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タテ看問題について思うこと・憂うこと・期待すること

京大のタテ看問題。
毎日ニュースで取り上げられている。昨日もMBSが校門前で取材していたのを目にした。1人の学生として、思うことがあるので少しばかり綴ってみることにする。

※そもそもタテ看とはなんぞやって人は、こちらの記事ご覧ください。

一昨日あたりからであろうか。タテカンの数が激減した。まだ門付近にはいくつか残っているが、なんだかもの寂しい。これじゃない感がすごいのである。 景観条例に違反するとのことで、規制がかけられ、どんどん取り壊されているのだが、そもそもタテカンってなんのために作っているのだろうか。

第1にあげられるのは、広告媒体の1つとしてである。寮生の募集や、部活・サークルの試合や発表会の日程を記載したものである。

しかしそれ以上にタテカンの意義は深い。
このツイートが全てを言い表している。

たしかに毎日学校に通っていると、いやでも目に入ってくる。すると、こんなこと考えてる人がいるんだなとかわかってくるのである。しかもこれが結構良くできているのである。

中には大学当局にとってめんどうな人々(◯◯派みたいな)が絡むタテカンがあることは否めない。
ただ、だからといって、なんでもかんでも規制すればいいってもんじゃない。そしてそんな状況下では人間は時折、無性に抗いたくなるものである。

友人がタテカン関連で面白いこと言っていた。実存するから文句を言われるのであらば、QRコードを利用してARにしてしまおうと考えているらしい。馬鹿らしいけど、たまらなく好きだ。全国に1つぐらいこんなバカやる学校があってもいいのではないかと思う。

制限をかけるにしても、まずは学生側の代表(それが誰なのかはまた別の問題をはらみそうだが・・・)との話し合いの窓口を開放してやってほしい。まずは、学校側の今後の姿勢に期待する。

※私自身特定の団体に所属しているわけではありません。一人の学生の意見です。

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