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8/15 エゴエゴルーガ

新しい楽しみや趣味を増やすということは、その分自分が増えるということだ。
それをしているとき、今までなったことない自分になって、基本的にはこの先ずっと、そうして増えた新しい自分と付き合っていかなきゃならない。
仮にその新しい趣味をいつか辞めたとしても、増えた自分は消えずに残る。
言うなれば、新しい音楽を1曲聴くたびに知らない自分が生まれている。
その覚えた自分を憶えて、その自分になるべき時にはその音楽を聞いたりする。

幼い頃など、まだ楽しみも自分もあまり知らないなら、知らない自分に出会うのが楽しいだろう。
逆に新しい自分を受け容れる余裕が無いのに、新しい自分が増えて整理できないこともある。

歳を重ねて多層的になっていくのは魅力的でもあるかもしれないが、数多の自分を抱えて管理しなければならない大人は、大変だ……。

余裕ない時に連絡返したりすると、その人に対する自分をうまく選べなくて、微妙にいつもと違う態度になってしまうことある。
気の置けない友人に、職場の人にするみたいな友好的な絵文字つけてみたり……😀🙏
親や親戚に対して、敬語だったかタメ口だったかわからなくなったり。
これも自分の管理ができていない状態だ。

自分が増えすぎて管理が難しくなってるとき、自分管理にもっと集中力を割いて暮らすべきか、自分の増殖を一旦抑えるべきか。
後者の方が冷静で正解のように思えるけど、私はいつでも前者のような選択を採る。
ただ、自分が本当に集中できているのか……判断がついていない可能性がある。

趣味が増えて、時間もさることながらその趣味を楽しんでいる時の自分を切り離して考えるのが難しい。
切り離して、絶対に他と混ぜてはならない自分エリアが3つくらいある。
同じ自分の中にあるものとはいえ、互いを絶対に侵蝕させたくない自分がおおよそ大カテゴリで3人。
絶対に会わせたらいけない、ドッペルゲンガーみたいだ。

自分自分書いてるとすごくエゴな雰囲気になる、むしろ客観的な話をしているつもりなんだけど。
エゴエゴ……半年に1回くらい、ウゴウゴルーガって本当に素晴らしい番組名だって今でも思う。
由来なんだろね。
エゴエゴルーガ、ウゴイムエッサイム。

漫画新刊一冊読む。
新曲のMVを観て、志磨さんはいつまでも期待していても大丈夫だと思う。
小説を読みたい。

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