バターになる運命

現在はフリーになっているひとが多く、もうフリーになることが危険という印象は希薄になっている気がする。

少しまえは、それは「勇気ある行為」にみえた。しかしいまではむしろ「ただ単純にリスクがあるから」という理由でフリーになっているひとが増えているように思う。

しかしもともとは農民が多かったこの国では、そもそもひとはフリーだったわけだ。フリーが主流だった時代から、組織に属しているほうが主流の時代へと流れ、またフリーが主流のほうへと回帰しているとも言える。

もちろんそれは100年単位の、世代を3代、4代とふくんだ形で起こる回帰だが、回帰であることに変わりはない。




コミュニティへの課金」今後これが増えると佐渡島さんは言う。


News Picks   『コンテンツの「サービス化」が始まる』


たしかにコミュニティへの課金は増えるだろう。現在僕が入っている課金系サービスを列挙してみると、Spotify、News Picks、DAZNなんかが主なものだ。僕は案外保守的なほうなのに、近年気づいたらこれらのサービスに加入しなければならなくなっていた

特にSpotifyなどは、僕の頭に隕石が降ってきて、頭をそのままもぎ取るほどのインパクトを与えられた。これまでTSUTAYAで一ヶ月に20枚、30枚とCDを借りて、店員がキレイにするひつようのないCDを機械で拭くのをレジでぼんやり待っていた僕からすると、この携帯の中の「無限に在庫があるTSUTAYA」——店員は超優秀なA.I.——は、もう物理的レンタルショップと比較をすることなど到底不可能である。

こうした日々の「課金の濁流」に飲み込まれつつあるということは、おそらく今後は「コミュニティ課金」もすることになるだろう。




ここで話は冒頭に戻る。コミュニティ課金が増えるのと比例して、たぶん世間のひとの基本職業形態は徐々にフリーになってゆくはずだ。そしてフリーになるということは、所属団体がなく、闇の中で右手も左手も「つかむものがない」状況におかれるということである。

当然仕事での付き合いはクライアントとのあいだにあるわけだが、それだけではなんとも心もとない。そんなバックグラウンドが広く都市近郊に広がれば、それこそがコミュニティ課金の繁栄の土壌になる。

3つから4つのコミュニティに属して自分の取得できる情報を多様化させ、なおかつ相互共棲的な世界をつくるようになるわけだ。そこでは「」や「時間」なんかも共有されるかもしれず、ひとりが病気で倒れたりすると、コミュニティ内で保険のようなものすら適用されるかもしれない。

いずれにしても社会は共棲的、それも比較的入りやすく、また抜けやすいコミュニティが形成され、ひとびとはぐるぐるとその社会の中を分子のようになって円環するのかもしれない。



そして行き着く先はいったいどこなのだろう? 未来において、家族はまだ最も優先されているのだろうか? 婚姻という風習はまだあるのだろうか?

ぐるぐるぐるとひとびとが都会のなかをめぐりまわって、変化のスパンはどんどん短くなる。最後のほうで人類はみんな「バターになって溶けてしまう」状況が到来したとき、たぶん僕の細胞はすでに自然に分解されて森や風になっているはずだ。


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野宮 直喜

ΟΔΥΣΣΕΙΑ

論じている系の記事か、日常のこと。2018.3月-10月
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