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古川日出男『アラビアの夜の種族』書評<序>

 6月半ばの日曜日、雨のすきまの曇天の中、私は愛する電動自転車にまたがり今出川通を突き走っていた。
 待ち受けるのは、最近顔を出していない研究室の、しかし私が幹事をつとめる飲み会(正しくいうと同窓会というくくりの集まり)だった。

 店先に着くとすでに3、4人の参加者が集まっていた。元来小心者の私は、“学校に行っていない”ということに由来する気まずさをできる限り気取られぬよう、挨拶を発し(「こんちわっす」)、下卑た笑みを浮かべてみる。けれど、世間の大多数がそうであるように、彼らも“大学にはいかないけれど飲み会を主催する学生”には露ほども興味がないようで、話題の中心は先輩の奇矯な行動-飲み会が始まらんとしている時に吸い込まれるように店の向かいのマクドに入っていった-だった。
 第一関門突破。私は気が大きくなって、周囲に「じゃ、入りましょ」と声をかけ先陣を切るように店内に足を踏み込む。

 結局、飲み会は、当たり障りのない話題(つまり、研究のこととか、村上春樹のこと、アウトレイジについて)で大いに盛り上がり、飲み会前に感じていた不安は何処へやら、私は意気揚々、二次会に向かった。


 --勘の鋭い方なら既にお気づきだろうが、飲み会を終え幾日かが過ぎた今、このような文章を書いているのだから、当然、そこで決定的な何かが起こった。そしてその“何か”が起こったのが、二次会の会場である元田中のスナック「ヒスイ」だった。

 カウンター席に10人ほどがぎゅうぎゅう詰めに並んで座る。私は隣の席のOBと歓談しつつ、指導教官たるナルセ先生が柔道で鍛え上げた屈強な体に似合わぬ透き通った歌声で「いつも何度でも」や「FLY ME TO THE MOON(エヴァ版)」を歌い上げるのを遠く目の端で眺めていた。

 しかし、日付が変わる頃、OBの一人が帰宅を表明し、カウンターの中にいた先生(彼は長年にわたりその店に通い詰めているため、座席がカウンターの中に用意された!)の正面の席がぽっかり空いた。そして、記憶は曖昧だが、とにかく私はその空席だった場所に座ったのだ。

 その時だった。アルコールによって瞳の上半分がまぶたで覆われ、ダゴパ星にいた時のヨーダのようになってしまった先生の口が突然開いた。
「よかった。つまり、私はあなたと普段学校では話す機会はないわけですね。」
 私は、目をそらし肯定を示すうめき声をあげる。そこから先生が言ってきたのは、掻い摘むと以下のようなことだった。
 「あなたの書評を読んでいるけど、結構面白い。『アラビアの夜の種族』って本の書評を書いてみたらどうですか?」

 そして、私は頷いた。

・・・

 読者諸賢は、「学校に行かないことをこっぴどく責め立てられる私」の姿を期待したかもしれない。しかし、このナルセ(敬称略)という男は、基本的に私含む大多数の他人のことはどうでもいいと思っており、私も同様にナルセ先生のことをどうでもいいと思っている。そして、(少なくとも私の主観では)私たちの間には“どうでもいい”が薄く引き延ばされた信頼関係が構築されている。それは、あまりに薄っぺらいがため、多少損なわれたとて本質を揺るがすものでなく、ゆえに奇妙な強固さを持つ。
 ナルセ先生が私の書いたものを読んでいることは知っていた。というより、私もナルセ先生にそれを隠していなかったし、上述の通り隠す必要もなかった。さすがにnoteアカウントをツイッターで公開したその日に、Naruseというアカウントがnoteをフォローして来た際には、飲んでいたお〜いお茶をパソコンに吹きかけそうになったが、それなりに(不在によって秘書さんを結構な頻度で怒らせる程度に)忙しく、しかし面白いものや新しもの好きの先生がある程度の興味を示してくれていることで少なくとも「可」の評定には至っているのだという安心感があった。だからこそ、私はあの時、空いた席に座ったのだ。

・・・

 飲み会の後、家に帰ってAmazonで『アラビアの夜の種族』の単行本を購入した。酔っ払って買ったら古本で、そのくせ定価と大して変わらない値段で後日、後悔することになった。


 それから4日後、家の郵便受けに分厚く黒い塊が入っていた。私はそれを小脇に抱え、家に入るやいなや包装を破りとり中身を引っ張り出す。すると、紺地の帯に白く強調された吹き出しが目に入る。

「渾身の1980枚!」

 ふざけんなよ!ナルセ!!!
 こうして、私と『アラビアの夜の種族』の長い夜がはじまった。

<続>

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