見出し画像

『美大で流行ったおまじない』

これはフリーゲームで載せたお話です。
ノベルゲームをプレイしない人もいると思うので、『美大で流行ったおまじない』だけ、ここで発表します。

『美大で流行ったおまじない』

これは俺が大学生だった頃の話。俺、美大出身でさ、そこの美大にはある噂があったんだ。
絵画棟の3階の窓(3階ならどこでもいい)に向かって、ある呪文を唱えると未来の結婚相手が顔を出しにやって来る―――そんな子供じみた噂があった。


初めてその話を聞いた時、正直馬鹿らしいと思って笑ったのを覚えている。だって大学にもそんな七不思議みたいなのがあるだなんて可笑しすぎるだろ?

まあ俺はデザイン科だったから、わざわざ絵画棟まで行って噂を試そうとしたことがなかった。
というかそういう機会がなかったし、興味がなかったんだ。
でもそんな可笑しな話を、めっちゃ信じていた子がサークル内にいた。

Iさんって女の子で俺より1つ年下の後輩だった。割とかわいい子なんだが、所謂ザ・不思議ちゃんでさ。
それだからかサークル内で少し浮いていた。
でもかわいいから狙っている奴もいた。当時俺も
Iさん狙いだった。あの時俺も若かった…。

俺、何度かIさんをデートに誘ったんだけど…
あまり相手にされなくてさ。
それでも諦めきれなくてサークル時間は、
ちょくちょくどこかに行こうよーって誘っていた。


ある日一人でベンチに座っているIさんを見かけたから、また声をかけたのよ。
いつもは笑顔で断るIさんだが、その日は何故かOKを出してくれた訳。やったーと俺、心の中でガッツポーズをした。

「じゃあ、暗くなったら絵画棟に行きましょう」
とIさん言うんだよ。
「へえ?」
急に突拍子のないことを言うから変な声が出たと思う。

「O先輩(俺の名前)も知っていますよね? 絵画棟の3階の窓に向かって、ある呪文を唱えると未来の結婚相手がやって来るというおまじない」
「あ、うん。でもさアレただの噂でしょ? Iさん信じてるの?」
俺はおずおずと聞いた。

「信じてますよ、勿論」
Iさんは強くそう言った。なんだか確信めいた感じで言うから俺は少し面食らった。

「でもさ絵画科のW先輩も試したみたいだけど、何も起こらなかったって言ってたよ?」
俺が聞くとIさんは嬉しそうに言った。(一体何がそんなに嬉しいんだか)
「皆、正しいやり方を知らないから失敗するんですよ。でも、私は正しいやり方を知っているんです」
「正しいやり方?」
俺は聞き返した。

「はあ、嘘くさ」
いつの間にかもう一つのベンチに、俺と同じデザイン科で、同じサークルのYが座っていて会話に割りこんできた…俺は内心めんどくさい奴が来たなと思った。


Yは…俺の元カノだからだ。俺のなかではもうYとは終わっていたんだが、何かとYは俺と接触をしようとしてくるので正直ウンザリだった。
YはIさんに言った。
「もう大人になりなよIさーん、その歳でおまじないってさー」
Yの言い草があんまりだから俺は顔をしかめたが、Iさんはハッキリとこう言った。

「私が何を信じて何をやろうがY先輩には関係ありません。私はO先輩とおまじないをするんで」
あまりにも、にこやかに言うもんだから俺とYは呆気に取られてしまった。

Yは口を一旦閉じてまた口を開いた。
「それどういう意味よ!? 先輩に対して生意気じゃないの!?」
俺はこのままだと空気がどんどん悪くなると思ったから、
「Iさんやろう、おまじない。俺と一緒に」
と言いながらIさんの手首を掴んで、Yから逃げようとした。

「ちょっと待って! 私も行く」
Yが小走りに追いかけて来た。これはどこまでも追いかけて来るつもりだ…。
Yが行くと言った瞬間、Iさんは
「じゃあY先輩も行きましょう。私がいれば絶対におまじないが成功しますから」
と、とびっきりの笑顔でYに言った。

Yはまるで宇宙人を見るような眼差しでIさんを見ていた。我ながら例えが悪いけど。(笑)
ただ俺もその時、Iさんに対して得体の知れない人間という感じで見始めていたと思う。

でもかわいかったからさIさん、それも魅力の一つだと思って流しちゃったんだよね。

19時半になった頃、食堂にいた俺とIさんとYは絵画棟に移動することになった。
うちの大学21時までいられるんだけど、あまりギリギリにいると警備員さんに怒られるんで、出来るだけ20時半には帰りましょうと言われていたんだよね。

