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金管合奏は、心を鷲掴みにする音楽表現に向いている


  金管楽器、トランペット、トロンボーンというと、うるさい、やかましいというイメージを思い浮かべられるかもしれません。弦楽器とも木管楽器とも音が溶け、全ての音をつなぐ音色として、R.シューマンに「オーケストラの魂」と呼ばれたホルンでさえも、多くの人は、巨大な音量が出る楽器と認識しています。

 トランペットの破壊力を自ら自覚してか、同じS交響楽団で元同僚だったKさんは、トランペット・ケースに、工事現場の機械用に作られた「超低騒音型」というステッカーを貼って、ウケをとっていました。大きな音でも、柔らかい美音は出ますが、やはり、ピアニッシモの合奏で素晴らしい美しい音が出ることを、多くの人に知っていただきたいと思います:

  柔らかな響きの例1: マーラー交響曲第2番「復活」第4楽章『原光』

 このアルト歌唱のソロに続く冒頭の金管合奏を聴いて何も感じない人がいるでしょうか。2種類の演奏のうち後者には、原語のドイツ語を英訳した字幕がついているのでわかりやすいと思います。「人生はあまりに辛く苦しい。いっそ神様のもとに帰れるよう、天国に行ってしまいたい。」そんな思いの人を慰め、癒すアルトの声と、トランペット中心の金管合奏です。この他にも、第9番第3楽章中間部の透明な柔らかい高音、跳躍をともなうスラーの優しいソロなど、マーラーは、弱音の柔らかいトランペットを駆使しています。クラシックに疎い人は映像を見なければ、木管楽器と思うかもしれません。

  柔らかな響きの例2: ドボルザーク交響曲第9番「新世界」第2楽章

 「家路」「遠き山に日は落ちて」という歌詞とともに、日本の多くの学校で下校放送に使われるこの楽章。イングリッシュホルンの温かく懐かしい音色の旋律(小説・映画オケ老人」のクライマックスで泣かせるシーンで使われました)に入る前、冒頭の金管アンサンブルの和声進行は、神がかっていると思います。大編成のホルン合奏の音源がさきほど見つかりました。吹奏楽版も素敵です。

  金管の華、トランペットは、人の生死を語る場面で奏でられる楽器といいます。トロンボーンは、宗教音楽で神の言葉を代弁。ホルンはあらゆる楽器の音色を包み込み、溶け合わせます。チューバは全てを支える。

 最後に、本日初めて聴いて背筋ぞくぞく、鳥肌立ちそうなほど心をゆすぶられた演奏をご紹介。金管5重奏の最高峰、カナディアン・ブラスの比較的最近の演奏から、サミュエル・バーバー作曲「弦楽のためのアダージオ」です。

如何でしょう。私は過去数10種類は聴いた、どの弦楽合奏(4重奏も大勢の合奏も)よりも、深く、深く、心を揺さぶられました。同じ感想をもった人とは、絶対、友達になれそうな気がします。マーラーのアダージェットも心を揺さぶられる作品ですが、救いようのない沈痛な響きで尚、癒してくれるのはバーバーのアダージョでしょう。これに比べたらラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」はまだ他人事。自分事ではありません。

 原曲からして、「心鷲掴み度」で、人類史上最高峰に入るメロディーと和音進行の曲。深い悲しみ、慟哭、諦念、などの言葉では陳腐に過ぎる。ダークで柔らかい音色の中に、いぶし金のようなきらめきがほの混じる冒頭のホルン(Mr.Holland's opusを作曲した故マイケル・カーメンの金管五重奏の音色が最高です)。低音トランペットの美しさ。張りつめた心を表現するかのようなトロンボーン。全てを包み込み、支えるチューバ。こちらゴマラン・ブラスの演奏も良いですね。楽譜でなく奏者たちを映した動画付きです。

 私もホルン奏者として、主に弦楽器木管楽器鍵盤楽器小編成の合奏をし、「室内楽」と称してきました。これらに比べ、どうしても音量の大きくなりがちな金管合奏は「室内楽」とは呼ばれにくいものがありました。しかし、今後は、金管の響きの美しさを「室内楽」としてアピールできたら、という思いをもっています。来月山形で開催の、日本ブラスアンサンブル・フェスティバルに出演するのですが、それについてはまた30数年前のルーツを含めてご紹介したいと思います。


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