この世界で日々生まれ変わること

昨夜、二度PCが落ちる。その落ち方は不穏かつ不気味な落ち方。いうなれば電線のうえにいたカラスが、まえぶれなく落下するとでもいうような。

私は普段、心配事をあまりしない。けれどこの晩はすこし不安になる。台風がちょうど真上をとおりすぎていることも関係があるのかもしれない。

暴風が窓をけたたましくたたき、窓は無理やりに揺すられているひとのように動く。私はベッドのうえに座って、本を読みながらその風の音を聞く。

PCの不穏な挙動。それは変化の兆しのようにおもえる。体内で古い細胞が壊れ、新しい細胞が構築されるように。私の人生が新しいフェーズに入ってゆくことを示唆しているようにもおもえる。

おもえば私はものをちゃんと使う人間だ。壊れたり、使用不可能になったりしないと、新しいものは買わない。

よくいえば倹約家。わるくいえば貧乏性みたいなものだ。


ボブ・ディランはいう。

He not busy being born is busy dying.(日々生まれ変わることに忙しくないひとは、日々死ぬことに忙しい。)


私は大学時代からこの言葉を時折リフレインする。しかしリフレインしたからといって、実践できているかは知れない。

私は日々生まれ変われてない気もする。また日々生まれ変われている気もする。

いずれにせよ、私とPCの別離は近い。2012年からの6年間。それは長い年月のようにもおもえる。しかし過ぎた6年は、ほとんどなかったものにも感じられるから、なんだか不思議だ。

それは確かに存在したはず。けれど絶対的な、手に取れる証拠はない。あるのは数値の変化。記憶が投射された写真。それくらいだ。


" 日々生まれ変わることに忙しくないひとは、日々死ぬことに忙しい。 "


いつもそんな言葉にふいに話しかけられ、この6年間をどうにか通りすぎてきた。オレンジ色に染まった時刻の、急な坂道のうえで振りかえり、夏の雲が高く立ち上がるのをみたりして。

こう考えてみると、私には写真は陳腐なものにおもえる。写真などなくても、記憶のなかにいくつかのハイライトの記憶は刻まれている。

ゆったりと動く雲。そのわきを通っていく航空機。私が地面に落とす影。私はそれらの写実的記憶だけを手持ちとして、この世界で日々生まれ変わることにしたいと思う。


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野宮 直喜

ライター的ななにか。「鳥は卵からむりやり出ようとする。卵は世界である。生まれ出ようとする者はひとつの世界を破壊しなければならない。」(ヘルマン・ヘッセ)

ΟΔΥΣΣΕΙΑ

論じている系の記事か、日常のこと。2018.3月-10月
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