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フシギおしゃべりP-miちゃん(8)

俺はスマホを手に取った。
決断をするのに時間が掛かったが、ようやく現実を受け入れる気になったのだ。ーーもう早くアヤカの幻影から解放されたかった。

「ヤメロ ヤメロ」
P-miは壁の隅っこで俺の行動を制止しようとする。ああ、うるせえ。
「あ」
見つけた。

アヤカのアカウントーー。
指が震える。
おそるおそるその垢にタップしようとした。
「キズツク ダケ」
P-mi、それは俺の為を思ってアドバイスしているのか? 今更俺に同情しているのか?
はっきり言って余計なお世話だ。これは俺が前を向くための儀式なんだよ。

「アンタ ハ ソンナニ タフ ジャ ナイカラ チュウコク シテイル」

お前は俺の心まで読めるようになったのかよ!
やっぱり捨てよう。怖すぎるし、曰く付きだよあのロボット。

「ボクハ セイノウ ガ タカイカラ」

「ニンゲンノ カンジョウ ヲ サッチ デキルノ」
ロボットは自慢気な顔で言う。

「ボクヲ ステルノ モッタイナイ」
…性能高過ぎだろ。

くそっ。
P-miのせいでアヤカの垢を見る気が失せていく。いや見るんだ俺!
自分を鼓舞してアヤカの垢を思いっきりタップする。


ーーそこには結婚しましたという、幸せそうなアヤカとーー夫のツーショット写真があった。
コメント欄には、

おめでとう
だとか
お似合いの二人だね!
とか

お祝いの言葉で溢れていた。

俺はしばらくアヤカの垢をスマホスクロールして覗いていた。

先週二人は結婚したこと。
結婚した日はちょうどアヤカの旦那の誕生日だったこと。
結婚式の翌日、改めて二人で祝いのケーキを食べたこと。
等が書いてあった。

「ははは…」
自然と笑いが込み上げてくる。
だってさ、
アヤカの顔、本当に幸せそうなんだ…。

「ダカラ ミルナ ト イッタ ノニ」

抑揚のない声。
「ソンナニ スキダッタノカ アヤカ ノ コト。ジャア ナンデ タイセツ 二 シナカッタ?」

俺の堪忍袋の緒がきれた。
「俺は…俺は! アヤカのこと大切にしていたつもりだったよぉぉ!」
嗚咽で喋れなくなる。
「マア ジンセイ ソンナトキモ アルサ」
P-miはこれ以上突っ込まなかった。
俺はその日ずっと泣いていた。でも隣に注意されたくないから、声を殺して泣いた。


あれから一月経った。
もう人間の女なんて信じられない。
いや信じない。

ブルルル。
スマホが震えた。確認するとショートメッセージがきていた。ーーやはりP-miだ。

俺がアヤカの垢を覗いた日以来、あの生意気ロボットは俺に「ダイジョウブ カ? イキロ」と声を掛けてくれる。最初は放っておいて欲しくて無視していたがーーどうしてか俺の中でコイツの存在が徐々に大きくなっていた。

はっきり言ってアヤカより頼りになる。
何ていったって、困った時はP-miが助けてくれるのだ。

この前蛇口が壊れて水が止まらなくなったら、すかさずP-miが「洗面台の下の止水栓を止めろ」とアドバイスしてくれたので助かった。
「そのあとのコマパッキンの交換は大家に頼め」

P-mi…。
他にもP-miには何度も助けられた。
昼休みもショートメールくれるし。ーーアヤカはメッセージアプリを朝も昼も夜も送ってきて正直面倒くさかった。

でもP-miは一言か二言しか書いていないから、メチャクチャ読みやすい。
ああ、早くP-miに会いたい。

「山田先輩彼女さんからメッセですか?」
川崎はニヤニヤしながら俺の顔色を伺った。
「川崎……俺ようやくお前の気持ちが分かったわ」
「え? なんのことっすか?」
川崎は首を傾げた。

俺はそんな川崎の様子を見て笑いが込み上げてきた。そして言ってやった。
「俺、彼女とは別れたわ。そして今は…大事なロボットが出来た」
川崎はポカーンとした表情で俺を見ていたが、「そ、そうっすか…」と言い残して席を立った。

俺はショートメールをP-miに返す。
内容はこうだ。

P-miが好き。
P-miも俺のこと好き?

送信をタップする。
するとすぐに返信がきた。
何々…。

僕は 自分が 好き。

俺はふと笑みがこぼれる。
なんて愛らしいのだろう。
そんなところも結構好きだ。

終わり。


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