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「戦争の加害者に一切言及せずに、戦争の暴虐を憎むなどということが何故言えるのか」──内田樹他『日本の反知性主義』

「テレビ界に巣食う「台本至上主義」は、僕には一種の「反知性主義』のようにみえる。そしてそれは、実はテレビ番組の世界に限らず、日本社会に蔓延している態度ではないか、と思うのだ」(想田和弘さん)

想田さんのいう「台本主義」とは〝先に〇〇ありき〟という思考態度のことです。例えば「「先に有罪ありきの」司法制度(略)「先に点数ありき」の教育制度、「先に移設ありき」沖縄米軍基地問題、「先に書き換えありき」の歴史改ざん主義、「先にコスト削減ありき」の福祉制度改革、「先に可決ありき」の秘密保護法」と。もちろん現在審議中の〝安保法制〟もまた「先に可決ありき」だと思います。そして「台本至上主義」者はこう行動します。
「コトを進める人たちは、何があっても台本だけは絶対に崩そうとしない。そして台本を崩さないために、知性そのものの発動を抑制するという本末転倒がしょうじているのである」
「いずれも、個人が自由な知性を発揮し(略)本気で考え、吟味しようとするならば、「台本(ゴール)」の正当性や意義が深刻に疑われる事例」であるにもかかわわず……。
かれらはなぜ「台本の死守にこだわる」のでしょうか。福島第一原発を例として、想田さんは「疾病利得」があるといっています。つまりは「利権」「既得権益」です。「敢えて「馬鹿」のように振る舞う反知性的な態度の背後には、それなりのモチベーションと理由があるのである」

想田さんがいうように「台本」を創る力があるということは「反知性主義」には知性がないわけではありません。自分の知力を誇っているかのように「理非の判断はすでに済んでいる。あなたに代わって私がもう判断を済ませた。だからあなたが何を考えようと、それによって私の主張することの真理性には何の影響もおよぼさない」(内田樹さん)という態度をとる人のことです。
簡単に言えば〝自説のみに固執〟し〝他の意見を(実際は)聞かない〟人たちのことです。
ではどのような人を内田さんは「知性的な人」としているのでしょうか。「他人の言うことをとりあえず黙って聴く。聴いて「得心がいったか」「腑に落ちたか」「気持ちが片づいたか」どうかを自分の内側を見つめて判断する。そのような身体反応を以て差し当たり理非の判断に代えることができる人を私は「知性的な人」だとみなすことにしている」と。

この極めて当たり前の態度がみられないのが現在の安倍晋三首相とその影響下にある自民党の政治家たちです。白井聡さんは内閣総理大臣補佐官である礒崎陽輔参議院議員の「『立憲主義』を理解していないという意味不明の批判をいただきます」「そんな言葉は聞いたことがありません」という暴言に触れてこう記しています。
「磯崎がこうした発言によって曝け出したのは、「自分が興味がなく知らないことは知るに値しない」という精神態度にほかならない」と断じています。
この磯崎さんの傍若無人な態度はほかでも見られました。安保法案に関して、持論をツイッター上でつぶやいたところ10代の少女から反論され、返答に窮したあげく自分のツイッターをブロックしたことでネット上で話題になりましたが、先日も「法的安定性は関係ない」とした発言でもまた話題になりました。「高学歴者にも反知性主義者はいる」(白井さん)という「台本主義者」「反知性主義」の見本のような政治家です。
けれど彼を選んだのはほかならぬ私たち自身です。
「反知性主義」に抗することはそれほど簡単なことではないように思います。
「安倍晋三は戦前という時代も、戦後の荒廃の時代も本当は知らない(それはわたしたちも同じだ)。自分が本当には知らない時代を、あたかも知っているかのようにして物語を作ろうとしている。知らないとは恐ろしいことである」(平川克美さん)

平川さんは二つの安倍さんの言葉をとりあげてこう記しています。
一つは「先の戦争が地震や水害などの天災ででもあったような印象をうける」全国戦没者追悼式式辞での安倍首相の言葉です。もう一つは国連総会での演説です。それは日本国の国際貢献の自賛であり「日本の積極的平和主義」への自賛に満ちたものでもありました。
それに対して「戦争の加害者に一切言及せずに、戦争の暴虐を憎むなどということが何故言えるのか。そこにあるのは、自分たちの過去を直視しない、歴史からの責任回避の姿勢である。その責任回避と、自慢話で満たされた奇妙な演説を聞いて、わたしは日本という国家の未来に対して、あまり楽観的な気持にはなれないのである」

彼を首相の座につけたのも私たちです。選挙制度の欠陥は言い訳になりません。
「反知性主義」に抗すること、それ以前に語ることの難しさも高橋源一郎さん、赤坂真理さん、小田島隆さんが語っています。難しいからこそ私たちはややもすると「反知性主義」に足元をすくわれてしまうことにもなるように思います。

だからこそ、「己の知の限界性を知ること」(白井さん)、そして「可能な限り先入観と予断と予定調和を排し、自分を含めた「世界」をよく観て、よく耳を傾けること。目的やゴールはとりあえず忘れて、目の前の現実を虚心坦懐に観察すること」(想田さん)ということが私たちに肝要なのです。
さらに「問いの立て直しがない。問いを立て直すことなく、「よかった(と自分が思う時代)」に固執する。そして状況すべてを窒息させてしまう。「反知性主義」的態度とは結局、そういうことではないだろうか」(赤坂さん)。その通りだと思います。これは暴言を連発し社会人失格とまで思える武藤貴也議員にも当てはまることだと思います。想田さん、赤坂さんの言葉とともにある先人のモットーが思い出されました。「まずもってすべてを疑うこと」という言葉が。

どれも力作論文・エッセイが収録されていますが、中でも赤坂さんの天皇家に触れたもの、高橋さんが鶴見俊輔さんから始まりロバート・クラム、太宰治、谷崎潤一郎等にふれたものはとても興味深く感じるものでした。(この自分の感覚が「反知性的な態度」でないといいのですが……)

書誌:
書 名 日本の反知性主義
著 者 内田樹・白井聡・高橋源一郎・赤坂真理・平川克美・小田嶋隆・名越康文・想田和弘・仲野徹・鷲田清一
出版社 晶文社
初 版 2015年3月30日
レビュアー近況:サッカーACL準々決勝1stレグ、野中が応援している柏レイソルは、ホームで1-3の敗戦。2ndレグはアウェイで大量点が必要となる苦しい展開ですが、頑張って欲しいデス。それにしても、トッテナムから広州恒大に移籍してきたパウリーニョのFK弾は、凄過ぎました。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.08.26
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3943

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