見出し画像

昔なりたかったもの。ならなかったもの。【煮え切らない振り返り】

高校の頃は、カウンセラーになりたかった。

私自身がクラスに馴染めなかったこと。
唯一受け入れてくれた文芸部のコミュニティにいる人たちも、似た境遇が多かったこと。
そんな仲間たちから、相談されたり頼られたりする事が嬉しかったこと。
時々高校生の私じゃどうしようもない悩みもあったけど、ただ話を聴くだけでも相手が落ち着いてくれたこと。

将来もこんな風に
誰かの支えになれたら。
誰かの居場所になれたら。
誰かの安心できる存在になれたら。

そう思っていた。
だから大学は心理学系を選んだ。
それも専門職大学院があって、臨床心理士の資格を目指せる所へ。

けれど、結局私は院に進んでいない。
臨床心理士(今は公認心理師という国家資格も生まれた)を目指すのも辞めている。

「あ、向いてないかも」

勉強していくうちに、そう思ってしまったから。

臨床心理学の講義よりも社会心理学の講義が好きだったと気づいたから。
人と対面すると、緊張してしまうから。他人の負の感情を、たくさん受け取ってしまう性だから。
そもそも自分が精神的に不安定だから。
カウンセラーとして生きる覚悟が、足りていないと感じたから。
そんな状態で、2年も院に行くべきではないと思ったから。

普通の会社で、何か他に自分に合った職があるんじゃないか。
こう思った事がきっかけで、私の就職活動が始まったのだ。

…そして、今。
自己分析が甘かったのだろう。
入社3ヶ月も経たず既に仕事に疲弊し、転職活動を始めているこの有様。
高校時代、大学時代の私がこれを知ったら、きっと呆れられてしまうだろう。

なんで今日、こんな過去を記しているのか。
それは、今になって改めて
カウンセリングの勉強をしてみたいと、ふと思ったから。

「カウンセラーになりたい」と言うよりは、「カウンセリングの勉強をしたい」のだ。

さらに、できるなら産業カウンセラーのカウンセリングを学んでみたい。
学ぶには多くの時間と費用がかかるけど。今の自分のような人に、自分の周囲にいる人たちに、寄り添えるようになるため…。


……。

ここでnoteを終わらせておけば
清々しいのかもしれないが。
残念ながらそうはいかない。

なぜなら先述の通り、私は一度自己分析が甘くて失敗しているから。
且つ、私の熱意は短いものだと知っているから。
今度こそ、就職に失敗したくないから。

多くのお金と時間をかけてまで、やってみるべきなのか。
また一過性のやる気かもしれないのに?
「やっぱり向いていない」なんて思うかもしれないのに?

それにカウンセリングを学びたい早期退職者って、どんな職なら採用されるんだろう。
新しい職に就いて、すぐに学びとの両立は難しいのでは?
始めるならば、その仕事に慣れてからになりそうだ。

慣れた頃には、その志すら忘れてしまってたりして…。

自分の事なのに、今ひとつ信用できていない。わからない。
今に始まったことでもないが…。


今日ぐらいはしっかりしたnoteを書こうと思っていたのに、
結局ウジウジした内容になってしまったなぁ。

早いところ、抜け出したい。
もやもやと考え続ける日々を…。

野乃

サポートに相応しいnoteを書けるように、サポートに相応しい人物になれるように、今後も努めて参ります。 もしも、万が一サポートして頂くようなことがあれば…泣いて喜びつつ大切に使わせて頂きます!