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実家についてのひとりごと

実家に帰省しました。
私の実家は、兼業農家で、子供の頃、親は平日会社で仕事して、休日の昼間は、畑や田んぼで働いて、ようやく夕方買い物とかに出かけるっていう生活でした。

昔ながら二世帯同居で、祖父の権力が強く、家でダラダラなんてできなかったし、すごく働き者の祖父だったので、祖父が汗水流して働いている姿が見えると、自分が楽してるのは申し訳ないなと感じていました。

そんな感覚だったので、子供の頃、友達は家族で遊び出かけていていいな〜、と羨ましかったことを覚えています。

唯一、勉強だけは認められていて、勉強を理由に家の手伝いから離れていきました。

社会人になり、平日仕事をしていれば土日は好きなことできるって環境が普通で、実家の当たり前が普通じゃなかったと、分かりました。

でも、誰かが大変なときに自分が楽をしていると感じる罪悪感は、消えません。ブレインロックなのか、他人との責任の線引なのか、思いこみなのか。

そのことを母と話したとき、母は私以上に同じことを感じていました。
今は祖父も父もいなくなり、自分の好きにできる環境なのに、昼間は何かやらなきゃいけないと思い、夜になって、ようやく自分の好きなことしてもいいんだと思えると。

自分に好きなことをする許可を与えてあげられない。という話もありますが、これはちょっと違うように感じます。

祖父に合わせないと家の平穏が守れなかったから、他の選択肢はなかったし、根本的に認められていませんでした。
さらに、農作業がキツくて苦しいものとしか見えていませんでした。雨降っても暑くてもやると決めたらやる、だから、農業自体にいい思い出があまりありません。
今思うと、もっと機械使うとか作業自体を減らせたと思うのですが、祖父がケチだったんですよね。

お盆で親戚のおじいちゃんが来たときに、その方は、80代で片手が不自由なのに、畑でピーマンを育てているのですが、最近奥さんの具合が悪くなり、出荷作業ができなくて困っていると話していました。
それを聞いて、こんな大変な人いるのに自分はこんなことしてていいのか?という疑問とやっぱり農業は嫌だなという思いと、昔の思い出が蘇ってきました。

私の夏休みは、子供の宿題見たり、遊びに行ったりして、過ごしています。
こうできるのも物理的に実家から離れたからで、あの土地にいたら、そうはできていなかったかも。

私の実家に帰るとモヤモヤがいつも残ります。人との関りや周りの目が強く残っている感じです。
逆に夫の実家は、夫婦二人暮らしで外との繋がりが希薄です。
昼寝したり、本読んだり、日常的にスーパーに行ったり、生活に縛りがない。
義理のお父さん、お母さんは、それでいいとか、悪いとか、そうしようとかも思ってなくて、自然に生きているだけで、私や私の家族が周りに囚われすぎて生きてきたってことなんでしょうね。

子供のころの記憶は、自己基盤に繋がるので、私の今の考え方に関係しそうなんですが、まだよくわからないテーマです。

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