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vol.15 不実な恋愛の行く末…

長い様で短い彼女との密会も終わりを迎えようとしていた。
私の会社に停めた彼女の車、乗り込むその瞬間まで私と手を繋ぐ彼女。
私との時間を幸せだと言う彼女が、私の心を穏やかにしてくれるのだった。

モテ期…?

密会後のある日、小学校の参観日が予定されていた。
午前中は仕事に行き、午後から学校へ行く算段だ。

「今日は学校ちゃんと来てね?」
「じゃあいっぱいできるところを見せてくれな?」
「はーい‼︎」

元気良く登校する娘を見送り、息子を送りに保育園へと車を走らせた。

「いってらっしゃい。」
「いってきまーす‼︎」
「お父さん‼︎これ、後で読んで下さい。」

手渡されたのは封筒に入った一通の手紙だった。
車に戻りその手紙を取り出した。

-神永さん
毎日咲良くんの送り迎え、みいちゃんのお迎え、ご飯の準備とお疲れ様です。
いつも偉いなぁ 凄いなぁと感じています。
ここで晩御飯の献立の希望を聞いて帰る神永さんですが、この前私が言った[ハンバーグ]はちゃんと作ってくれましたか?
本当なら、私もそれを一緒に食べたいなぁと…
私は家事が苦手ですが、子供達のことをみることが大好きです。
もし良かったら…今度お食事でも一緒になんて誘ったら迷惑ですか?
連絡先だけ書いておきます。
お時間頂ける時に連絡下さい。
090-0000-0000 鈴木 綾-

今時ラブレターとは古風な。
そして、どんな形であれ好意を寄せて頂けるのは男として嬉しいものだ。

だが困った…どうしたものだろう。
咲良は後2年間はお世話になる相手だ。
無碍に断るわけにもいかないだろう。
かと言って、私自身がこの気持ちに応えられるわけでもない。
とにかく迎えの時間までに何か考えよう…

他の女性に気を取られている時ほど不安に繋がる報せは届くものだ。

-今日の参観なんだけど、パパが一緒に行くって…ランチ一緒にできなくなっちゃった…-
-分かった。じゃあ後で-

夫婦なのだからこんなことがあってもおかしくないのだ。
所詮私は間男…不実な繋がりでしかない。
パパ、旦那、うちの人…全て私からすれば尊称だ。
私が彼女に呼ばれたい尊称なのだ…

午後になり小学校へと向かう途中、1人の保護者に呼び止められた。

「神永さん‼︎」
「はい?」
「同じクラスの矢部です‼︎」
「あ、宜しくお願いします。」
「あの、お昼食べました?」
「いえ、これからです。」
「じゃあご一緒しませんか?」
「良いですね、そこの海鮮料理屋か先の中華屋でも行きますか?」
「じゃあ中華で‼︎」

感じの良いあっけらかんとしたこの人は、私より年上だということが見て取れるだけで背景が全く見えてこなかった。
矢部って誰だ?

ランチタイムだというのに、今日は珍しく閑散としていた。

「イラシャイマセ。ドウゾ。」

聞き慣れた片言の挨拶に促され、私達は1番奥の席へと向かった。
席に着くなり矢部さんは私に質問を突き付けた。

「あの、神永さんって江藤さんと付き合ってますよね?」
「⁉︎」
「いつも2人一緒に買い物してるし、時々車でどこか行ってるし、2人だけ空気違うし。」
「それは…矢部さんだけが思ってることです?」
「皆言ってますよ。あの2人はできてるって。」

まぁ特に隠しているわけではない。
いずれ結婚するという前提で付き合いを持っているのだから。
だが、今私がそれを触れ回るのも如何なものか。

「まぁご想像にお任せしますよ。」
「ふーん、やっぱり否定はしないんだ。
神永さんって不倫ありな人なんだぁ。」

かなりズケズケものを言うが、不思議と嫌味がない。

「ねえ、私もイケる?」
「ん?イケる?」
「うん、私。不倫相手にしてくれる?」

何なのだ⁉︎
藪から棒に不倫相手にと言われたところで、私は不倫なんてしていない。
いや、現実的に不倫になってしまうのかもしれないが、私達は純粋に付き合っているのだ。
だが、この人に全てを話す理由もないのだと気付き、とりあえず現状をやり過ごすことにした。

