどもメジャーな販売物です。

またそういった特性ゆえにか、DL同人市場には即売会文化とは異なる独自の流行があります。

即売会の代名詞ともいえるコミックマーケットにおいては、参加サークルの約半数がなにかしらの原作をもつパロディ作品、いわゆる「二次創作」ジャンルに属しています(参考・コミックマーケット94の二次創作人気調査&pixivデータで次回予想) この傾向は赤ブーブー、コミック1、ガタケットなどが展開する、国内の大規模オールジャンルイベントにおいても同様でしょう。

一方で、DLsiteの2018年版年間ランキング(全年齢版)を見てみると、二次創作が少なく人気作の大半がオリジナル企画が多いことが見て取れます。R18版ランキングでは二次創作の割合が増えますが、やはり上位を多数占めているのはオリジナルの企画です。

またDL同人と即売会型の同人文化では、扱っている内容・傾向も異なります。

コミックマーケットにおいて、成人向けを主とするサークルは全体の約3割といわれていますが(注1)、DLsiteで販売されているマンガ作品の点数は、執筆時点のR18版では「61318点」、全年齢版では「15660点」と圧倒的にR18作品が多いです。また旧DMM同人ではR18側にだけ同人コーナーがあり、いまだに全年齢コーナーがありません。(注2)

じゃあそれだけ異なっているなら、同人誌即売会文化の同人とは別物なのでは、というとそうでもありません。

即売会などで成人向け同人誌を発行するサークルは、「即売会で初出させ、DL同人サービスにも並行して販売する」といったスタイルが定着しており、サービス内でも特定イベントで発行された作品をカテゴライズさせています。

大手の商業出版社が推進する「書籍と電子版を並行して販売する」という形態が、成人向け同人においても一定の定着をしているともいえるでしょう。またこれらとは逆向きに、DL同人サービスを主として活躍するサークルが、設定資料集やROM版の販売フィールドを求めて同人誌即売会に参加する姿も多数見受けられます。

即売会とデジタル配信サービスは互いに独自路線を持ちつつ、全く無関係ではなく、相互に強く作用しているわけですね。

またDL同人市場の特徴として、営利企業が企画・制作する美少女ゲームや、出版社が発行する成人向けコミックが同じサービス内で展開されていることが挙げられます。

「同人と営利企業」というと相反するもの、もしくは「営利企業=権利者・同人=二次創作で権利者から見て立場の弱いもの」という二元論で考えがちですが、企業と個人がほとんど区別なく並んで販売されるDL同人においては、その境界は非常に曖昧です。

これは単に「同人で見つけた人材・企画を商業にピックアップする」という以上に、「同人と営利企業の市場そのものが混ざり合っている」といってもいい状態だと思います。

似たものとして、コミックマーケットや赤ブーブー同人誌即売会で見られる企業ブースがありますね。コミケを始めとした主とした同人誌即売会は、法人格は企業ブースという形でサークルとは別区画で出展します。

現在はテレビアニメ制作会社や地方自治体、IT企業など多彩なブースが出展する一角ですが、2000年代初頭は美少女ゲームメーカーが占めており企業ブースといえば当時の印象が強い方も多いのではないでしょうか。今ほどコミケが世間から注目されていない時期から美少女ゲームメーカーは積極的に関わってきた歴史もあり、成人向けコンテンツ業界においては同人と商業はネットの内外に関わらず、近く、そして長く影響しあっている関係でもあるともいえます。

DL同人に話を戻して。

こういった長い歴史と様々な取引先と提携した結果、DLsiteを運営する株式会社エイシスは年々業績を伸ばし、90億円を突破(参考・業績情報)しています(旧DMM同人はサービス個別の業績資料は見つけられず)

また作品単体でも企業が制作するヒット作以外でも、近年では個人製作ゲーム「奴隷との生活 -Teaching Feeling-」が2015年10月リリースされた後、翌年6月までに累計DL数が10万本を超えました。

