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どん兵衛くらいで暗明な私【日々のこと】

暗い話に取られそうですが、そういう意味合いではなく、むしろ深くもなければ哲学でもないのですが、日々よく思うというだけで書いてみます。

今日、昼食にどん兵衛の蕎麦を食べまして、それはまぁいいのですが、カップ麺を作ると3分ほど待つことになります。この3分、この3分であっても寿命は減っていくんだなぁと思ってしまうんです。私は待っている3分間、特に何もしません。待ち遠しいのもありますし麺硬めが好きなので伸びるのだけは困る。結果、何をしても中途半端になるのでただ待つしかないのです。するとただ待った3分間、寿命が減っている。勿体ないとか無駄な時間という感情はありません。ただよく思う、そう思ってしまうという話です。

レンジの温めでも思いますし、電車の待ち時間でも思う。寝つきが悪い夜にも思えば、寝起きでボーとしている朝にも思う。生きているということは確実に死に向かって進んでいるという意識が常にあるようです。死を望んではいません。逆に有意義に生きるんだと前のめりなタイプでもない。ただ不確かなことが多い人生で絶対的不変である死というものを絶えず意識してしまうという、それだけの話です。

そんな思いが今日もよぎりまして、タイマーをかけ忘れた。どん兵衛は5分。3分ならまだしも5分の長さは感覚的によく判らない…
要はカップ麺を作る程度のことで、こんなどうしようもない物思いに耽ってはいけないということです。あやふやな5分で出来た蕎麦も普通に旨い。それで十分、明るくいきましょう。

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