「不倫は嫌なんですよね。結婚する相手なら付き合ってもいいとは思いますけど。」
「じゃあ旦那と別れてそっちに行くなら良いんだ?」
「え?あの…うーん…」
「いいじゃないですか。日頃のストラスを発散し合える相手とのちょっとした遊びぐらい。」

この人は本気で言っているのだろうか。
素直に聞けるこの会話からして、何かを探られているという感じではない。

「遊びはもういいですよ。面倒だしね。
心から愛し合える人と幸せになりたいです。」
「それって遊んできたって言ってる?」
「まぁ人よりは。」

高笑いをされてしまった。
余程この人のツボだったのだろう。
一頻り笑い終わると料理が運ばれてきた。
矢部さんはランチメニューの青椒肉絲セット。
私はフカヒレスープと小籠包だ。

「そのチョイスね、慣れてるよね。」
「食べたいものを頼んだだけですけど。」
「旦那なら間違いなくラーメンと炒飯、それに餃子って言うわ。」

上品とは言えなかったが、一緒にいる空気が自然で楽だった。
飾らないこの人の妙なテンポに翻弄されている感は否めないが、不倫関係を強いること以外では問題がある人ではなさそうだ。

食べ終わるまでにも何度か不倫関係になることを持ち掛けられたが、この些細な下ネタを楽しんでいるだけという解釈をした。

食事も終わり会計に向かうと、矢部さんが「今日は私が払うから。」と言い譲らない。
女性に奢られることに全く慣れていない私は、彼女が受け取ろうとしていた釣り銭を受け取り、代わりに1万円札を手渡した。

「借りを作るのは嫌いなんだ。」
「本当に慣れてるよね。」

彼女との食事でも払わせたことはなかった。
男としてそれが当たり前だと思っていたし、今日初めて話したこの人に借りを作るなんてごめんだった。

「じゃあ行きましょ‼︎」
「一緒にですか?」
「もちろん‼︎ちゃんとエスコートしてもらうわよ。」

なんて事だ…
この人はどこまでが本気なのだろう…
…とにかく、今は娘の参観に行くことが先決だ。

見たくない光景

不本意ながら矢部さんと校内へと入る私だが、何が嫌だって矢部さんのボディタッチが激し過ぎるのだ。
校門付近からはたくさんの保護者が歩いているというのに、わざとこちらに寄ってくる。
その程度であれば可愛いものだが、これ見よがしに腕を絡め、爆乳ともいえるその胸を押し付けてくるのだ。

「ドキドキするね。」
「あの…ね…」

こんな場面を誰かに見られているかと思うだけで嫌になった。
彼女の耳に入るかもしれない恐怖感が、私に妙な汗をかかせていた。

「あれ?みいパパ?」

案の定保育園から一緒のママが2人も待ち構えていた…

「あ、涌井さんと猪俣さん。こんにちは…」
「あれ?アンママは?」
「何か今日はパパ来るってランチできなくて。」
「…それで?」
「同じクラスらしい矢部さんに拐われまして…」
「浮気だぁ。」
「ち、ちょっ…」

2人は冗談混じりに私を弄って校内へと入っていった。

「皆も公認なんだ?」
「だから、想像にお任せしますって。
皆も冗談なんだし。」

下駄箱前に来てもこの人は異常に近い。
教室までの廊下も、なぜか服の裾を摘まれていたようで周りからは何か言われていたようだ。
もう恥ずかしくて帰りたくなっている。

「もぅ、神永さん待ってよ。」
「いや、待つも何も…」
(手ぐらい繋いでくれても良いんだよ?)