このようにDL同人とは、プラットフォーム自体が活況かつ、インディーズ作品でも大ヒットが見込める市場になっていることがわかります。

じゃあ同人とデジタル配信て超相性がいいのか? というとそれもまた一概にはいえず……例として、今年5月に終了した赤ブーブー通信社が主催していた「電子同人誌頒布サービスNAVIOプラス」は、イベント主催の公式ウェブカタログに紐づけた+所定の印刷所に入稿することで自動的に電子版を作成し+ストリーミング配信でこっそり閲覧できる、とおおよそ思い付く便利そうな条件はそろっていましたが、あえなく終了。

同人文化においてもデジタル配信のさまざまな取り組みがあり、その中で栄枯衰退があって現状が形成されているのです。

(注1。コミックマーケットの「成人向けを主とするサークルは全体の約3割」については、ジャンルコード「創作(男性向け)」と「美少女ゲーム(実態としてアダルトゲームを原作としているため)」のおおよその合計値です。別コードで参加しつつR18を主として扱っていたり、大半の発行物は全年齢向けだが1作だけ年齢制限があるといったケースも多々あるため、計測方法次第では揺らぎのある数値であるとお考えください)

(注2。旧DMM同人の商品をよくみると、全年齢作品がまぎれておいてあるため、コーナーとして独立していないだけで取り扱いがないわけではないです)

同人文化は電子化しなくても別に困ってない

デジタル配信と同人文化を語る時に「商業出版と同じように、普及の必要性があるだろう」と語られる場合があります。その「急にあることになってるけど、必要性ってなに?」を考えてみたいと思います。

まず、しばしば「商業出版と同じように」などと持ち出されますが、そもそも商業出版において電子媒体は何で普及したねんと考えると、国内においては第一に90年代中ごろから今日まで慢性的に続く出版不況の影響が色濃くあるといえるでしょう。

出版業界は業界全体で20年近い構造疲労をおこし続け、売上は右肩下がり。制作から卸売、小売店に至るまで関わる全ての業態でジリ貧状態でした(現在進行形だけど…) そんな中で2010年ごろから高まり始めた電子書籍普及の機運、2012年にはAmazon Kindleストアの日本語版がリリース、同時期には国内でもdマガジンによる月額定額制読み放題サービスとしてびっくりするほど利益をもたらし、すったもんだあって出版業界は電子書籍ありきに大転換して現在があります。詳細は各自ぐぐれ。

ともあれ、国内の電子書籍の普及には「このままじゃ駄目だ」という意識が背景として強くあり、業界全体で収益を見込める新しいメディアに大転換したダイナミックな経緯があったことは確実でしょう。

一方の同人市場はというと、そもそもが大半がアマチュア作家のため、ここの収益があろうとなかろうと経済的に困窮しない人が大半です。コミックマーケットが2011年に作成した「コミックマーケット35周年調査 調査報告」の「第1章 総論: 参加形態による比較」の「職業」では、サークル参加者の非フリーランス・非クリエイティブ職・学生・主婦・公務員を合計すると約7割強にのぼることがわかります。

また文化規模としても、コミックマーケットのサークル参加は上限を超える応募が10年以上続いており、赤ブーブーのスーパーコミックシティ・スパークなどの1万サークルを超える大規模イベントでは、満了による早期申込終了も珍しくない光景です。近年ではオリジナル同人サークルに限定したコミティアでさえ満了になるケースも増えてきました。

現状の同人誌即売会文化とは、1000サークル以上の大規模イベントが2・3カ月おきに開催され、中小イベントであれば毎週どこかの地域で必ず開催されているような状況です(注3)

こういった活況ある土壌の同人文化に対して「(長引く不況を背景として電子メディアが普及した)商業出版と同じように、普及の必要性があるだろう」と説いたところで、当事者らはピンと来ないし危機感も煽れない、なんなら「電子用に入稿の手間が増えるだけなら、より楽しいと感じる方を優先しよう」という作り手の傾向が発生しうる、というのは実感していただけるでしょうか。

(注3。イベントのサークル申込数に限っていえば、必ずしも増加傾向だったわけではなく、現在のプチオンリーの定着・企業主催のオンリーイベント定期開催化などを経て現在があります。それはまた別の話……)

