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井出隼平五段【将棋のこと】

私は将棋を観るのが好きだ。
そして山崎八段ファンです。

「解説者として好きな棋士は?」と問われたら、私は金井六段と答えます。綺麗な言葉遣いに親切な駒運び。一手一手、決して省かない手順解説と丁寧な口調の中に潜む冗談含みの絶妙な言い回しがとても好きなんです。そんな金井六段と双璧を為すほどに解説者と聞いてテンションの上がる棋士が井出隼平五段。コチラは打って変わって終始くだけた様子の解説。将棋の強いあんちゃんと部屋で寛いでいるかの如き気分で雑談のように聞くことが出来ます。フランクな口調でお決まりの口癖が「わかりません」。一日の解説で何回使うんだと思うほどに「わかりません」を連発する。しかし、その「わかりません」が実は多くの本音を教えてくれているようで、私は好きで堪らないのです。

井出五段の「わかりません」には数パターンの種類が存在します。対局者が指した直後の第一感としての「わかりません」。プロ棋士であっても読み筋に無く、瞬間「わからない」と思った感想をストレートに伝えてくれています。私のような棋力の者では全ての手がほとんど意味不明。瞬時に優劣を示してくれるソフト評価値も有難いですが、率直にプロ棋士目線で易難を教えてくれる井出評価値も同様なほどに有難いのです。そんな井出五段がしばし局面を眺めては再度言い直します。「うーん、わかりません」。瞬間どころかしばらく読んでみても結局難しいということを正直に教えてくれる。井出五段はわからなくとも読みをサボることは決してなく、ぼやきを燃料としていつもしっかりと考えてはくれるのです。その後、対局者の長考で解説でも様々に読み進めます。大盤を使ってはひとまず直線的な読み筋。いまいちなのでと曲線的にも読んでみる。まだわからないと分岐での変化。一旦戻してみては再び読み直す。散々に読みまくった挙句、頭を掻きながら最後に出すのは「さっぱり、わかりません」。やっぱりの一言に、そんなにも局面は難解なのねということが十二分にわかりました。

他にも「解りません」と「判りません」。「私のような凡人には全くわかりません」という自虐調まである。様々な「わかりません」をフル活用して、その理由の中にプロ棋士の心情を込める。井出五段の解説が一部で絶大な人気を博しているのは、こういったプロの気持ちを包み隠さずに教えてくれるからだと私は思っています。

そんな井出五段でも時より自信を込めて「わかる」と言い出すことがある。「この手の意味なら、私にもわかります!」普段あれほどまでに「わからない」を乱発する本音の解説者だからこそ「わかる」の説得力は凄まじいものがあります。説明にも信憑性が増しては手の意味を熱心に聞き入ります。その後の展開はと話が進んで、勿論、次の一手となるのが必然ですが、するといつもの思案顔。そして繰り出されるのは、お決まりのあの言葉「次が、わかりません」
もう最高です。

また井出五段には窪田義行七段の専属聞き手という肩書きもありました。型破りなほどに真面目でこだわりの多き窪田七段。一時期の企画で山岳で将棋が強い「峰王」というタイトルまで保持していたユニークな棋士なのですが、その独特さが故に魅力を惹き出しては人に伝えることがまた難解。そんな難題をまさかの「わかりました」で毎度引き受けていたのが井出五段でした。とにかく窪田七段のことだけは全部わかっていそう。棋譜から戦法、趣味嗜好まで。窪田七段の発言を汲み取ってはファンにも解るように翻訳し直す。「わからない」なんて言わない。わかるまで話を聞いては、わかるようにファンへと伝える。あれほどまでに優しく、時に軽やかに窪田七段を捌きつつも、その魅力を解り易く広める聞き手は女流棋士を含めても井出五段、ただ一人です。

二度の千日手が生じた叡王戦決定局に、フルセットまでもつれ込んだ先週のアベマトーナメント。大いに井出解説を堪能出来た最近の観戦ですが、まだまだ足りないというのが本音でもあります。窪田七段における井出五段のように、井出隼平という魅力の全てをもっと私もわかりたいです。


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