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佐藤天彦九段【将棋のこと】

私は将棋を観るのが好きだ。
そして山崎八段ファンです。

名人戦第一局の大盤解説が面白いという噂が、風の便りで私の耳にも届きました。早速、探して動画を観てみる。壇上で軽快ながら熱弁をふるっていたのは佐藤天彦九段。ダイジェスト版を観てから「なるほど、面白い」とフル動画の方まで視聴しました。

一日目の進行を振り返る解説で、いきなり二手目からフルスロットルの天彦九段。藤井六冠の二手目が必ず「8四歩」だということに触れて延々と喋り続けます。何故に「8四歩」かはココには書きません、というか書けない。話の内容が高度過ぎるのです。この手で後手の藤井六冠が堂々としているらしいことは解る。何でも受けて立つ自信があるらしいことも解った。その上で角道を開けてメリットが多いだろうと思われる「3四歩」ではダメですねと主張されているはずだというのが天彦九段の見解。うーん、二手目にして何という深い読み、さすがは名人位を三期も務めた棋士です。

その後、早めの端歩でまた弁に熱がこもる。私のような者には早めだろうが遅めだろうが端歩の意味はいつもよく解らない。端攻めは喰らっても、喰らわすことが出来ないのが私の棋力です。端歩は何となく突く、そんな理由しかない私でも天彦九段の熱弁解説が浸み入ります。何ですかねぇ、あんなにも熱を込めて解説されるとコチラも解ったような気になってしまいます。

私は野球の動画も好きで、古田敦也さんの「フルタの方程式」や宮本慎也さんの「解体慎書」をよく観ます。あれも難しい、というか専門的。身体の使い方がどうとかグラブの違いとか、ピッチャーマウンドの傾斜云々なんて私には全く関係の無いことですが、それが楽しい。一芸を極めた人達が夢中になってその好きな芸について深く掘り下げる。素人にも解り易くと気遣ってはいるものの、気がつけばそっちのけで専門話に花が咲く。一流所が一芸について語る時、皆さん突き詰めてきた芸ですから話が止まらないんです。内容自体は難しくともプロの凄みだけは伝わってきて、何となく解ったような気になっていく。結果、理解以上に聞いていて楽しかったりもします。将棋という難解なゲームをより解り易く少しでも馴染み易くというのが今までの解説の基本スタイルでしたが、棋士が主観のままにより専門的に尚かつ熱っぽく解説するという新たなスタイルを今回魅せ付けた天彦九段。将棋の楽しみ方が、また一つ生まれた瞬間を見たような気がしました。

山崎ファンの私にとって二十代の頃の天彦九段の印象は、あまりよくありませんでした。天彦九段がどうこうではなく、ただ妬ましかったのです。
まだまだ強い若手の一人だと思っていたら、アレよアレよとB1まで上がって来て、その後はトントントンって名人獲得ですもの、呆気に取られました。伸び盛りが加わったことで山崎八段の昇級も一苦労だと見守っていたら一気に抜き去られた。ライバルでも同世代でもないので比較対象でもないのですが、ファンとしてちょっと妬ましかったんです。山崎八段ほどの実力でも苦労するB1と、その上にそびえ立つA級、全棋士の天敵である羽生当時名人を一期で抜いた訳ですから。凄いという感情すら抜けてしまって、そんなにも強いのは狡いと思ってしまいました。将棋も思考も緻密でしっかりとした印象の天彦九段。私は大胆で自由奔放な山崎八段が好きですから、それでは対抗出来ませんよと突き付けられたような気分になってしまったのです。ちなみに両者の直接対決はほぼ互角なので、単に当時の私の悲観的な感想でありまして、山崎八段への流れ弾については申し訳なく思いながら書き綴っております。

そんな無双状態だった天彦九段も名人陥落後は若干の苦戦中。それでもA級に踏み止まりながら棋風を改造するという難作業を近年試みています。大盤解説での話を聞く限りでは対局思考の改良すら試みている様子。貴族と呼ばれていても元は九州男児、まだまだ上を見据えて闘志を秘めています。

そして天彦九段もいつも間にか三十代の折り返し地点。実績は抜群で実力は十分、解説ですら充実していて楽しませてもらっている最近ですが、久しぶりに妬んでみたくもなってきました。矛盾した言い方になりますが、天彦無双の再来を妬む為にも、心から大活躍を期待しております。

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