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日本語は4/4拍子、英語は6/8

  中学1年の時の英語の先生、臼田泰夫先生(当時品川区立日野中学校)は、英検1級の面接官を務め、非常に自然な英語を話す素晴らしい先生でした。吹奏楽部の副顧問を務め、自宅には、グランドピアノを置いて達者に弾かれ、JBLの Paragonという超弩級のスピーカーを備えるオーディオマニアで、素晴らしい耳をお持ちでした。

 その先生の授業では、様々な自然な英語の発音のコツを教わりましたが、たとえば、 "Wisconsin" を日本語風に、ウ・ィ・ス・コ・ン・シ・ン と区切って発音したのでは全く通じない、Wisはうーんと小さく短く発音し、強アクセントなる音節con は思い切り大きく高い音程で長めに発音、最後のsinは着地のようにその中間くらいでやはり短めに発音する。というわけです。次はネイティブの発音例ですが、臼田先生はこれより、もっと大袈裟に音節ごとの強さ、長さの違いを強調して発音してくれました:

その最後の仕上げが、「日本語風に、ウ・ィ・ス・コ・ン・シ・ンというくらいなら、3音節 [uesugi] [KEN] [sin] にして、上杉謙信!(上杉を猛スピードで発音しその倍以上の長さで「けーーんしん!」)と叫んだほうが、Wisconsinって聴き取ってもらえるよ!」というものでした。なかなか強烈、劇的な印象を残してくれる、素晴らしい授業でした。

 さて、その後、若手社会人の頃、往年の名指揮者、ロリン・マゼールさんのインタビューをTVで見ました。ユダヤ系ロシア人の父と、ハンガリーとロシアのハーフである母をもつ彼は、7歳で指揮を始め、8歳の時にニューヨーク・フィルハーモニックを指揮して指揮者デビュー。9歳でフィラデルフィア管弦楽団、11歳でNBC交響楽団を指揮という驚愕の早熟なキャリアを積んでいます。

 ユダヤ、ロシア、ハンガリーの家系ということで、米国人としては不思議な綴りの名前 Lorin Maazel なので、いつも、「どう発音するのが正しいのか?」と欧米国のどこでも訊かれたとのこと。その時の回答が音楽的で、ベートーベンの 「運命」の冒頭のじゃ・じゃ・じゃ・じゃーーん、 に合わせて、「ろ・りん・ま・ぜーーる」と発音するのが正しい、と笑って答えていたそうです。

 その彼がだいぶ年輩になっていたころ、ベートーベンの第7交響曲の第1楽章主部のリハーサルの様子が流れました。本人の映像がないので、同じアメリカの大指揮者バーンスタインの映像です:

長い序奏は4/4拍子です。上記映像で、4分目くらいから、フルート、オーボエとバイオリンが対話し始めます。eの音(ハ長調の「ミ」)で「ッタタタター?」「ッタタタター。」「タッター?」「タッター。」と掛け合ってから、フルート、オーボエが主部の6/8拍子で、「ターンタタッ、ターンタタッ、ターンタタッ、ターンタタッ・・・」と、付点8分音符、16分音符、8分音符の三つ組からなるリズムを延々と吹き始めます。

 このリズムが、日本人が苦手なのです。あまり上手でないアマチュアオーケストラなどですと、「ターンタタッ、ターンタタッ、」がいつの間にか、「タンタタ、タンタタ」と、4分音符に8分音符2つというダサいリズムに代わってしまいがち。ところが、英米のオーケストラは見事に正確なリズムで全員が最初から演奏できることが多いというのです。ドイツ語圏も、英語圏のオーケストラほどこのリズムが上手でないと聞きます。

 なぜでしょうか? そのヒントを、マゼール師が簡潔に答えてくれました。そのときの質問は、「どうやったらこのリズムを正確に演奏できるか、そのコツを教えて?」というものでした。回答は、オランダの都市、Amsterdam (アムステルダム) を何度も何度も頭の中で唱えなさい、です。

 以下は、私が独自に気付いて大学の英語教師の集まりでご披露させただいたビジネス英語の発音のコツの一部です。英語の単語、その中の音節(シラブル)には、強アクセント、弱アクセント、アクセント無し、の3段階の音量の強弱があります。音量の変化というのは周囲の騒音や個々人の発音の癖などから明確に区別して伝わりにくいので、それを、音の長さ、すなわち時間軸に変換(変調 modulation) して伝えると確実、という性質があります。そこで、強アクセントは最長で、アクセント無しは短く、弱アクセントは中間、という風に発音されると確実に伝わるわけです。

 Am-ster-dam という単語では、3音節の最初が強アクセントで、最後が弱アクセント、真ん中はその中間。したがって、先述の、付点8分音符、16分音符、8分音符の三つ組とすれば、長さの比が、3対1対2となり、理想的に、アクセントの違いが識別できます。

 そう、英語は、一時が万事、こんな感じなので、リズムが(単語だけでなく恐らく文レベルでも)6/8で進んでいきます。アルファベットの字数がいくら多くとも弱アクセントだったら猛烈に速く発音し終えなければいけない。逆に、1,2文字しかなくとも強アクセントなら、ゆっくり長く、大きく発音しなければなりません。

 対する日本語は、ア行なら母音のローマ字1文字、「ん」は子音のローマ字Nが1文字、他は子音+母音のローマ字2文字が全部4分音符、4/4拍子で単調に進んでいきます。先の臼田先生による「上杉謙信!」だって、「U | E | sU | gI | kE | N | shI | N 」と、 4分音符を8個で発音したら、絶対に、Wisconsin! とは聞こえません。3音節 [uesugi] [KEN] [sin] !といえば、細かい部分は耳が勝手に補ったり修正したりして、Wisconsin!と聞こえるというわけです。

 ドイツ語は、私の知る限り、アクセント有か無しの2段階なので、やはり、ベートーベンの第7交響曲の第1楽章主部のリズムは英語ネイティブほどには得意ではないように聞きます。(先のクルト・レーデル師など談)

 以上、音楽の知識と感覚で、外国語の発音の違いが説明できること、それを応用して、英単語などを使って、正しいリズムで音楽を演奏できるようになり得ることを説明いたしました。「AIに勝つ!」に取り入れたかったのですが、少々マニアック過ぎるか、と自重した次第です。


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