見出し画像

「カエシテ」 第21話

   21

 新聞社のオフィスとは多忙なものだ。忙しく動き回る社員がいれば、受話器を肩に挟み、キーボードを叩いている社員もいる。声を張り上げている社員もいれば、上着を手に外へ出ていく社員もいる。新聞は毎日発行しなければいけないため、新聞社で働く社員は日々忙殺されている。
 その中、手を動かすことなく、声も張り上げることもなければ動き回ることもなく、デスクで固まっている人間がいた。
 山根だ。
 苦い顔でモニタ一点を見つめ、数日前に受けた加瀨の取材内容を思い返していた。取材当時こそ重視することはなかったものの、時が流れるにつれ、受け答えに関して後悔の念を抱くようになっていたのである。
(さすがにちょっと喋りすぎたかな。余計なことまで言ってしまったから)
 苦い顔を崩す事なく腕を組むと、山根は首をひねった。彼は、広報部に所属している。広報部と言えば、会社の顔だ。所謂花形部署とも言える。部員は、知的でテキパキ仕事をこなす。マスコミや企業に対して説明する時は、柔軟な対応を求められるため、頭の回転も速い。そんな部署に所属しているため、山根はいつしか、自分も同レベルの人間だと思うようになっていた。
 だが、会社が彼に求めている役目はそういうことではない。クレーム処理だ。
 この新聞社はガセネタで稼いでいるため、嫌がらせの電話やメールは後を絶たない。また、稀に世間を騒がせるレベルのガセネタを載せた際、マスコミに対して釈明することも山根の仕事だ。その際も答えは全て、上層部が決めた内容と決まっている。山根は渡された資料を記憶し、報道陣の前で口にしているにすぎない。自分の意見など一つもない。口することなど論外だ。万が一口にすれば、即クビを意味している。山根としても、長年の勤務で十分に理解している。
 それでも山根は、広報部というブランドを最大限に生かしていた。個別対応となった際は、まるで自分が社長になったつもりで話していく。今回がいい例だろう。得意気になって喋ってしまった。それにより、予定よりも多くの情報を提供することになってしまったのである。
(まぁ、とはいえ、あいつの働いている会社は雑誌社だからな。俺の提供した情報で満足するだろ。これ以上の情報を求めることはないよな)
 が、デスクの端に置いていた名刺を摘まむと、急に強気になった。名刺には、加瀨の名前に会社名、連絡先が印刷されている。大手新聞社で働いている人間にとって雑誌社の記者など眼中にないと軽視したのだ。
(何が月刊ホラーだよ。お化けなんてこの世に存在するわけないだろ。いい年こいて、そんなものを信じているなんてバカじゃないのか。こいつは。こんな事で金を稼いでいるんだから、詐欺と変わらないじゃないか)
 自分達の会社もガセネタで金をせしめていることを棚に上げ、鼻で笑った。『月刊ホラー』は、その世界でトップを快走する人気雑誌だったが、ホラーと付いているだけで俯瞰していたのである。心霊現象など世に起こるはずがないと先入観を持っていることに加え、顔を合わせた加瀨が低姿勢だったことですっかり自分が優位に立っていると優越感に浸っていたのだ。度量の狭い中年に限って、こういった横柄な態度を取るものだが、山根も同じだった。上司に対してはコメツキバッタの如く従順な姿勢を見せているものの、自分が優位に立てると判断した相手には徹底的に強く出る。正に、うだつの上がらない中年の取る典型的な行動パターンだった。
(大体、あいつがいくらあの画像を追ったところで、真相にたどり着けるはずがないからな。三流雑誌であれば、面白おかしく書き立てて終わりだろ。もしかしたら、ネットでも一時的に話題をさらうかもしれないけどな。ネットで騒いでいる奴なんて所詮は無知だからな。何も情報が掴めないとなれば、すぐに興味は別に向くだろ)
 思考は楽観的な方向へ向く。これもまた、横柄な中年によく見られる習性だ。自分が上と相手を見下しているが、危機になれば慌て出す。愚の骨頂としか言いようのない習性だ。
(そもそもあいつらの興味を持っているポイントは、画像を手にした人間が謎の死を遂げていく点だろ。そこを週刊誌のように自分達の乏しい発想力で話を組み立てて読者の共感を求めるにすぎないわけだ。この程度の奴であれば、それほど警戒する必要もないか。万が一、うちのことを利用してきた場合はちょっと圧力を掛ければいいしな。こんな三流雑誌であれば簡単に潰すことは出来るだろうし)
 山根一人にそこまでの権限はないが、一度強気になった思考は止まらない。あくまでも自分が支配者のように話を運んでいく。
(まぁ、あいつは少しやる気があるみたいだけどな。それだけじゃ、世の中うまくいくわけじゃないんだよ。そこを覚えるためにも丁度いいだろう)
 達観したかのように山根は笑みを浮かべると、加瀨の名刺をゴミ箱に捨てた。
「山根さん。クレーム来たんで、対応お願いできますか」
 そこでスタッフの一人から声が掛かった。
「はい、はい、わかりましたよ」
 山根はすぐに電話を取った。途端に受話器の向こうから罵声が飛んでくる。
「はい、申し訳ありません。そこに関してはですね」
 山根は打って変わって、低姿勢になって対応に当たっていった。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?