3万人が出す30部を扱う覚悟はあるのか

同人文化のデジタル配信は長らく手広く展開されている、そんな中であっても即売会基盤とした文化圏ではデジタル配信に積極的になる動機が薄い、という話をしてきました。即売会でやりとりされている同人誌を積極的にデジタル配信させ、さらなる普及を促すには相当な労力が必要だと想像つくかと思います。

ではそれらを前提に「たくさんの選択肢がある中で、なぜあえて即売会という一選択肢をとる作り手がいるのか?」という点については、以下のツイートが非常に本質を突いたものであると思います。

重ねて、「即売会の便利さ」についても加えておきたと思います。以下のツイートは今日の同人誌即売会の「流通路としての便利さ」をよくとらえた指摘だと思います。

改めて、同人文化とはアマチュアのコンテンツ文化です。たいていは一人、多くて数人が本業とは別途に制作し、広報し、流通させている文化です。よって回収の限界は低く、小規模にとどまります。

伝説的同人作家であり現役作家でもある高河ゆんさんは、著書「高河ゆん漫画家30周年記念本 30 ――までだと思っていた道は、まだ先に続いている(といいな) 」の中で「(80年代の活動期について)同人誌は多いときで5万部」と明かしています。なお、これは一度の即売会での頒布だけではなく、数回の即売会参加分や通販、また当時普及し始めていた書店委託を加味した数値です。

近年でも「中国嫁日記」をヒットさせた井上純一さんは、2000年代の自身の同人時代を振り返って「最大で1万部以上」と語っています(出典) こちらも即売会頒布以外に書店委託を通じた累計です。この他にも多数の人気作家・人気サークルはいますが、1種あたりで「万」桁が変わったケースはおそらくないと思われます。

一方で商業コミックスの現役日本トップの「ONE PIECE」は現在までの累計で4億部、「名探偵コナン」が2億部、「NARUTO」「ドラゴンボール」「ゴルゴ13」などは1億部台です。

同人文化は個人活動の範疇では非常に大きな市場で、利益率などからいっても作者個人への還元は高くなりうるポテンシャルはありますが、一方で表現物の届く範囲を考えると同人の天井と商業の天井では比べるまでもなく低いのです。

歴史的頂点の人たちでさえ数万部の世界で、有象無象のアマチュア作家が出せる数は指で数えられる範囲にとどまります。それこそ大多数の作家は即売会で30部も出せたら上々です。先にも出したコミックマーケット35周年調査では、過半数が100部以下、最も多数派を占めるのは50部未満のサークルです。

とはいえ3万サークル×30部と仮定しても90万部。物量だけならミリオンヒットに並びうる規模です。実際には大部数発行するサークルも多数あるのでそう頒布数の桁はさらに上がり(先述のPDFみてね)、物流は集い、人も注目も集まります。

世の中の大多数の本は潜在読者からいつどこでどう存在しているのかさえ知られていませんが、そんな中で同人誌即売会とは「あの日にあの場所に行けば、とにかくたくさんの本が販売される」と認知されています。イベントが開催されることそれ自体が世間に対する広報なのです。

イベントそのものに注目が集まる中で、平等に与えられた面積でアピールする。強い制限があるからこそ、実力差のある他者ともフラットでいられる環境でしょう(注4)

訪れる買い手は、出展者の大多数がアマチュア作家であることを大前提に、多少の拙さや歪さも飲み込んで、わずか数時間の間に光るものを見出そうする前向きな消費者です。購買意欲は総じて高く、客単価も高い。

そうやって、とても小さくしかし熱意あるものたちが寄り集まり、定期開催して認知を広げることで市場形成されたものが今日の即売会です。これは「30部しか頒布できない作家」からすると、代えがたい恵まれた発表の場なのです。

「サークルは30部頒布できうる」「その30部の本を求めて読者がやってくる」その合流地点である即売会とは、非常に豊かで恵まれた、利便性の高い成熟した土壌なのです。

こういった形態は、むしろ現在の音楽業界で世界的主流になりつつあるライブ・フェス文化に近しいと思っています。ライブは「複製品であるCDにはない、生の体験は代えがたいからお金を出す」とかいわれますが、その実態はチケット代金のみで成立するわけではなく「現地でグッズやCDを新たに買ってもらって客単価をさらに高める」ものともいえます。1000円の複製CDを10万枚売る構造から、1万人に計1万円ずつ支払ってもらう構造への変化です。

