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「カエシテ」 第8話

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「本当かよ。これはすごいな」
「信じられない」
 ブログを一読すると、さすがに従業員の顔は蒼白になった。福沢の話を聞いた時点では良く出来た都市伝説と言う印象だったが、既にさつきを含む四人が犠牲になっていたのだ。都市伝説どころではなく、実話だ。
「このブログがもし事実だとしたら、S社と因果関係があることになるよな。あの話は。これだけの不可解な死が続発しているわけだから」
 誰もが黙り込む中、陣内が分析していく。
「えぇ、そうなりますね。三ヶ月で四人も死なないですよ。普通は」
 平子が答えたが、その顔は青ざめている。
「となると、問題は期間になってくるわね。福沢くんの話によると、画像を手にしてから一週間以内でこの世を去ると言っていたわよね。さつきを除く三人はどうだったのかしら」
「ちょっと調べてみます」
 由里の声に純が検索を始めた。慣れた手つきでキーボードを叩いていく。
「ネットの記事によると、最初の犠牲者が今から三ヶ月前。次が一ヶ月前。その次が二週間前。そして、さつきの事件となっています」
 数分で調べ上げると純は結果を読み上げた。
「ということは、これは実話で間違いないというわけか。さつきは決して作り話をしていたわけではなくて、実際に自分が働く会社で起こっている話を提供してくれたわけだ。告発は内部からと言うが本当だな」
 何が面白いのか、陣内は笑みを見せている。目には、またしても妖しい光が生まれている。興奮している証拠だ。
「こんな不可解なことが起きているのであれば、下手したら週刊誌も嗅ぎつけているかもしれないな」
 陣内の呟きは続く。
「となると、出し抜かれる可能性があるってことですか」
 平子が聞く。
「その可能性はあるけど、週刊誌は適当だからな。見出しだけは派手にするだろうけど、内容に関しては適当な文章を並べていくだけだよ。だから別に、ライバル視する必要はないよ。向こうは世間の話題さえさらえばいいわけだから」
 さすがに雑誌社の勤務経験が長いだけあり、陣内は業界の内情に詳しい。週刊誌とは、あらゆる手を使って記事を書く。時には、部内の人間を人気タレントに仕立て上げ、不倫発覚とねつ造することもある。嘘八百で成り立っている会社なのだから、ハナから相手にする必要はなかった。
「ちょっと、勘弁して下さいよ。この話で盛り上がるのは。今は削除してますけど、一度はあの画像を手にしてしまったんですから。少しは気を使って下さいよ」
 真剣な話し合いが行われている中、抗議の声が上がった。声の主は福沢だ。彼はただ一人、涙目になっている。顔も真っ青だ。
「いやっ、この話は決して無駄にはならないはずだぞ。調べれば原因がわかるから」
 そんな部下に加瀨が持論を展開していく。
「物事には何にだって原因があるんだ。テレビで放映されている怪異だって、心霊写真だってそうだろ。科学的見解を示せば現象に対する答えが出て来るものだよ。その考えで行けば、この現象にも必ず、原因があるはずだ。その原因を解明することが出来れば、お前は絶対に被害に遭うことはないよ」
「そんな科学者みたいなことはいいんですよ。俺はただ助かりたいだけなので」
 必死に希望を与えたが、福沢は懐疑的な目を向けている。瞳には相変わらず涙が溜まったままだ。昨今の科学の進歩により、怪奇現象の謎は次々と解き明かされている。無論、福沢もそのことは知っている。しかし、今回は自分が犠牲になる可能性を秘めているのだ。いくら原因追及を約束してくれたところで、胸にある不安がきれいさっぱりなくなるはずもなかった。
「大丈夫だよ。俺達が何とかして、この謎を解明してやるから。お前はおとなしく、その時を待っていればいいんだよ」
 加瀨は笑顔で部下の二の腕を叩いた。
「でも、一週間って決まっているんですよ。期限は。しかも、あの画像を手にしてからもう数日経過しているんです。いくら削除したとは言え、もしその期限内に原因が解明できなかったら、どうなるんですか。俺は死ぬことになるんですよ」
 しかし、福沢は相変わらず不安をぶつけてくる。
「そこは、俺達を信じろとしか言えないな」
「そんなアバウトな………」
 期待を削ぐ発言が出たことで、福沢はガックリ肩を落とした。
「なんで、俺はあんなオフ会に参加してしまったんだろ。あんなところに行かなければ、こんな恐怖と闘わずに済んだのに」
 口からは切実な後悔が滲み出てくる。彼がここまで悲観する理由はしっかりあった。口ではあの画像は削除したと言っているが、実はまだ携帯の中に残っている。本心を言えば、削除したかったが、もしも自分の身に何も起こらなかったらという考えを捨てきれずにいたのだ。もし、自分が無事であれば、さつきの話は作り話となる。陣内が企んでいる通り、画像を雑誌に掲載することも出来るのだ。情けないほどの恐怖と闘っているものの、雑誌社で働いている人間だけあって、頭の中では打算が働いていたのだ。
「おい、いつまで喋っているんだよ。早く仕事に戻れよ。そんな調子じゃ締め切りに間に合わなくなるぞ」
 周囲にいた人間は福沢に同情していたが、遠くから鋭い声が飛んだ。
陣内だ。いつの間にか自分のデスクに戻り、仕事を再開していた。
「すいません」
 従業員は慌てて自分の席に戻る。
 福沢も肩を落としながら自分の席に着いた。ただし、仕事どころではないようだ。席に着いたものの、項垂れている。
「とりあえず加瀨は、S社に取材を申し込んでくれ。この件に関して聞いてみるんだ」
「わかりました」
 部下に同情していた加瀨だったが、飛んできた指示に頷くと、ネットで調べたS社のダイヤルを押していった。


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