第十一回: MPの無駄遣いを避ける

第十回の記事で倉下さんが、「MPなければ、セルフコントロールなし、とまで言える」と述べ、「MPを有限の資源だと捉えるならば、いくつかの指針が思いつく」として、次の4つの指針を実際に挙げています。

・MPを底上げする
・MPの無駄遣いを避ける
・適切にMPを使えるようにする
・MPを回復させる手段を持つ

このうち、冒頭の「底上げ」が私にはいちばん難しいと考えられるので、今回は私自身最も頻繁に活用している「MPの無駄遣いを避ける」に焦点を当てて考えます。

そもそも私たちは、MPを無駄遣いしすぎます。その無駄遣いぶりは非常にと言ってよく、たとえるなら、1日最低八千円は必要なことが明らかな状況で、朝に七千五百円を使い込んでしまうような使いっぷりです。

この湯水のようなMP浪費は何なのでしょうか。

私はタスクシュート式という、傍目にはマニアックまたはパラノイアとも言われるような、「時間管理術」に沿って生活しています。

この概略を簡単に説明するならば、「やった」と認識できる全ての行動を記録に残していくことで、1日の中で「やったことになる」全ての行動を「仮に終えた」とした場合、眠るべき時間に布団に入れるか?を常に確認しつつ、生活を進めていく方法論です。

これを実際にやっていくと、1日の全行動記録がリストに残っていくため、傍目にはそれが「行動計画」や「スケジュール表」と誤解されやすく、過度にパラノイアな印象になるわけです。

しかし私にとってこの記録は、MP浪費を避けるために必要な一種の「試算表」であり、今のような使い方で大丈夫か?に対する仮回答を常に得ておく必要性が感じられるに過ぎません。

ちょうど家計簿に、使ったお金をすべて記載することで、今のような金銭消費ペースで不足しないかと、試算しているようなものです。

これを読んで、こう思った人もいるかもしれません。

昔から、家計簿をつける人は世の中にたくさんいたし、今もいるだろうけど、タスクシュートのような神経質な記録を残す人は、昔はいなかったろうし、今もそうはいない。

それはなぜかと言うと、私が思うに今も昔も「お金」というのは貴重なリソースで、かつ「貯金可能」なものでした。記録し、貯蓄できるリソースです。みんなが同じように貯蓄志向というわけではありませんが、貯蓄できる可能性には確かな希望があります。

いっぽう、時間は、多少の節約ができるとしても「貯蓄」などできるわけではありません。だから「時間の記録」には意味がないように感じられることが多いわけです。記録すれば多少は「よりよい使い方」ができるかもしれないが、お金ほど確実な希望が見えないのです。

ところが、実際問題として、タスクシュートで私がやっていることは、時間の節約ではなくMPの節約なのです。ただ、MPは目には見えず、なにか計測する装置も存在しないため、時間を代替えの目安として使っているわけです。

時間を使えば、比例はしませんが、MPを必ず使います。本を読むのに30分を使えば、その分、MPを消費すると私は感じるし、そう考えています。

そして、寝るまでMPを使い続けなければなりません。起きている限りは使ってしまいます。その点で「起きている時間」というリソースと「MP」というリソースは、非常によく似通っているのです。

トートロジーめいていますが、1日のうちに、「しなければならないことは、しなければならない」のです。そのすべてをする「時間」がなくなるということは、そのすべてをする「MP」がなくなるということと、結局同じです。

したがって、「やらなければならないこと」のための時間がなくなる前に、時間を浪費してしまうということは、MPを浪費するということであり、それをすることがいかに危険かを確認するために、私にはタスクシュートが必要なのです。

もしタスクシュートがないと、「ぜんぜんまだ大丈夫だから」といって、ツイッターなどにMPを(計測できる単位としては時間を)注ぎ込んでしまうでしょう。八千円は必要なのに、七千円を不要なものに使ってしまって、しかも「大丈夫だ」と考えてしまうのです。この「計算違い」を防ぐのに、私にはタスクシュートがいるのです。これはMPの計算機なのです。

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nokiba

働く人のMP戦略

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