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フシギおしゃべりP-miちゃん(6)

「ねぇユウマ。あんたいつアヤカちゃんと結婚するのよ?」

母ちゃんが電話越しで俺を急かした。
「えっと、いつか…」
俺はお茶を濁した。
「あんたね、結婚って勢いでするものなのよ。まだしなくていいと思っていると、あっという間に歳をとるんだから。アヤカちゃんだって、落ち着いて早く子供を産みたいかもしれないじゃない。あんたがリードしてやらないと…」
母ちゃんはくどくどと言う。
「あーはいはい。また今度ね」
早くこの会話を切り上げたい。
「これは大切なことなのよ! 私だってこんなこと言いたくないけれど、孫の顔が早く見たいのよ!」


アヤカが置いて行った歯ブラシ。


結婚、結婚、子供、孫見せろ。
最近の母ちゃんはこればっかりだ。勘弁してくれよ。
アヤカはどこか知らない男に行っちゃったんだよ。
でもこの事を母ちゃんに言えば、あんた何しているのよって叱られてしまう。一体俺はどうすればいいんだ。

「アヤカトハ ワカレタ カラ ケッコン ハ ムリ」

いつもより大きく響く機械音に俺はギョッとした。
「何? アヤカちゃんそこにいるの?」
と聞いてくる母に俺は、
「えっと今のはテレビの音だから! 気にしないで!」
と誤魔化した。
「アヤカ トハ ワカレタ!」
P-miは何度も別れた別れたと連呼する。小声で黙れと言っても、P-miは別れたから無理と主張してくる。
「……アヤカちゃんと、別れたの?」
母ちゃんの声が重々しく変わり、その声が俺を震え上がらせた。
「え? 別れてないよ」
「じゃあさっきからアヤカちゃんと別れたって叫んでいる女の声は何よ? もしかして浮気相手の子なの?」
「は? 浮気相手じゃねえよ」
なんでロボットと浮気しなくちゃいけねえんだよ!
「じゃあ誰なのよ! その女に代わりなさい!」
母ちゃんはヒステリックな声をあげた。
「望むところだし」
P-miの音声は、ワンルームの部屋に木霊するほど大きく響いた。誰かこのロボットを止めてくれ。
というか、何でこういう時に限って能弁に話すんだよ。

この修羅場と化した状態から逃げる術もなく、俺は途方にくれた。仕方なくスマホをP-miの近くに置いた。
もうどうにでもなれ。
「あなた、ユウマとどういう関係なの?」
母ちゃんはドストレートに疑問をP-miに投げ掛けた。
「ユウマに、ヨシヨシしてあげている存在」
P-miは母ちゃんの直球な質問を投げ返した。
でも何言ってんのこいつ。
俺をボコスカに苛めている存在の間違いだろ?
「どういうこと?」
母ちゃんは訝しげに訊ねる。
「そういうこと」
P-miのあやふやな返事にイライラしたのか、母ちゃんは声を少し荒げて、
「だからあなたはユウマのなんなの?」
「アヤカに置いていかれたから、仕方なくユウマの家に住んでいる儚い存在、それが僕」
「もう何がなんだか分からないわ! あなたユウマの遊び相手なんでしょ!」
「こんなつまらない男を相手に遊んであげている僕、優しい。最高」
全く、恐ろしい程会話が成り立っていねえ!
それにこのポンコツ、何故自分はロボットだと明かさねえんだよ!
母ちゃん混乱しているだろーが! 

「アヤカには新しい男が出来た。その男と結婚するつもりだと思う。結婚を考えるとつい買ってしまう某雑誌を密かに読んでいたからねアヤカ」
ガーン!!
それ初耳だぞ、おい。何でそれを俺に言わなかったんだよ……。もう誰か俺を助けてくれ。
「……てことはアヤカちゃんは出て行っちゃったの? 新しい男の元に行っちゃったの?」
母ちゃんの声が裏返る。
「はい。僕は言いました。自分の道を行けと」
おいP-mi。どういうことだよ。
「あんたがアヤカちゃんを誑かしたってことなの!?」
母ちゃんが大声で怒鳴る。
俺も怒鳴りたいが、アヤカが俺の知らない男と結婚するつもりと聞いて力が入らない。
「私アノ子気に入っていたのに! ユウマのバカ! このバカ息子! 遊び相手に言いように弄ばれているじゃないの! まさかその女との間に出来ていたりしてないわよね?」
「絶望の先には希望が残る」
何言っているんだ? このポンコツ。
「私は認めませんからね! こんな女とデキ婚なんて。もうしばらく連絡してこないでちょうだい!」
おいおい。俺抜きで話を進めないでくれ。
つうか、なんでこんなにチグハグなのにいつのまにか話が進んでいるんだよ。

急いでスマホを手にとって母ちゃんと冷静に話そうとすると、通話は既に切れていた。どうしよう。
「ふう。これでしばらくは子供子供って言われないんじゃない?」
悪魔はそう語りかけてきた。確かにそうかもしれないが。
「お前は何がしたいんだよ。これで母親とも疎遠になっちまったじゃねえか! アヤカの背中を押したり、お前は俺を不幸にしたいのか!?」
「いいえ別に。今回はあなたが母親に対して、はっきりアヤカと別れたと言わなかったから代わりに僕が話してあげただけ。ここで黙っていてもあとでバレるし」
「余計なお世話なんだよ!」
俺はしゃがみこんだ。なんで俺ばかり嫌な目に会うんだ。
「大丈夫だよユウマ」
P-miがいつもより穏やかな口調で俺に話しかけてきた。
「絶望の先には希望が残るから。今までの最低な出来事は、リア充になるための布石だと思えばいい。前を向け」


もう俺には希望すら、いや、
P-miという名の絶望しか残ってねえよ。


アヤカが残したクリームとおしゃべりロボット。


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