時間が来るまで俺達3人は会話もなく、ただただ黙って過ごしていた。凄く気まずかったからビビった。
Iさんはなんか本を読んでいたし、Yと俺はスマホをいじっていた。

食堂から出る時、
「ちょっと待っててください」
とIさんはいそいそと自動販売機に向かって行った。
Yが
「ちょっと早く行こうよ」
とIさんを急かす。

「すみません先輩。でもこれがないとダメなんです」
Iさんが申し訳なさそうに言った。と同時に自動販売機から飲み物が出てくる。

「牛乳…?」
俺は牛乳を買うだなんて、Iさんは変わっているなと思った。俺だったらカフェオレを買う、そんなことをぼんやり考えた。
「これは儀式の為に必要な牛乳なんです。あの子はミルクが好きなんです」
とIさんは不思議なことを口にした。

「あの子?」
俺は聞き返した。
「詳しい話は向こうに着いてからお話しします」
Iさんはニヤリと笑った。




絵画棟に着くと俺達は階段を登った。ぶっちゃけ、もうここら辺で俺は割と面倒くさいと感じていた。
3階に着くとIさんは
「こちらです」
と言って、向かって右側に歩いて行った。俺とYも黙ってIさんの後をついて行った。

廊下にいるのに油の、むわっとした匂いがしてきて俺は思わず顔をしかめた。
俺自身、油絵を少しだけ描いた事はあったが、あの揮発性油(きはつせいゆ)の匂いには慣れなかった。
俺はIさんに声を掛けた。
「なんだか静かだね」
「ええ、まだ講評会まで余裕があるので残っている人は少ないと思います」
Iさんは前を向いたまま話した。

きっといつもの笑顔で答えたんだろうなと、俺は自然と思った。


ここで説明させてもらう。美大生というのは課題をこなさなければならないので、遅くまで残っているのは割と普通のことなんだ。
作品を見せ合う講評会で、先生に悪い評価をもらわないように、せっせと作るのが美大生というものなのだ。
ただ講評会まで余裕があると居残る生徒は少ない。……話を元に戻そう。

Iさんは一番奥の部屋の前まで行くと、ようやく立ち止まった。
「ここですよ先輩方」

Iさんは相変わらず怪しい笑顔を俺達に向けてくる。俺は扉や扉の周りを見回した。
「ここって教室の割には小さい気がしない?」
と俺は言った。
「はい。ここは物置なんで教室ではないです」
とIさん。
「えっ? 物置なの?」
「ええ。今日はここに彼女の気配を強く感じるんです」
俺は訳が分からなくなった。

Yはイラついた声で
「さっきから、その電波発言やめてくれる? イラっとするんだけど。それに物置には鍵が掛かっていて入れないんじゃないの? 馬鹿なの?」
とまくし立てて言った。

俺も言葉にしなかったが、正直Iさんに対して不信感を抱き始めていた。
しかしIさんは俺達の苛立ちに屈せず、
「ここの物置、前から建て付けが悪くなっていて閉まらないんですよ、ほら」
Iさんが物置のドアを開けてみせた。

なるほど確かに建て付けが悪そうだ。
そしてIさんは今度、ドアを閉めようとしてみせるが、確かにドアは完全には閉まらなかった。おいおい修理しないのかよと俺は心の中で呆れた。

「入りましょう」
Iさんはドアを開けて、俺達に入るように促す。
「え。いいの、勝手に入って…」
「バレなければ大丈夫ですよ。だから早くやりましょう」
と、にこやかに話すIさん。
俺はここまで来たから仕方なく入ることにした。
俺が入ったので、Yも
「待ってよ」
と言いながら入っていった。



入ると埃が舞っていたので俺はくしゃみをしてしまった。
物置は畳3畳分の広さだった。
中は使われていなさそうなキャンバス、破れたキャンバス、描きかけのキャンバス、段ボール、カラーボックス、道具箱のようなものなどが散乱していた。

Iさんが扉を閉めたので暗くなった。と言っても扉が完全に閉まらないので、廊下の光が少し漏れている。
俺は電気を付けようとすると
「あ! 付けないでくださいO先輩!」
とIさんが止めてきた。


「あの子は姿を見られたくないんです」
「あのさ、さっきからあの子って誰?」
俺はようやく頭の中の疑問をIさんにぶつけた。
Iさんはちょうど廊下の光が当たらない所にいるので、彼女の表情が分からない。
だがIさんの息遣いは聞こえてきた。
いつもハッキリ言うIさんが黙っているので俺は不安になった。

「O先輩、Y先輩…これから私の話を聞いてくれますか?」
Iさんは続けた。
「絵画棟の窓に、ある呪文を唱えるってあるじゃないですか? その呪文を知っていますか?」
俺は友人から聞いた噂を思い出しながら、
「えっと確か…キーラだったっけ?」
「そうです! そのキーラって実は呪文じゃなくて、妖精の名前なんですよ」

