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私的読書今昔記

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#書評

古川日出男『アラビアの夜の種族』書評<序>

 6月半ばの日曜日、雨のすきまの曇天の中、私は愛する電動自転車にまたがり今出川通を突き走っていた。  待ち受けるのは、最近顔を出していない研究室の、しかし私が幹事をつとめる飲み会(正しくいうと同窓会というくくりの集まり)だった。  店先に着くとすでに3、4人の参加者が集まっていた。元来小心者の私は、“学校に行っていない”ということに由来する気まずさをできる限り気取られぬよう、挨拶を発し(「こんちわっす」)、下卑た笑みを浮かべてみる。けれど、世間の大多数がそうであるように、彼

平野啓一郎はんぱないって--平野啓一郎『日蝕』

 平野啓一郎はんぱないって。アイツはんぱないって。中世ヨーロッパの神学僧の神秘体験めっちゃ擬古文で書くもん。そんなん出来ひんやん、普通。そんなんできる?言っといてや、できるんやったら。新潮や、全部新潮や。載ったし。全文掲載やし。またまたまたまた芥川賞やし。おもろいし。平野啓一郎、すごいなァ。 ・・・  2年前の夏至の頃、妊娠6ヶ月だった私は、微かなお腹の張りを感じて万年床に横たわっていた。その頃は胎動もそれほど大きくなくて、僅かな違和感であっても子宮の中では大きな

君の黒髪の乙女はいつかのサークルクラッシャー麻紀なのです--佐川恭一『サークルクラッシャー麻紀』

読書好きの父親の影響で幼い頃から活字に親しんでいたサークルクラッシャー麻紀はしかし小説に造詣が深い。読解力にも定評がありセンター 現代文も満点。趣味は読書とサークルクラッシュ。得意技はだいしゅきホールド。 佐川恭一『サークルクラッシャー麻紀』Kindle の位置No.29-31  京都、いや、左京区の大学生のイデアを描いたのは森見登美彦御大なわけだけど、そのイデアをあらぬ方向から照らして映し出された影が『サークルクラッシャー麻紀』である。と私は語った。  『サークルクラッ

書いて残すということ--三島由紀夫『豊饒の海(一)-(四)』

 日曜朝、家族でワイドナショーを見ていたら、目の大きな幼い女の子の顔がいきなり画面いっぱいに映し出された。ニュースによるとその子は親に殴られて、怒鳴られて、放置されて、殺されたらしい。その子が親に命じられて毎朝4時に起きて書いたという手紙をアナウンサーが読み上げるのを聞いて涙、出そうになる。なんの罪もないのに、許されたかった小さな女の子。思わず、隣にいた娘の肩をぎゅっと抱きしめる。そうしたら、まっちゃんがこの子がすぐ、暖かい家庭に生まれ変わることを願う、っていうてて、ほんまに

「大滝瓶太」という現象について--大滝瓶太『コロニアルタイム』

正直にいうとこの本についてなんて何にも書きたくなかった。著者を知っている状態でその作品に言及するなんて、内弁慶で豆腐の角どころが豆腐の真ん中で殴られても死んでしまう未だ飼い慣らせない可愛い小心者のこうさぎちゃんが内々で暴れまわっている私からしたら荒波のごとく押し寄せる怒涛の忖度に埋もれるも同然で、なんかもうおもんなくても、「お、おもちろかったですぅ…」としか言えなくなるのが目に見えているからだ。 それでも本を読み進める中で「な、なんか書きたいかも…」なんて思わされたのは、私

“眠り”を犠牲に“少女だったあの頃”を召喚したい私を見つけないでよーー村上春樹『TVピープル』収録「眠り」

村上春樹が文學界にて新作を発表するらしい。だから、今書きつつあるこの文章には、彼の作品について一度は書いてみたいという私の願望とともにちょっとした商売気が含まれている。 私の夫は村上春樹が好きだ。彼は普段小説をあまり読まない人なのだけれど、村上春樹の作品だけは小説からエッセイ、翻訳など本棚に一通り揃えてある。 けれど彼曰く、「俺はハルキストではない」ということで、どうやらその一言は彼において重要な意味合いを持っているようだ。 一方の私はというと、教養としての村上春樹という

卵子を排除できない私の愛についてーー川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』

朝方、下腹部の痛みで目が醒めた。 昨晩から私の体を漂う、この予感には慣れているけれど、現存する感覚には全く慣れなくてうまく信じてあげることができなくて切ない。 恐る恐るトイレに行ってズボンを下げてみると予感は的中して感覚は真で、今月も無事、子宮の内壁がお務めをはたしましたよと語りかけてくる。 ハロー、月経、さようなら未受精卵たち。 今月はちょっと早いね、とか思いながら痛み止めを飲んで布団に倒れる。 眠気、気だるさ、下腹部の痛み、下半身にまとわりつく違和、各種不快感がそろい

noteで書評、はじめちゃおっかな

生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。太宰治『桜桃』、青空文庫 しょっぱなからこの一文で、「おいおい、お前メンヘラかよ」と思われた人も少なくないだろうし、事実、私は人並みにメンヘラなのだけど、言いたいのはそんなことではなく、19歳頃の私はこの一文をそらで言えるほど読み込んでいる、おセンチで可愛い処女だったってこと。 物心ついた時から物語を読むことが好きで、だから気づいたら小説を読んでいて、思春期の私は軽微な「ブ