また即売会と同じく数千、数万人が集う場とは世間からの注目も集めやすく、開催したことでメディアでも大々的に報じられ、周辺環境にも移動や飲食などで利益をもたらします。収益の場であり、広告塔でもある。そういった複合的な理由から、ライブ・フェス文化および即売会文化は重宝されているわけですね。

ともあれ、即売会にとって代わる、もしくは匹敵する一大プラットフォームを目指すならまず「3万人の作家すべてが30部をだせるもの、その30部を求めて読者がやってこれるもの」が第一の条件ではないかと思うのです。

KDPを始めとした商業出版機構に根付いたセルフパブリッシングサービスでは、同人誌ですでに数千~数万部のヒットを抱えているいくらかの作家に更なる機会を与えることはできても、「30部」をだす作家3万人に「うちのサービスでは30部以上の頒布機会がありますよ」といえるほど成熟した潜在読者を抱えているか、全体をみればまだまだ疑問があります。

たとえば委託書店や同人誌印刷所などは、まさにこの「30部」という単位に向き合って発展してきた機構といえるでしょう。現在では印刷技術の向上によって数十部単位の超小数部発行が可能になり、委託書店の最低部数は数十部台です(審査があるので一概にすべて受け入れるわけではありません)

また営利活動そのものの構造的な仕様として、一定以上の品質があるものにより広いフィールドで広い潜在顧客にリーチさせ、さらに手広く売ることには長けていますが、そもそも見込み上限が高くなりようがないものに下駄を履かせるのには向いていません。アマチュア文化、および即売会とはそこで切り落とされた下層にこそ機会を与える、ゆえに独自の豊かさを保持している環境ではないかと思います。

今後発生が見込まれる新しいプラットフォームにおいて、散発的なヒットに留まらない現状の即売会文化に丸っと鞍替えするほどのものになってほしいと思うなら、下層を豊かに支える場があってこそその頂点では数万部をたたき出す作家が誕生するのである、ということを念頭において考えて欲しいと願います。

(注4。フラットなスペース環境というと、「いや壁大手とかあるやん」といわれそうですが、あれは狙い撃ちでやってくる買い手が多数見込めるゆえの配置なので、配置的には隔離されてます。現場でみると奥まってて見づらいです)

最後に

いろいろ書いてきましたが、それでも書ききれない様々な文化に即した流通や催事形態があり、今日の同人誌即売会は成立しています。決して、未発達で原始的なシステムの上に巨大な資本だけが循環しているものではないと考えています。

けれど、最初にも書きましたが「こうだから無駄無駄。あんたらが何をしたところで変わりっこないよ」という主張ではなくて、「やるなら最低限度このくらいは知っとけ」という激励のつもりです。

豊かな同人文化といえどもすでに独自の流行や定番があるため、そこにそぐわない作家や作風発露の場として様々なプラットフォームが盛り上がってほしい気持ちもあります。

実際に、特性を踏まえた試みも徐々に増えつつあります。

KADOKAWAが運営するBOOK☆WALKER個人出版部門ではコミティアなどの同人誌即売会にブースを出し、現地で同人誌原本を受け取って、もしくは郵送で1冊送ることで電子書籍化して配信するサービスを実行しています。

pixivが主催するウェブ販売会では2・3日の開催期間中に出展者を募り、ウェブ上でサンプル確認、そのまま販売する即売会形式をとっています。代表格であるAPOLLOは今年で9回目の開催という実績も積み重ねています。

有志が主催するものでも「創作同人電子書籍」いっせい配信企画では、初出が最も注目されるという現象に着目し、各々が散発的に配信するのではなく特定の日に配信日を重ねることで相乗効果を目指した企画です。

このように様々な立場で同人文化とデジタル配信の接続、普及に努める動きが出てきているのは確かでしょう。しかし、現実には電子販売の規模や人気傾向、平均的な品質面からいっても、さほど大きくない見返りしかないサークルとプラットフォームが大半でしょう。そんな状況で「電子版のためにまた入稿作業して!」と促しても、原稿は使いまわしとはいえなかなか腰は上がらないと思います。