いや…耳打ちとか本当に勘弁してくれ…
その瞬間、私の目には絶対に見たくない光景が映し出された。
彼女と旦那のツーショット。
何か揉めているようだが、離れ過ぎていて会話まで聞き取れない。
矢部さんを振り払うように私は彼女の方へと歩き出した。

「お疲れ。」
「あ…たっちゃん。」
「悠介さんも。」
「あ、俺は今日休みだから。」

私が近付くと、旦那は校外へと出て行ってしまった。
彼女が深い溜息をつく。

「本当に困る…」
「迷惑だった?」

首を横に振ると、旦那に対する文句をそっと打ち明けてきた。

「違うの…あのね、私さっきまで仕事だったの。
パパは休みだったらしいけど、それも知らなかったの。
朝からちゃんとご飯作って行ったんだよ?
でも、帰ってみたら料理はそのままだしまた捨てられちゃうのかな?って思ったの。
ここに来るために着替えに部屋へ行ったらさ…まだ寝てたの…」
「え?寝起き?」
「うん、信じらんない。
それにね、昨日アンちゃんの参観日だよって言ったら文句言われてさ…
行けば良いんだろって、自分の子供なのに可愛くないのかなぁ…」

そう言うと、また深い溜息をついた。
ここに来るのも嫌々来たのだと言う。
そして今、廊下の窓から校門を出て行く旦那の姿を捉えてしまった。

「あのさ、帰っちゃったよ?」
「うそ⁉︎信じらんない‼︎
アンちゃん楽しみにしてたんだよ⁉︎」
「…仕方ないね。」

溜息が止まらない彼女に掛けてやる言葉が見つからない。
また後でと言い残し娘の教室に戻った。

矢部 再び…

さっきまで私自身が感じていたトラブルの元を忘れていた。
教室に入ると、必死に手招きをする矢部さんがいた。
周りの目もあり仕方なく隣まで行くと、わざとらしく私に耳打ちしてきた。

(やっぱり付き合ってるんじゃん。)

首を傾げるだけで言葉は交わさなかったが、小さく腕を抓られた。
担任からは丸見えだったようで、目が合った瞬間苦笑いされてしまった。

子供達が算数の問題を解いている。
まだまだ初歩の計算だ。
こんな事に45分もかけるとは…いやいや、基礎は大事だからな。

「では授業を終わります。この後は懇談会ですので宜しくお願い致します。」

懇談会用の机の配置に子供達が移動させる中、私は娘に話しかけていた。

「今日は学童無しで一緒に帰るからな?」
「やった‼︎」

飛び跳ねて喜ぶ娘はやはり可愛い。

「アンちゃんと遊べる?」
「ん?パパが休みみたいだから無理だと思う。」
「じゃあ学童の方がいい…」
「置いてく?」
「…帰る。」

常に一緒にいる時間が多いとこんな事になる。
遊べないと分かるとガッカリする。
仕方がない事だ。
とりあえず私は懇談会を乗り切るしかなかった。

色々な保護者がいるもので、宿題を増やせだのもっと優しくしろだの、かなり自分勝手な意見を述べる場なのだなぁというのが率直な感想だ。
私はこの学級会的なノリについていけない。
早く終わらないかと時間を待っていると、なぜか親同士の自己紹介をすることとなった。
やたらと面倒臭いと感じたのは忘れないだろう。

私の番だ…
「神永です。シングルファザーなのでずっとこの面と付き合っていただく事になります。
至らない点も多いかと思いますが、何か気が付いた時には色々声掛けて下さい。」

シングルファザー。これは魔法の言葉なのだろう。
今でこそ珍しくないとはいえ、やはり父親が子供の面倒を見るのは大変だという印象があるようだ。
多くの方が協力的になってくれた。
特に…矢部さんは…
そんな時、彼女からLINEが入った。

-パパが遊びに行っちゃった。この後どこか行こ?-

ガッツポーズが表に出てしまっていた。

毎日更新の活力をお与えください💦 あなたのそのお気持ちが私の生きる糧になります!!!!