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〝出前DJ〟としていつまでも良い音楽を届けようとしているバラカンさんの自伝的エッセー──ピーター・バラカン『ラジオのこちら側で』

1974年、文字通り徒手空拳で来日、日本の音楽関係の企業に就職し活躍を始め、今も現役のDJとして好きな音楽を誠実に伝え続けているバラカンさんの自伝的エッセーです。徒手空拳といっても必携、愛聴のアルバム(近年のアナログ盤復活ブームで死語から復活!)20数枚はしっかりと持ってきたそうです。日本で手に入るかどうか心配だったとか。

来日した頃の日本では「どこでも聞こえてきた大工の音」というから、えっ! 太宰治の『トカトントン』にしては時代が……と思ったらカーペンターズのことでした……。確かにその頃は大ブームでした。バラカンさんはイギリスにいた頃は関心がなかったそうですが、日本で何度も聞くたびにその完成度の高さに気づいたそうです。
「となりのへやに住んでいる人が、日曜の朝ともなると、カーペンターズをいつもかなり大きな音量でかけていました。ところが、いちばん聴かせる部分のソロ演奏がはじまると、その人は必ず針をあげて曲の頭にもどしてしまうので、ぼくは気が狂いそうになりました」
きっと、音楽の大事の仕方が違っていたのでしょう。それは当時の日本のラジオでの番組構成からもうかがえます。バラカンさんが来日していたころは、というかその数年前からラジオはお喋りが中心になっていて、音楽をじっくり聴かせるというより、ハガキや街頭インタビューが中心になっていて、音楽はその合間に流されるものでした。音楽をしっかりと聴かせる番組はほとんどなかったのです。イギリスにあったような海賊ラジオの影響で正規の(?)番組構成が変わるようなことは日本ではありませんでした。バラカンさんがあこがれたBBCのDJ、ジョン・ピールやチャーリー・ギレットの番組のようなものはなかったのです。

音楽雑誌に書いたコラムがもとでバラカンさんは初のDJの仕事をします。それはコラムに
「紹介しても、読者のみなさんは日本でおそらく聴くことは出来ないかもしれない。聴きたい人はこの番号に電話してくれれば、ぼくが聴かせます」と書いたところ、本当にリクエストの電話がかってきて、受話器越しに相手に聴かせたそうです。ミュージシャンはニック・ロウでした。

自分で聴かせたい音楽を選び、自分でそれを紹介する、そんなDJになるにはまだ少し時間が必要でした。そして初めてそのチャンスがやってきました。1984年、来日してから10年目のことでした。FM東京の深夜(というより早朝)番組「スタジオ・テクノポリス27」を矢野顕子さんから引き継いでバラカンさんがひとりでやることになったのです。本格的なDJとしてのデビューです。
そしてそれに続くテレビ番組『ザ・ボッパーズMTV』への出演によって大きくバラカンさんは活動の世界を広げることになります。音楽の世界だけではありません。『CBSドキュメント』の登場です。
「自分にとっても勉強になるだろう、ぼくでつとまるという自信はないけれどやってみようと思ったのです」
と語っているバラカンさんですが、この仕事はその後のバラカンさんに大きな影響を与えたのではないでしょうか、そう思えてなりません。

時事的なテレビの仕事もあったのですが、やはり音楽がバラカンさんの本道でしょう。日本でもさまざま音楽が輸入、紹介され、バラカンさんが昔から好きだったブルーズやソウルだけでなく、ワールドミュージックという名で世界中の音楽が日本でも聴かれるようになりました。そんな状況の変化中で良い音楽を自ら見つけ(聴き)届けるというDJとしての仕事にやりがいや、おもしろさを追求するバラカンさんの姿勢はますます強まっていったのです。

ラジオの世界はまだまだ大きく変わりそうです。音楽の世界はどうでしょうか? この本に収録された鷲巣功さんとの対談「墓場シフトから生きた音楽を」を読むとラジオの世界の今後についていろいろ考えてしまいます。とりわけ昨年突如打ち切りとなったインターFM『バラカン・モーニング』があっただけに、そのインターFMの執行役員受諾でこの本が終わる(あとがきでかたられています)のは、その後のラジオ、メディア全般の変貌・変質を思い起こさせるものがあります。コマーシャリズムだけでなく、自粛という名の下に強いられてくるものもあると思います。

「ぼくたちの世代は子どものころから、自分が生まれる前の過去のいい音楽がラジオから流れてくるのを聞いて、ごく自然に自分たちの文化として受け止めてきました。しかし今、その環境がないことに危機感を持ちます」
そのような中でももちろん〝出前DJ〟として良い音楽を届けようとしているバラカンさんの熱意は衰えることはありません。良い音楽の出会いの場をつくり出すDJ本来の役目を追求し続けるバラカンさんの中に最高級のソウルを感じる人は多いに違いありません。良い音楽を聴くように心地よい読書です。その後のことを知るだけになお一層心地よさが忘れられません……。

書誌:
書 名 ラジオのこちら側で
著 者 ピーター・バラカン
出版社 岩波書店
初 版 2013年1月30日
レビュアー近況:扇風機に貼って使う冷却ジェルシートが人気だそうな。効果は兎も角、レガシーな製品に新しい技術が融合するのはよいですね。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.06.02
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3578

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