また、この手のサービスを提案する側には、しばしばこの文化に関わる以上はまとわりつく権利の諸問題や成人向け表現などへの不安を軽視し、これまで培われてきた場への愛着に敬意を払わない発言があることも指摘します。それは、お前らが一発あてようとしている分野の潜在顧客や協力者を無下に扱ってるってことやぞ、とも書いておきます。

私自身、地方在住ゆえにテレビアニメはテレビで流れず動画配信サービスに感謝し、発売日どおりに本が並ばないので電子書籍に感謝しながら生きてきた身です。また、ここ数年はオリジナル同人で活動しており、同人誌を電子書籍でも配信してます。そういう背景もあって、まだまだ成人向け以外の分野においては発展途上なデジタル配信には頑張ってほしいと日頃から思っています。

最後に、同人に足を置きつつ大きく成長した一例として、人気ゲーム「Fate/Grand Order」を制作した企業「TYPE-MOON」を紹介したいと思います。彼らの経緯は、今後の同人市場の発展やあり方に対するヒントがあるのではないかと思っています。

TYPE-MOONは元々は同名の同人サークルがだした同人ゲーム「月姫」が空前のヒット、2003年には同名で企業化し、2004年には「Fate/stay night」を発売。その後もFateシリーズを初めとしたコンテンツを多数のメディアで生み出し続け、現在の地位があります。

有名すぎるこの逸話は、一見すれば「同人で人気がでたサークルが、商業に場を移した」の類型とも思えますが、TYPE-MOONは企業化後も同人市場との深い関わりが続きます。

テレビアニメ化も果たした「Fate/zero」の2006年時の初出では、ISBNを取得せず流通取次を介さず、公式サイトの通販や同人誌の委託書店でのみ販売され、扱いとしては完全に「同人誌」でした(2011年には星海社文庫から商業版が発売) またご存知のとおり、TYPE-MOONは企業化後もほぼ毎回コミックマーケットの企業ブースに出展し、多数のグッズやムックを発行し続けています。

「Zero」が発行された段階で、TYPE-MOONはすでに「SN」をヒットさせ、奈須きのこ氏は「DDD」「空の境界」など商業出版にも携わっており、「SN」関連の商業出版物も多数発行されているような状態でした。そのため「Zero」を始めとした発行物は、単に予算や手間の問題からインディーズで展開せざるをえなかったことはなく、2006年時点で「自分たちの主要ユーザー層からいって、商業ではなく同人を主として展開したほうが良い」という企業戦略だったのではないか、とは当時を知る人なら誰しも考えたでしょう。

これは同人と商業をアマチュアとプロという上下に別れたレイヤーとして捉えるのではなく、部分的に混ざり合う横方向に広がった別フィールドとして捉えている典型例だったと思います。ちなみにこういった販売例は、ニトロプラスやアクアプラスといった、美少女ゲームメーカーから始まり現在も多分野で活躍するメーカーにおいては多数見受けられる手法です。

DL同人の項でも触れましたが、特に成人向け分野においては同人は商業の下位互換ではない、単に作家が気まぐれに同人誌を出すだけに留まらない、高度な流通とそれなりの利便性とバランス感覚で成立する、独自の市場として広がっています。

今、新たに同人文化に注目し、様々な面から活用できないかと挑んでいる人たちの中で、そういった目でこれらの文化を見ている人がどれほどいるでしょうか。

同人文化はまだまだ発展途上で整備されきってないところも多数あり、新しく生まれたメディアもメリットは多々あります。それらも吸収し、融合し、さらなる発展をしてほしいと、一同人者として願っております。

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同人や電子書籍関連のほかの記事を合わせてご紹介します。

この記事の直後に書いた補完記事です。この時に感じでいた懸念は、2020年現在は一部適用されつつあると感じています。


私自身、読み手としても同人作家としても電子書籍は相当活用している方だと思うので、利用時の所管やここ10年ほどの電子書籍普及に感じていた話などもあります。

「同人って二次創作ばかりでオリジナルは割食ってんでしょ? オリジナルかわいそう!」という意見に対して、「近年のオリジナルはかなりぶいぶい言わせてる方っすよ」という記事です。