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広告の本質と景品表示法

広告の本質について、岩井克人氏は、

広告と広告とのあいだの差異−それは、広告が本来媒介すべき商品と商品とのあいだの差異に還元しえない、いわば「過剰な」差異である。それゆえそれは、たとえばセンスの良し悪しとか迫力の有る無しとかいうような、違うから違うとしか言いようのない差異、すなわち客観的対応物を欠いた差異そのものとしての差異としてあらわれる。だが、広告が広告であることから生まれるこの過剰であるがゆえに純粋な差異こそ、まさに企業の広告活動の拠って立つ基盤なのである

企業が広告にお金を出すのは、ひとえに広告の生み出す過剰なる差異性のためなのである。すなわち、広告とは、それが商品という実態の裏付けをもつからではなく、逆にそれがそのような客観的対応物を欠いた差異そのものとしての差異を作り出してしまうからこそ、商品の価値に帰着しえないそれ自身の価値をもつのである

と述べています。

ターゲティングとかリーチとかの概念がない時代の考え方ではありますが、たしかに商品の価値に帰着しえない広告ならではの価値がなければ、わざわざクリエイティブにこだわる必要はないわけです。

要するに、広告は本質的に「盛る」ところに価値があるのです。「盛って」くれない広告に意味などないのです。

他方で、景品表示法は、商品やサービスの品質、内容、価格等を偽って表示を行うこと、すなわち「盛る」ことを規制する法律です。

例えば景品表示法第5条第1号は、事業者が、自己の供給する商品・サービスの取引において、その品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、①実際のものよりも「著しく」優良であると示すもの、②事実に相違して競争関係にある事業者に係るものよりも「著しく」優良であると示すものであって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められる表示を禁止しています(優良誤認表示の禁止)。

方向性としては広告の本質と相反する景品表示法ですが、「著しく」という限定をつけることで、広告の本質と消費者保護とのバランスを取っているのです。

そして、広告の盛り方が「著しいかどうか」の判断について、消費者庁は以下のように整理しています。

「著しく優良であると示す」表示に当たるか否かは、業界の慣行や表示を行う事業者の認識により判断するのではなく、表示の受け手である一般消費者に、「著しく優良」と認識されるか否かという観点から判断します。また、「著しく」とは、当該表示の誇張の程度が、社会一般に許容される程度を超えて、一般消費者による商品・サービスの選択に影響を与える場合をいいます。

「社会一般に許容される程度」というのがまた抽象的な基準ではありますが、客観的対応物を欠いているからといって直ちにそれが「社会一般に許容されない」と考えるべきではなく、それが「商品の価値に帰着しえない広告自身の価値」として是認される程度のものかどうか(是認してもよい程度のものかどうか)という視点からの検討も必要に思えます。

資本主義社会とは、マルクスによれば「商品の巨大なる集合」である。しかし、広告を媒介にしてしか商品を知り得ない消費者にとって、それはまずなによりも「広告の巨大なる集合」として立ち現れるはずである。そして、この広告の巨大なる集合の中において、あらゆる広告は広告としていやおうなしに同じ平面上で比較されおたがいに競合する。

世の中は広告で溢れており、消費者は広告を通じて世界(の一部)を認識しています。消費者側の広告リテラシーを高める必要性があることも忘れずに、広告の本質と消費者保護とのバランスを取っていきたいものです。

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