彼らが絵に込めた思いを受け止め受け継ぐこと、それが私たちに残された使命なのです──窪島誠一郎『「無言館」にいらっしゃい』

「じつは「無言館」には、有名な画家とかエライ画家の作品は一つも飾られていないのです。(略)そこには、戦争で死んだ画学生さん──美術学校で絵を勉強している途中で戦争に行って、そのまま戦場から帰ってこられなかった画家のタマゴたちの絵ばかりがならんでいます」

長野県上田市にある美術館の館長窪島さんが書いた戦没画学生慰霊美術館無言館への案内状です。いえ、案内状というより招待状のように思えます。
展示されている約200点の絵、訪れた人はその絵の前で無言になってしまうそうです。
「それにしても、なぜ「無言館」に来た人はみんな画学生の絵の前で黙り込んでしまうのでしょうか。たしかに画学生の絵は何もしゃべりません。ただ黙って、そこにならんでいるだけです。でも、その絵の前に立つ私までが、なぜ無言のままそこに立ちつくしてしまうのでしょうか。それは……画学生たちの絵があまりに「真剣」で「一生懸命」だからです」

それらの絵は「あと何日かで戦場にゆかねばならない、そんなギリギリの時間に描かれた」ものなのです。「「絵を描くのはこれが最後かもしれない」、あるいは「戦争に行ったら生きてかえってこられないかもしれない」ということを覚悟して」描かれたものなのです。

彼らはなにを描こうとしていたのでしょうか。暖かい一家団欒を描いた伊沢洋さんの『家族』と題された作品に触れて窪島さんはこう記しています。裕福そうに描かれたこの一家は実はとても貧しかったそうです。
「ですから、この一家団欒のたのしそうなひとときを描いた「家族」という絵は、洋さんが戦争にゆく直前に空想して描いた絵なのです。(略)そして、この絵は洋さんが自分を苦労して育ててくれた両親、その両親を一生懸命働いて支えてくれたお兄さんや妹さんに、どれだけ感謝していたかを表している絵であるともいえます」
自分の思いのたけすべてを込めて描かれたものだったのです。苦労して美術学校へ通わせてくれた家族への思い、愛情、希望、夢、願い、それらすべてが込められているものなのです。けれど洋さんは召集され戦死してしまいます。
「終戦後、戦地から伊沢家にとどいた白い小さな骨箱には、戦友が洋さんの死んだ場所からもってきた一握りの砂が入っていただけでした」
遺骨は見つけられなかったのです……。

この本に収録されたどの絵からも伊沢洋さんと同じように、強い思いがあふれてくるのを感じられます。
母、祖母、妻、友人、恋人、妹、そして愛おしく思っていた風景……。そのどれもが静かな、けれど圧倒的ななにかを私たちに伝えているように思えます。

画布にむかう自分を描いた渡辺武さんの『自画像』。
絵に打ち込んでいた武さんは奥さんにあててこのような手紙を残しています。
「アイ(奥さんの名前です)よ、元気でいるか。変りはないか。戦争は日に日に激しくなってくるようだ。戦場に吹く風もしだいに冷たくなってくる。まるで嵐の前夜のようだ」「このぶんだと、自分はもう生きて帰れないかもしれない。しかし、たとえそうなっても、家にのこしてきた作品だけは大事に守ってくれるように」
武さんは沖縄で戦病死されました。

彼らの夢や希望、愛情を破壊したのは、もちろん戦争です。戦争を起こした人たちはいつも言います、「やむをえなかった」と。
生き残った人たちが言うそんな言葉は、この絵に自分のすべてを込めた人たちへ届くはずはありません。

これらの絵が無言で語りかけてくるもの、
「かれらの絵からは「生命(いのち)」の歌がきこえてくるのです」
「──私たちと同じように世界中の人々が「愛する人」の絵を描けるような、そんな平和な世の中をつくってゆくよ、と」
窪島さんはこう聞き取っています。

彼らが絵に込めた思いを受け止め受け継ぐこと、それが私たちに残された使命なのではないでしょうか。無言を聴きに行ってみたくなりました、そんな一冊です。

書誌:
書 名 「無言館」にいらっしゃい
著 者 窪島誠一郎
出版社 筑摩書房
初 版 2006年7月10日
レビュアー近況:先週末から各国一斉に始まったiPhone 6 PlusのiSightカメラ交換プログラム、野中のものも残念ながら対象でした。至近Apple StoreのGenius Barは今週予約が取れず、集荷配送でのカメラ交換に。数日、愛機とお別れです。涙。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.08.24
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3897

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