「え? 妖精!?」
俺は驚いた。だっていきなり妖精が出てきたからさ。フンッと鼻を鳴らしてYは笑っていた。
そんな俺達には気にせずIさんは話を進める。

「とある外国では、窓辺に向かって妖精の名を唱えると、未来の結婚相手の生霊を連れて妖精がやってくるんですって」

「そして妖精と未来の結婚相手の生霊が、窓の外から家の中を覗くという話があるみたいですよ」

「まさか日本にも、妖精に関する伝説が残っているなんて…私感激しました! 私どうしても妖精に会ってみたかったんです」

「色々調べていく内にここの大学の都市伝説を知りまして。だから私ここを受けたんですよ」


え?

まさか妖精を見たいが為にこの大学に進学したのか!? 狂気すら感じる行動に俺は初めてIさんに対して気持ち悪いと思ってしまった。
流石のYも呆然としていた、と思う。
いつもなら食って掛かりそうな奴だが、この時ばかりはだんまりしていたので、そう思った。


「でも流石に私一人では確認するのが怖いので、同じ絵画科の人を誘ったのですが誰も一緒に試してくれなくって。だからO先輩だったら一緒に来てくれるかなって」

「本当にありがとうございます。O先輩・Y先輩!」

Iさんはその辺にあるカラーボックスを窓際まで運んでいった。
そして彼女はカラーボックスを積んでいって、一番上のカラーボックスに先程買った牛乳を置いた。


妖精に頼む時は窓際にミルクを置くのがいいんですよ。皆が成功しなかったのは、こういう
おもてなしを忘れていたからなんです


Iさんは窓を開けながらじょう舌に話す。
ここまで電波だったなんて…俺は愕然とした。

「あと先輩方に頼みたいことがあるんですけど、妖精にはちゃんと敬意を払ってくださいね。じゃないと怒りますから」
「もう帰ろうよO。こんな子といるとおかしくなるよ」
Yは俺の所に来て、そっと耳打ちをした。
俺はチラッとIさんを見る。彼女は窓に向かって

キーラ

と唱えているところだった。

Iさんは俺が思い描いているのとは違う人だった。俺はIさんに
「ごめん。そろそろ帰らなくちゃいけないんだ。用事を思い出してさ…」
と声を掛けた。

「えっえ~。まだまだこれからですよ。まだ帰らないでください!」
そう言ってIさんは俺の手を握って頼んできた。
薄暗いけど彼女の愛らしい瞳が俺を射抜く。
う~ん。カワイイ。

Yが咳払いをして急かしてくる。
「もう早く帰るわよ! こんな茶番に付き合っていられないんだけどー!!」

「Y先輩ダメですよ。ちゃんと妖精に敬意を払わなくちゃ。妖精が怒っちゃいます」

「アンタまだ言ってんの!? だから友達が出来ないんだよ! 痛いんだよ!」
IさんとYが言い合いになった。

本当は俺が止めるべきなんだがチキンなもんだから、俺黙っていたんだよ。責めないでくれ。
どうしたものか立ち往生していると…。

びゅうううう。

急に風がブワーと入ってきた。
一瞬俺達は気を取られて一斉に窓を見た。
今日はあまり風がなかったのに、いきなり強い風が吹いたんだぜ。
時間が時間だし、暗い部屋にいるからか少しゾッとしたんだよね。

しばらくしてYが鼻で笑って、「馬鹿くさっ」と捨て台詞を吐いて部屋から出ようとすると。

バンッ!!

窓の外から大きな音が聞こえてきた。
俺達は静まり返る。
「ちょっと一体なんなのよ…?」
Yは引きつった声で問いかけてきた。
「俺も分からない…」
やっとこさ俺は声を絞り出した。

Yは何か閃いたように
「あっ」
と言うと、
「もしかして鳥がぶつかってきたんじゃない? あるじゃない。そういうことが」
躓かないようにスマホを明かり代わりにして、窓の傍まで近づくとYは「えっ…」
と驚きの声を上げる。

「どうした?」
俺もスマホのライトを付けて窓の傍に行く。そして光に照らされた窓ガラスを見てぎょっとした。


…手形が見えた。
しかも手が小さい。この大きさは子供の手だ。


ちょっと待て、ここは3階のはず。


「キャ―――――!!」
Yはパニックになり、叫びながら出て行った。
俺も怖くなってIさんに早くここから出ようと言ったが、Iさんは上の空だった。
「…アンタが馬鹿にするから、怒っちゃったじゃない」
ボソッとした声でIさんは呟いた。

もう俺はそんなIさんに構っていられずに物置から出て行った。
その後のことは覚えていない。
でも何とか家に帰って寝たと思う。


ーーその晩、俺は夢を見た。
まず最初に目に入ったのは窓。そして風になびくカーテン。
時間帯は…朝か昼か分からないが、外は明るかった。
だけど部屋の中は暗かった。
俺はぼっーとして何となく窓を眺めていると、窓の外から黒いのが見えた。

もしかして…アレは人…?

