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「カエシテ」 第25話

   25

「何だと」
 会社に戻り美奈から聞いた話をすると、陣内は目を上げた。
「それは本当なのか」
 続いて確認を取ってくる。
「はい、データもここにあります。間違いありません」
 加瀨は美奈が作成してくれたデータを陣内に見せた。
「おい、おい、これは凄いじゃないか。面白くなってきたぞ。これほど確かな情報を得たわけだから。本当に画像が欲しくなってくるな。何とかならないか」
 データを一読すると、陣内の目は輝きだした。頭の中では、紙幣に羽が生えて飛び回っているのかもしれない。
「ブログでは四件しか掴んでいなかったけど、実は倍以上の不可解な死が起こっているなんてな。これはスクープどころじゃないよ。大ニュースだ。世間はひっくり返るぞ。いやっ、待てよ。この情報提供者はバイトだよな」
「はい、そうです」
 興奮気味の陣内に対し、加瀨は頷いた。
「なら、もっと社内では起こっている可能性もあるんじゃないか。この不可解な死が。バイトでは、社内の全てを把握することは出来ないだろう。社員だって、こんな不祥事はひた隠しにするはずだし。S社と言えば、一応は大会社に属するからな。おそらく会社としても必死になって真相を掴もうとしているはずだよ。でも、ことごとく返り討ちに遭っているというのが実情なんだろうな。この結果を見ると」
 陣内は分析していく。
「もう止めた方がいいんじゃないですか。話を聞いていると危険な匂いしかしませんから」
 興奮気味に話す陣内に対し平子が恐る恐る声を掛けた。隣で由里も頷いている。二人の意見は一致しているようだ。ちなみに、この日純は休みを取っている。
「何を言っているんだ。お前は。うちはどういう会社なんだよ。こういう話を取り上げている会社だろ。それなのに何だ。真相を知ったことで尻尾を巻いて逃げるのか。それじゃあ、街頭インタビューを受けてにやけた顔をして怖いって連発して、視聴者の同情を買おうとしている女と変わらないじゃないか」
 陣内は怒りを見せる。数分前まで輝かせていた目で睨みつけている。
「いやっ、それはそうなんですけどね。万が一ってことがあるんじゃないですか。もしもこのことが他誌にバレたら大変なことになってしまいますよ」
 平子も引かない。自分の考えを伝えていく。現在は自分のことを棚に上げて不祥事を犯した人を目の敵にして悦に浸っている人間は多い。特にネット上では、正義感という言葉をはき違えた人間による誹謗中傷は後を絶たない。平子が危惧するように、この話題を追いかけていく上で新たな犠牲者が出た場合、立場が悪くなることは明らかだ。他誌が嗅ぎつける可能性は高まる。そうなれば、袋叩きに遭うことは目に見えていた。
「甘いな。お前は」
 だが、陣内の気持ちが変わることはない。口をへの字に曲げた。
「そんなことを言っていたら、この世界じゃ何も出来ないだろ。この世界じゃ、守りに入ったら終わりなんだよ。攻め続けないと勝てないんだ。常に他誌を出し抜くことを考えていないとやっていけないんだよ」
 その後で語気を強めた。雑誌社の人間として、これまで多くの修羅場をくぐり抜けてきた男だ。いくら人が死ぬと聞いたところで怖じ気づくことはなかった。
「いいか。雑誌社にきれい事なんて必要ないんだよ。そんなことを言っていたら生き残れないからな。もしきれい事を言って相手を論破して満足したいのであれば、その辺にいる暇人を相手にしていろ。ここで働くのであれば、そんな奴は必要ないからな。大体、きれい事なんて暇人の自己満足に過ぎないんだ。あんなこと言って満足している奴なんて、所詮は口だけだよ。人の見本になるようなことなんて一つもしていないよ」
 陣内は説教していく。平子としては返す言葉がない。上空をのどかに飛行機が飛んでいったが、オフィスはまるで別世界となっていた。
「それに、お前は言っていただろ。自分の動画サイトを立ち上げて生活していくことが目標だって。もしその気持ちが今もあるなら、そんな甘ちゃんな考えは捨てた方がいいぞ。人の興味を惹くには、きれい事を並べたって相手にされないからな。特にネットの世界では。重箱の隅を突っつくようにあら探しばかりしている連中なんだから。一人が攻撃してきたら、集中攻撃を受けることになるぞ」
「わかりました」
 完膚なきまでに言い含められたことで、平子はもはや頭を下げるしかなかった。人生経験の甘さを痛感していた。
「大体、このネタはお前には回さないよ。俺と加瀨で追っていくから。お前は二人と共に今まで通りの仕事をしていればいいんだよ。なぁ」
 話が付いたところで陣内は加瀨に目を向けた。
「はい」
 加瀨は頷く。
「で、何か切り口はあるのか」
 そこで、陣内の話し相手は加瀨に変わった。
「えぇ、俺は近い内に新潟に行ってみようと考えています」
 待ってましたとばかりに、加瀨は考えを口にする。
「新潟? どうして新潟に行く必要があるんだ」
 しかし、思わぬ地名が出たため、陣内は怪訝な表情を見せた。
「はい、この発端となった事件は新潟で起こっているので。現地に行って情報を集めてきたいと思います。新潟であればもしかしたら、地元に古くから伝わる呪いの儀式があるかもしれないので。そういう話を拾ってくることができれば、うちからすれば一石二鳥にもなるじゃないですか」
 加瀨は説明していく。
「そうか。そこまで言うのなら、任せるよ。その代わり、長居はするなよ。こっちは手が足りないんだから」
「わかっています」
 加瀨は頷いた。顔には笑みが浮かんでいる。すんなり話が通ったことで、満足していたのだった。


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