MP連載第二十五回:MPを投入しようとする

この25回のタイトル自体からして変なのですが、この「変さ」は前回の倉下さんの記事に書いてあるとおりです。

MPの仕様にリミッターを掛けているのも「私」ですし、不必要な行為に大量にMPをつっこむのも「私」の仕業です
https://note.mu/rashita/n/n2f50f0d605ab


というところからやってくる必然的な「変さ」なのです。

でもこれを反対からとらえなおしてみると、とてもよくある事をいっているだけでもあります。

MPを投入しまいとする = MPを節約しようとする

という事を私達は非常に頻繁にやっています。そしてこれが、多くのケースではまったくうまくいっていない。

たとえば、MPを節約しようとするから、「ちょっとだけTwitterをしてしまう」のです。Twitterを「本気でやる」人は、そうはいないはずです。これから10時間かけて、終わったら血を吐いて倒れてもいいから、Twitterをやり抜くぞ!というような「気合いを入れてTwitter」する人など、そうはいないでしょう。

私たちは時間を惜しむように、MPを惜しみ、従っていつもなんとなく「大丈夫そうな」言い換えると「あまりリソースを失わずにすみそうな」行動を繰り返しがちです。

しかし兵力の逐次投入は下策なのです。

朝から晩までそういうことをしていると、満足のいく事はほとんどなにもしなかったのに、気がつくとグッタリ疲れている、といった事になりがちです。MPは節約できますが、使わずには何もできないのです。このへんが時間と似ています。

あるいはMP節約ばかりに目が行く人というのは、バーゲンセールでものを買うとお金が増えるとでも思っている人に似ています。安くものを買ったからといって、貯金が増えるわけではありません。やる事がTwitterだとしてもやってMPが増えるという事はあり得ません。

だからこそ、自己啓発系の本は、あちこちで訴えているわけです。「まず、大好きな事をやってしまえ」と。

これは原則論としては正しいと思えますが、私たちは常識人として不安になります。朝一番に大好きな事にMPを費やしてしまって、結果として会社にも行けなくなったりしたら(そういうことはあり得るのです)、結局生活できなくなるではないか、と、至極まっとうなことを思うわけです。

したがってギャンブルは避ける。でもそれだと、とりあえずイヤじゃないからtwitterして、仕事にも全力を投入するわけではなく、MPの節約、MPの出し惜しみ、気がつくと夜になってMPはゼロに近くなっているような気がするから、やれる事といったら体に悪い事はなんとなくわかっているモノをなめながらtwitterでもする、といった事になりかねません。

それでもかまわないじゃない、という意見もあって、私はそれにも共感します。ただこの流れはスッキリしないのみならず、決して楽でもないのです。MPを節約しながら使うというのは、ずっとなんだかつらい状態が続くという事でもあるからです。

だからどこかでMPを投入する必要は、やっぱりあると思うのです。はっきり言ってそれをするのはギャンブルです。つまり日に1度はギャンブルするべきだという事を、なんだかんだ私は言っている事になるわけです。

「タスク管理」(時間管理でもいいですが)というのはこの文脈において、いつ、どんなタイミングで、どういう流れの中でのギャンブルなら、あまり致命的にならず、分のいいかけができるかを見定めるための手法だという事ができます。

タスク管理はMPのかけをうまくやるための方略なのです。