女が…女が入ってくる。
俺は驚いて焦った。すると右手にいつの間にかモップらしきものを持っていた。
まあ夢なんか色々出来るからな。俺はそう感じながらモップを…。

女めがけて思いっきり叩いた。
夢はそこで終わった。

いつも起きる時間より1時間早く目が覚めた。それに寝汗が凄かった。
当時は何だっただろうと思った。昨日が昨日だからさ、不気味だった。

早く起きたからか、その日は一日中眠かった。
昼、食堂からIさんが一人でポツリとベンチに座っているのが見えた。
…あの手形は、妖精の仕業だったのだろうか。
わざわざIさんに確かめようとは思わなかった。なんだか深追いしてはいけない気がしたから。


その後、Iさんサークル辞めちゃってさ。大学には通い続けていたと思う。
時々いつものあのベンチに座っているのを見かけたからさ。
あとYもサークルを辞めちゃったんだよね。
まあ同じデザイン科だったから、授業では会っていたというか見かけていたよ。
あれからY、俺に話しかけなくなったからさ。
良かったよ。


あれから10年経ったんだけどね、俺、今彼女いるんだわ。
その人とは就職した会社で知り合ったんだ。
この前もデートしたんだよ。
待ち合わせしていたんだけど、10分遅れて彼女が来たんだ。おかしいな。彼女、いつも俺より早く来ているのに。

俺、どうしたんだと聞いたら、彼女はちょっとね、とはぐらかすんだよ。…よく見ると彼女の額にはガーゼが貼ってあった。
「えっ怪我しているじゃん! どうしたんだよ、それ」
と俺は聞くんだけど、彼女はなかなか話してくれない。

何度も聞いたら、ついに彼女は話してくれた。
「…………この傷はね…あなたにやられたのよ
俺は息が詰まった。言っておくが、俺は今まで彼女を叩いた事がない。
「それってどういう意味…?」

私に傷をつけたんだから…責任を取ってよね? Oくん
その時俺は思い出した。IさんとYと3人で、絵画棟に行ったこと。
おまじないのこと。妖精のこと。

そして妖精の名を呼んだら、未来の結婚相手が窓辺にやってくること。
俺は…責任を取らないといけない。彼女は俺の、俺の…。




……なんてね。驚いた?
悪い、悪い。
俺って少し脚色しちゃうクセがあるんだよね。
でもIさんと一緒に、あのおまじないをしたのは本当だよ。

Yという元カノはいたけど、Yとは一緒におまじないはしていない。

これも言っとくけど。
3階の窓なのに、小さな手形がついていたのは本当だよ。
結局Iさんとは付き合えなかったのも、本当。
まあそんなに怖くもない話だったかな。



俺、社会人になってから、どこかの書店で妖精系の本を見かけたことがあるんだ。
少し気になったから買って読んだよ。

ヨーロッパでの妖精のイメージと、日本での妖精のイメージとは大分違っていたから驚いたよ。
日本ではカワイイ、華やかなイメージがあるじゃん?


でもヨーロッパでは妖精って、かなり暗くてジメジメとしたイメージなんだよね。


しかもある地域では、Iさんがやっていたようなおまじないを実践していたらしい。

妖精って天国から堕ちたけど、地獄には堕ちていない存在らしいんだわ。
なんだかフワフワした存在だよな。


ただ妖精って良い人には良い事をしてくれて、悪い人には悪さで仕返しをする、シンプルな思考の持ち主なんだって。
もし……あの時。妖精が本当に来ていたとしたら。
俺をどういう感じでジャッジしたんだろうな。


俺はこういう考えを巡らせている時、パキッという音が家の中でするんだよ。
もしかして妖精に監視されていたりして。
まだ俺は結婚してはいないけど、最近彼女は出来たよ。

何人目とは、ここでは秘密ということで。
でも、どこか思うんだよ。時々。

妖精から見て良い人にならなくちゃなってね。
ちょっと、おかしいだろ。俺。
あのおまじないは確かに何かを呼んでしまったのかもしれないな。

これを読んでいるあなたもおまじないをする時は、気を付けた方がいいですよ。

人智を超えた何かが来て、窓からあなたを覗いているかもしれませんから。


■参考文献
W・B・イエイツ編/井村君江編訳・『ケルト妖精物語』・ちくま文庫・1986年4月24日 第1刷発行/1992年7月30日 第14刷発行


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?